匿い続けたい

 何かから逃れる彼を匿い続けた。


「本当に、ありがとう」


閉園した遊園地から私が去ろうとする度、彼はそう言って微笑んだ。

 

 私には分かっていた。 

本当は微笑んでいないという事を。

私だから見抜いていた。

物凄く寂しいんだという事を。


 だから、去ろうとするその直前で、寂しさをなぞるように聞いてみた。

なぞられたくないであろう、その部分をそっと。

声という手で優しく。


「ねえ・・・どうしてここに逃げてきたの?」


彼は気まずそうな顔をした。

まるで子供だった。


「別に、ここじゃなくても良かったんだ」


「そう・・・」


彼の答えに、私は素直に傷ついた。

私こそ、子供だった。

傷ついた気持ちを隠そうともしなかったから。


「君が・・・君がいたからここに残ったんだよ」


彼の方が大人だった。

私の傷をちゃんと癒そうとしてくれる。

もしくは、自分の真実をちゃんと伝え直そうとしてくれる。

曖昧さや誤魔化しを認めない、強さを持っている。


「君がいなければ、今も逃げ場を求めて彷徨い続けていたはずだ。君が守ってくれたから、ここにとどまってるだけだよ」


「そう・・・」


私は彼の頭を撫でたくなった。

声で撫でるのではない。

本当に手で触れたくなってしまう。


「私が帰ったらいつも、眠るだけ?」


「うん。する事もないし、真っ暗だからね。もちろん、突然誰かが来たら困るから注意はしてるけど」


「実はこの前、帰ったふりして戻って来た事があったの」


「嘘だ」


私を疑う彼は、何だか可愛かった。


「本当。こっそり、忍び足で戻って来たの。その時、熟睡してたよ?」


彼は、肩を竦めた。


「忍び足は、ずるいよ」


「ずるくないよ。危ないから、もう少し気をつけてね」


「はい・・・」


 何から逃れているのかは分からない。

でも、私は彼を匿たい。



「ねえ、暗闇に浮かぶ明かりが一番綺麗だと思わない?」


「暗闇に浮かぶ明かり?」


「うん。こっち来て」


私は手招きをするだけで、彼に触れて引っ張ったりしなかった。

そんな事しなくても、彼は私の後について来るから。



「もしかして・・・」


 私が立ち止まった所で、彼が期待を込めてそう言った。

でも、残念ながらその期待には応えられない。


「ごめんね。真夜中の二人きりの遊園地で、ロマンチックに照明を点灯させる事はできない」


彼は、ほんの少し落胆したように見えた。


「じゃあ、どうしてここに連れて来たの?」


 私たちは、メリーゴーランドの前に立っている。

暗闇に慣れた目は、メリーゴーランドを確かに映す。


「何も特別な事じゃないの。素敵な事でもない・・・」


そう言い、私はポケットから取り出したライターをつけた。


「タバコでも吸うの?なんか、意外だね」


彼は横目で私を見ながら、ちょっと嫌そうな顔をした。


「違う。私は自ら肺を汚したりしない」


彼を安心させ、ライターを持つ右手を真っ直ぐに伸ばした。


「見て。暗闇の中の明かり」


彼は、ライターの火を見つめる。


「オレンジの火が、メリーゴーランドを灯すみたいでしょ?」


私がそう言うと、彼は火の見方を変えたようだった。

物事の捉え方を変えて、メリーゴーランドを眺める。


「これが、特別な事でもなくて、素敵な事でもないの?」


今度は私を見て、そう聞いてきた。


「うん。そうだよ」


私は視線を感じながらも、メリーゴーランドの方を見続ける。

手も腕も疲れてきて、何度もライターをつけ直した。


「こんな事されたら、特別な夜になっちゃいそうだな・・・」


彼はそれを良くない事みたいに言った。

 そのせいで私は、聞かずにいた事をついに聞いてしまう。


「もうすぐ、いなくなるんでしょ?」


彼は何も答えてくれなかった。

いつもみたいに微笑みの中に寂しさを隠したりせず、そのまま寂しそうな顔をして黙っている。


「この夜の明かりも、灯されるようなメリーゴーランドも特別じゃないみたいに、あなたを匿い続ける事も、私にとっては特別じゃない」


その言葉は強がりとも言えるし、彼みたいなそのままの寂しさとも言えた。

 

 本当は、彼を匿い続けたい。

本当は、彼を隠し続けたい。


「さよならとか、そんな事は言わなくていいから・・・いなくなる時は、そういう空気を漂わせて・・・お願い」


 私はライターの火を消した。

暗闇の中でも私に守られている彼は、私に従うしかないから・・・


「分かった。そうするよ」


「うん、そうして。あなたがいなくなった後で、特別じゃない・・・こんな夜を一人で再現するね」


 本当は、特別な夜なのに。

本当は、素敵な夜なのに。

私は彼を、匿い続ける事ができない・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る