覗き見デートで真実を

「いい?彰。私たちは今日、それぞれの片想いを終わらせるの」


「分かってるよ。俺らはその為に、アイツらのデートを見届けるんだ。由夏こそ、本当に大丈夫なのか?」


「もちろん。っていうか、私が言い始めたんだから」


「そうだったな」


 私は大丈夫に決まっている。

それより、彰は本当に大丈夫なのだろうか。

彰は私の親友の美月を、小学五年の春から、高校三年の今の今までずっと好きなままなのだ。

それなのに、美月の相手は彰の親友である。

かなりキツいはずだ。

それに比べて私は、理久への片想いをたったの二年。

彰に比べれば、大した事はない・・・



 理久とミ美月が初デートに選んだのは、遊園地だった。

あの二人が遊園地を選んだのは少し意外に思えた。 

賑わう遊園地。

騒がしい来園客。

全てが自分の為の演出に思える初デート。

そんな感じだろうか。


 私と彰は、罪悪感をもちろん抱きながら、二人をつけて来た。


「あのさ。彰は、本当に一度も、他の人を好きになったりしなかったの?」


ジェットコースターの列に並ぶ二人を、縁日コーナーの一角で眺めながら私は聞いた。


「えっ、俺の一途を疑ってるの?今さら?由夏にしか教えてない俺の一途さを・・・」


「疑ってるんじゃないの。っていうか、彰から教えてくれたんじゃなくて、私のこの勘の鋭さで気づいちゃっただけなんだけどね」


「じゃあ何で、今さらそんな事聞くんだよ」


「なんか、男の一途って貴重だなって思って、それが近くにあるのが凄いよなーとか感心して」


「やっぱり由夏、ショックでおかしくなってるんじゃないか?だって、ほら見て。理久があんなに一生懸命になって喋ってるよ」


だいぶ先頭の方になってきた列の中で、理久と美月は楽しそうに見つめ合う。

特に理久は、ハッピーオーラ全開だ。

私たちの所まで、そのオーラは届いてしまう。


「だから、今日の目的は、そのショックでしょ?その衝撃からこの想いを吹っ切ろうとしてるんだよ。彰こそ分かってるの?」


「そうだったな」


彰の方が、ショックでおかしくなってるくせに。

理久の話を聞く美月の相槌が、可愛すぎて悔しいくせに。

その衝撃から、さらに想いが強くなってるくせに。

そもそも美月の事を諦めようともしていないくせに。

というより、永遠の片想いでも構わない・・・なんて、ロマンチストな想像を膨らませてるくせに。



 理久と美月の悲鳴なのかも分からない、そんな悲鳴を聞いて、凄いスピードで進むジェットコースターを見上げた。

ジェットコースターを乗り終えた二人は、その短時間で一気に距離を縮めたように見えた。

何があったのだろうか。

私たちに見えない間に、何が起こったのか。


「わっ!腕組んだ!」


興奮のあまり、大きな声を出してしまう。


「ちょ、うるさい。静かにしろよ」


私たちは縁日コーナーから移動し、バイキングの陰から二人を覗き見ていた。


「あ、肩抱いてるじゃん!」


それでも私の興奮は収まらない。

理久が美月の肩を抱いたのだ。


「美月もなんか甘えてるし・・・」


彰のテンションが、分かりやすく下がった。

語尾が消えかかるほどに。

でもすぐに、私には、美月が甘えたように見えた理由が分かった。


「乗り物酔い」


私はそれだけ言うと、急いでその場を去る。


「おい!どこ行くんだよ」


彰を置き去りにして、私は自動販売機を探した。

すぐに見つけて、水を買うと、全速力で走る。


「おい、どこ行ってたんだよ・・・って、由夏?」


彰の横を通り過ぎ、あのカップルを探した。

私の片想いだった、理久。

私の親友の、美月。

そんな組み合わせの恋人を、私は探した。


「由夏、どうしたんだよ」


周囲を見回す私の肩に、彰の手が触れた。

ああ、走ったせいで汗をかいたのに。

どうして初めてのボディタッチが、わざわざ汗ばんでるこのタイミングなのさ・・・

私は心の中で思った。


「ねえ、美月たちは?」


そう聞くと、


「あそこだけど」


と、私の肩から手を離し、彰は指を差す。

差された方を見ると、少し先のベンチにようやく到着しそうな二人がいた。


「彰、ごめんね」


「えっ、何が?」


「私、彰とは違う。なんか、純粋とは程遠いみたい」


「何の話してるんだよ」


それには答えず、私は歩き出した。


「えっ、ちょっと」


私が進む先が分かったのか、彰は焦っている。

そうやって、焦ればいい。

焦って、汗をかけばいい。

そしたら私も、その時初めて、彰の肩に触れるから。

何が何でも触れようとしなかった彰に、初めて触れるから。


「美月ー!」


私は、大きな声でそう呼んだ。


美月はゆっくりと、理久は素早くこっちを向く。

二人の視線が私の後ろにもいったのを見れば、彰の事にも気付いたのだろう。

二人とも驚いている。

そりゃあ、そうだ。

二人の初デートの詳細を知っているそれぞれの親友が、その初デートの現場にいるんだから。

 私は驚く二人に近づき、


「とりあえず今考えてる事は置いといてもらって。美月、座って」


と伝え、空いた方の美月の肩を抱き、理久と一緒に美月をベンチに座らせた。


「はい、水」


ペットボトルの蓋を開け、美月に渡す。


「大丈夫?美月、初デートに緊張して寝不足なんでしょ。そういう時、酔いやすいから。修学旅行の時も、寝不足で移動中のバスで酔ってたし」


「ありがとう・・・」


美月は水を飲むと、深く呼吸して、目を閉じた。

 彰は気まずそうに立ち尽くしている。

と思いきや、ただただ美月を心配そうに見つめている。

 ああ、そんな顔したら、理久に悟られちゃうよ。

これまで見事な芝居を続けてきたのに。

このタイミングでバレるなら、もっと早くにバレてた方がマシだったのに・・・


「彰は悪くないの」


私は言った。


「彰は私を止めようとしただけ。でも、私の方が彰より強いでしょ?で、全然止められなくて・・・私が二人のデートを見たいって興味本位で。酷いよね、親友の初デートを覗き見るなんてさ」


彰の方を見ると、その時目を開けた美月の様子をまだ、心配そうに見つめていた。

いや、だから。

そんな顔したらバレるって。

鈍感な理久でも気付いちゃうって。

ニ年間、理久に片想いしてた私だよ?

それに私は勘が鋭いんだよ?

早く普通の表情にしないとやばいって。

理久でも、彰が美月の事好きなの、気付いちゃうって・・・


「本当ごめん。許して!こういうノリ、最悪だよね。でもさ、美月の具合悪そうな顔を見て、反省した。それで、こっそり帰らないで、ちゃんと謝ろうって思ったの。美月、理久、許して・・・」


二人の視線が、私に向かっていた。

敢えて見なかったけれど、どうせ彰はまだ美月を見つめているのだろう。

ギリギリ、理久には悟られていないはずだ。


「許すよ、私は。でも、由夏の初デートの時、尾行しちゃうかも」


いつもより少し弱った笑顔で、美月はそう言った。


「俺は、美月が許すなら、責めたりできないよ」


理久はそう言ってから、美月に


「大丈夫?」


と聞いた。

美月は頷いて、理久に微笑みかける。

私はそれを見ても、何とも思わなかった。

だって、二年間の片想いは、とっくの昔に終わっていたから・・・



 私が理久を好きになったのは、小五の時。

ちょうどその頃、彰が美月の事を好きだと気付いた私は、彰にそれが事実なのか確認した後で、私の理久への想いを特別に教えてあげた。

そして私たちは、それぞれの親友に恋する者同士として、仲を深める事になったのだ。


 でも、私の理久への片想いは二年で終わった。

いつの間にか、恋愛感情の“好き”は、消え去っていた。

なぜなら、彰の事を好きになっていたから・・・

一途な彰を見ているのが苦しいのに、愛しいとさえ思ってしまうほどに・・・

それでも私が理久を想い続ける芝居をしたのは、彰が好きなのが私の親友の美月・・・という構図のせいではなかった。

あまりにも一途な彰の横で、恋する相手を変える自分に自信が持てなかったからだ。

私なんか自分勝手な女だから、彰がよそ見もできる男だと分かれば、それを良い事に、好きアピールでも何でもしたと思う。

 でも結局、彰は一途なまま。

誠実を越えたような、神聖な領域だった。

一途な彰の前で、私なんかは想いを伝えられない。

彰は、私を一途な女だと信じ切ったままだった。


 急展開を迎えたのは、ほんの一週間前。

美月は私に言ったのだ。


「理久に告白されて、付き合う事になった」


それを聞いた時は、本当に聞き間違いかと思った。


「美月、理久の事、好きだったの?」


「ごめん、実は」


秘密主義の親友には参るな、と本当に参った私。

好きな人を隠していたのは私も同じだから、責める事はできなかった。

それに、私の勘の鋭さは大したものではなかったという事だ。

 私は恐る恐る、


「その事って・・・」


と聞くと、


「私と由夏と、理久と彰だけの秘密でお願い」


という答えが返って来た。


 その日の放課後、彰の教室に向かうと、彰は理久と楽しそうに笑っていた。

私はその笑顔に、悔しさを覚えた。

この状況は、彰に片想いしている自分にとっては良いものだと気付くが、ただ気付くだけで、良い気分にはなれない。

彰の一途さに腹を立てたくなった。

どうして早く、告白しなかったのさと、叱りたくなった。

もっと早ければ、秘密主義の美月の気持ちなんて誰にも分からないんだから、彰に気持ちが傾いたかもしれないのにと、怒鳴ってやりたくなった。

 それでも私は、彰の事がもっと好きになっている自分に気付く。

一途で、不器用で、臆病なのに、それを隠すのが天才的に上手い彰の事が・・・



 そういう色々があっての今日である。

二人のデートの尾行を提案したのは、酷い理由からだ。

今も尚、美月の事を想う彰の顔を近くで見ていたかったから。

理久とデートする美月の表情を覗き見る彰の表情・・・

私が好きになったその一途さを、もっと見ていたかった。

それに、片想いを終わらせる為なんて動機を作ったけれど、彰がそれくらいで片想いを終わらせられるなんて、最初から思っていない。

もう、執着にも近いかもしれない、そんな彰をもっと・・・

悲しみや嫉妬が今までで一番深まった、貴重な彰をもっと・・・

そういう、酷い理由。

 じゃあどうして、尾行した事を自らバラして謝罪する必要があったのか。

予想外の事態で、バラすタイミングは早まったものの、それも完全に私の保身の為だ。


 もしも、最後までデートを覗き続け、罪悪感を抱いたまま今日を終えたなら、彰はこう言うはずだ。


「由夏のお陰で吹っ切れたわ。ありがとう。これで一途もおしまい」


こんな風な事を、あたかも本音のように。

そしたらきっと、それを機に、私の前でも彰は、芝居を始めてしまう。

片想いが終わった芝居を。

終わってないのに、終わった芝居。

私は、片想いを隠す彰の芝居を長年見てきた。

片想いが本当は終わっていない事に、気付かないわけがない。

私はせめて、彰の本音と戯れていたかった。

そういう立ち位置で、彰の傍にいたかった。

彰が唯一、芝居をせずに済む一人になりたかった。

私も、執着になりつつある。

彰には及ばないが、これでも片想い五年目だ。

好きなのを、簡単にはやめられない。

私はもはや、彰のようになりたいのだ。

一途な彰のように、どうしても・・・



 美月の具合が良くなってきたそうで、私と彰は先に帰る事にした。

理久と美月は、


「観覧車くらい乗って帰ろうか」


なんて話し合っていた。

そんな二人を彰は、敢えて呆れるように見つめる事で、その場を何とか乗り切っていた。

やっぱり、芝居が上手い。

私以外なら、その本音に気付かないだろう。



「作戦大失敗。っていうか、自爆。ごめんね」


帰り道で私は一応、謝った。

私としては作戦成功で、ついでに彰と遊園地にも来れたし大満足だ。

罪悪感はもちろんあるけれど。


「全然、吹っ切れなかったな。でも、由夏。自爆なんて言わなくていいよ」


「いやいや、完全に自爆」


私が笑いながら答えると、彰の方が真剣になった。


「違うって。由夏は、美月が具合悪いの気付いたら、もの凄い勢いで走ってさ・・・格好良かったよ。俺なんか、めっちゃ長い間片想いしてたくせに気付けなかった。くっついて、肩を抱く理久を見て、ただ嫉妬してた」


そこを褒められるとは、想像もしていなくて、照れてしまう。


「そういうのは、女の友情に負けるんだよ。仕方ないよ」


私はそこで初めて、励ますふりをしながら、彰の肩に触れた。

さっき触れられたから、お返しだ。

彰の肩は熱っぽくて、思ったよりゴツゴツしていた。


「由夏は、いつ吹っ切れそう?」


私に触れられる事に対して何とも思っていない彰は、何ともないように聞いてくる。

 私が彰への片想いをやめる時か・・・

それが正しい答えなのか全く分からないけれど、私は笑顔で答えた。


「彰が本当に一途をやめられた時。その時に私も吹っ切れそう」


彰は一瞬何かを考えた後で、大きく頷く。


「分かった。時間掛かりそうだけど、お互い頑張ろうな」


私も大きく頷く。


「うん。頑張ろう」


 理久と美月は今頃、楽しんでいるんだろうな。

私と彰は今、一途を終える日を想像している。

寂しいだろうな、悲しいだろうな。

それとも、新たな一途とか、両想いに出会えて、楽しいかな。

できれば、両想いに出会いたいな・・・

一途の先の両想いに・・・

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