フリッツの脚色
「忍び込むのはマズイんじゃないの?」
怖がりのフリッツは、私にそう聞いた。
「大丈夫。私のパパはここの社長だから」
高慢な私はそう答えた。
「なら、堂々と中に入らせてもらったらダメ?」
フリッツは、まだ納得しない。
「それじゃあ、楽しくないじゃん。このスリルがいいんだよ」
私はついに、夜の遊園地に侵入した。
「やっぱりマズイよ。バレたらどうするの?」
フリッツは意気地なしだ。
もう口答えできないようにしてやろう。
「それでもついて来たのは、私のことが好きだから?」
フリッツは予想通り黙った。
黙ったから、次は甘やかそうと思う。
「フリッツは、どうしてそんなに優しいの?夜は危ないからってついて来てくれたんでしょ?困ってる人を放って置けないところ、好きよ」
言ってる自分に耐えられなくて、私は顔を歪めた。
フリッツも顔を歪めた。
「僕はバレンティナのことが好きじゃないし、別に優しくもない。ただ、一応友達だと思ってるから、ついて来ただけ。だから、ついて行くから、もしもバレた時にどうするかを教えて」
フリッツは真面目な男だ。
学校に遅刻したこともないし、授業中に教科書に落書きしたこともない。
「バレたら、社長の娘だって言うだけだよ。それで解決」
私は笑って、フリッツはまた顔を歪めた。
「社長の娘ってことを大っぴらにする人って、ドラマの中だけにいるんじゃないんだね」
フリッツは、ドラマの話を話題の中に入れてくることが多い。
ちなみにフリッツというあだ名は、フリッツが飽きずに何度も観てる海外ドラマの主人公の名前だ。
私は、揶揄うようにそう呼び始めたのだが、フリッツは満更でもなさそうにしていた。
だから、私のあだ名のバレンティナは、フリッツが観ていたドラマの中で、フリッツが一番綺麗だと言った女性の役名からとっていて、私が無理やりそのあだ名で呼ばせている。
「社長の娘っていう特権を使わなくちゃ勿体無いでしょ?パパも、今だけは社長っていう肩書きを堪能しようって感じだよ」
「そうなんだ・・・」
「ねえ、フリッツ。早く、おいで」
「うん」
フリッツも柵を越え、侵入に成功した。
「で、何するの?」
そう聞かれて、
「ね、何しよう」
と答える私は、本当に目先のことしか考えてないなと自分の悪いところに気づかされた。
「侵入が目的だったの?」
フリッツは呆れている。
「うーん・・・じゃあ、踊らない?」
私はフリッツの肩に手を乗せた。
月に微かに照らされ、優雅に踊るのはどうだろうか。
「踊らないよ」
フリッツは、肩から私の手を離そうとしたけれど、私の手はがっしりとフリッツの肩を掴んでいた。
「踊ろう?こんな機会ないよ。誰もいない遊園地で踊るなんて機会」
「そんな機会いらないよ」
「ドラマみたいじゃない?」
そう言うと、フリッツは少し抵抗をやめた。
そんなにドラマが好きなのか。
「俺さ・・・ドラマの脚本家になりたいんだ」
「そうなの?」
「うん」
「何?誰もいない遊園地で夢でも語りたくなっちゃった?」
「うーん、そうかも。っていうか、こんなシーンあったらいいなって思っちゃった」
フリッツの素直な言葉が嬉しかった。
夢を教えてくれたのも嬉しかった。
「こんなシーン、書いてよ。考えて書くのもいいけど、実際にあったことを書くのもありかもよ。最初のうちはそんなもんじゃない?」
ドラマの脚本のことなんかよく分かってないくせに、それらしいことを言ってみた。
「じゃあ、踊ってみてもいい?」
フリッツがまさか乗ってくるとは。
ちょっと意外だったけど、私はフリッツをリードして踊り始めた。
すると、フリッツは私の腰に手を回したのだ。
私が止まってしまう。
いつもは私がフリッツを止まらせる側なのに。
「ごめん。嫌だったよね」
フリッツが手を離そうとした。
「嫌じゃない。ドキッとしちゃっただけ」
その私の発言で、今度はフリッツが止まってしまった。
「ごめん、冗談。はい、もう一回踊ろう」
私はフリッツをリードし続けた。
私たちは、決して上手いとは言えない踊りを踊った。
自然と二人の目は合っていた。
さすがにそれは、本当にドラマのようだった。
「どう?素敵な脚本書けそう?」
「うん。書けそう」
「どうする?キスでもした方がいい?」
「えっ」
フリッツはまた止まった。
私は本気だった。
「どうする?早くしないと、気が変わっちゃうよ」
私は急かした。
恥ずかしいからだった。
「いいの?」
そんな確認してほしくないのに、優しいフリッツは聞いてくる。
そんな確認が本当は有り難かった。
「いいよ」
フリッツは、誰もいないのに、一応周りを確認した。
そして、私にキスをした。
「フリッツ、結構やるじゃん」
私は、揶揄うように言って、照れを隠した。
「ごめん」
そこで謝るのは違うのに、フリッツはそんな風に言う。
「どう?素敵な脚本書けそう?でも、もう付き合わないからね。あとは、想像で上手く書いてください」
そう言って、フリッツの肩から手を離した。
フリッツも私の腰から手を離す。
「っていうか、フリッツとバレンティナって、同じドラマに出てくるキャラクターじゃないよね?」
私がそう聞くと、
「違うドラマ。国も違うよ」
と、フリッツは答えた。
「それじゃあ、フリッツとバレンティナは、国もドラマも越えてキスしちゃったってことだね」
私は何の気なしにそう言っただけだった。
それなのに、フリッツは
「それ、面白いじゃん」
と、興奮気味に私を見つめた。
「ん?」
私はよく分かっていなかった。
「それ、いつかやってみたいかも。いつか、俺の書いた色んなドラマのキャラクターを登場させて、夢の共演的な感じで新たなドラマ作ったら楽しそう」
「うん、確かに」
フリッツの興奮ほどではないけれど、私もフリッツのやりたいことが分かって嬉しくなった。
「バレンティナ、凄いよ」
「あ、ありがとう」
「ねえ、もう帰らない?早く書きたいんだ」
フリッツは、侵入してそんなに時間が経ってないのに帰りたがった。
私一人で暗い遊園地を散策する気にもなれないし、一緒に帰ることにした。
でもね、フリッツ。
二人で踊ったことの感想とか、キスしたことについてとか、そこには何も言ってくれないんだね。
私はフリッツのことが好きだから触れ合って踊ったし、キスもしたのに、フリッツはドラマのことで頭がいっぱい。
一番嫌なのは、フリッツが本当に脚本家として成功しそうなことだよ。
そんな予感が、もの凄くあるよ。
そしていつか、フリッツが脚本を書いたドラマを観ている自分が想像できちゃった。
もちろん、隣にフリッツがいるはずもない。
でも、フリッツの書いたドラマの中には、間違いなく私との間で起こったシーンが使われていそうで怖いよ。
まるで私のことが好きだったかのように脚色されていそうで、今から怖いよ・・・
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