第28話 一年ぶりに視察と挨拶
中央の噴水で大雑把に顔を洗い、今日は天気が良いから上着もついでに洗っておいて、着ていればそのうち乾くだろう、そう思って立ち上がると、入り口から四人が来ていて、カナタはそちらに近づいた。
見たことのある顔だったからだ。
「おや、カナタさん」
「ジズさん、と……リミさんですか。お久しぶりです」
「ええ、あの二人を紹介した時以来ね」
「ちょうど良かった。私はまだ仕事があるので、リミの案内をお願いできますか」
「構いませんよ」
リミは恩人のようなものだ。
「座れる場所に移動しましょう。外でも?」
「ええ」
「ではそのあたりで休みましょう、日陰になっていますから。しかし――シルファでの仕事はよろしかったのですか」
「部下に任せてあるから」
「なるほど。ええと、そちらの二人は?」
「護衛よ」
「……? 移動は初めてではないのでしょう、護衛は選ぶべきかと」
「あら、選んだつもりよ?」
「はあ、さようで」
五秒かからず片付けられそうだと、そう思いながらもベンチへ。
「視察ですか」
「あんたたちの様子を見に来たのよ?」
「――ああ、それは失礼」
「そろそろ一年よね?」
「もう……そのくらいに、なりますか。気長にやってますが、まだ教わることも多いです。やめるつもりもないですよ」
「そう――あら、子供?」
「ああ、忘れてたな。田舎は娯楽が少ないですから、教官殿が面白がって基礎を教えているんですよ。ぼくも面倒をよく見ます」
軽く手を挙げると、ばらばらと集まってきた子供たちは、横一列に整列してかかとを揃えた。
「おはようございます!」
「おはよう」
カナタが挨拶を返すと、すぐにそれぞれ力を抜いて楽な姿勢になった。
「何してるんだ? 怖い兄ちゃんたち、新顔か?」
「……どう見える?」
「そーだなー」
「怖い姉ちゃんの付き添いかな」
「でも一人で行動できそうよ」
「じゃあ護衛か? でも強くなさそうだぞ?」
言いたい放題にさせておいて、折りを見てカナタが両手を軽く合わせて音を立てると、静かになってこちらを見た。
「今日の予定は?」
「格闘訓練!」
「ああ、だからみんな、楽しそうにしてたのか。そうだな、じゃあここでやるか。リミさん、護衛の二人を借りていいですか」
「あら、あなたが相手をしないの?」
「最終的には、ちゃんとしますよ。兄さんたちもどうだ、軽く遊んでやってくれ」
「そうね、やってあげなさい。カナタ、注意事項は?」
「スキルを使わないことです。――まだそこまで許可していない」
「……どういう意味かしら」
「子供たちはスキルを使いません。対処はできますが、それはあくまでも訓練であって、手合わせの際にそれを使うことまで許可していませんので」
「よく――意味がわからないけれど、まあ、いいわ」
「そうですか、ありがとうございます。さて、じゃあ怖い兄さんが相手をしてくれるぞ。一人目は誰だ?」
子供たちは顔を見合わせ、一人の少女が頷いた。
「じゃあ……一番弱い、わたしから」
「いい判断だ。相手がどの程度か、それを見極めるために、弱いヤツから出るのは戦略性がある。強いヤツが出て蹴散らすばかりが正解とは限らない」
「はあい」
立ち合いは、お互いに素手。
背丈は、半分とは言わずとも、少女の方がかなり小さい――が、それはカナタが相手でも同じだろう。
知らない相手との手合わせは初めてだろうが、それほど緊張もないようだ。
「よろしくお願いします」
「あ、おう、よろしく」
お互いに一礼、そして。
「では、始めろ」
カナタの言葉と同時に、男は軽く身構えた。
左半身、拳を握り、しかし少女はこちらを見ながらも、特に構えがなく。
結末は早い。
けん制のつもりで放った左の拳が到達する前に、内側に入られ、少女の手が腕を押すようにして払う。
「――うおっ」
姿勢が崩れたところで足払いをかけ、片腕と片足が浮いたところ、胸の部分に右手を当て、そのまま地面に叩きつけた。
しかも。
叩きつけた直後にはもう、すぐに距離を取っている。
「そこまで」
「……、……え、終わり?」
「隙や油断が致命傷になる、それがよくわかったんじゃないか? 相手が誰であれ、心に隙があると、こういう結果になる。よく覚えておけ」
「はい」
「なるほどなー、教官殿が言ってたの、こういうことかー」
子供たちが話し始めたのを見ながら、手を貸して男を立ち上がらせる。
「――どうだったの」
「リミさん、……冗談じゃないですよ、こいつは。確かに油断もあった、けん制のつもり、様子見の一発――だが、腕を押された時の重さに耐えられなかった。足払いも、まだ痛みが残ってる上に、肋骨にヒビくらいは入っていそうですよ……」
「ちょっとカナタ」
「基礎しか教えていませんよ。そちらの兄さんはどうする?」
「……いや、やめておこう」
「そうか――ああ、来たな」
少し遅く、子供たちも気付いて、すぐ整列をすると挨拶をした。
「うむ、おはよう」
「ご苦労様であります、教官殿」
「今日は待ちに待った格闘訓練だったな? カナタ、貴様が相手をしろ。私はこちらの相手をしておこう」
「助かります。今回は?」
「一人ずつ増やしていけ、消費は六割」
「諒解であります。――よし、少し離れた位置でやるぞ。準備運動を忘れるな」
「はーい」
子供たちを見送って、キーメルは鼻で一つ笑った。
「護衛としては役に立たんと、証明ができたようで何より」
「性格が悪いわね……基礎しか教えていないって?」
「そうだ。子供は吸収力が高いのもあるが、あくまでも躰の使い方しか教えていない。今のカナタが10としたら、あのガキどもは1くらいなものだな」
「うちの護衛はそれ以下ってことじゃない……」
「まあ、あいつらにはまだ自覚させていない。そっちの護衛を見て、不思議そうな顔をしていなかったか?」
「護衛は選ぶべきだ、と」
「世の中の大半がその程度のレベルであることは、まだ教えていない」
「呆れた……いや、よく一年で、と言うべきかしら」
「はは、私を10だとしたら、カナタはまだ1にすら達していないんだがな? それこそ、スタートラインに立つ前の準備運動みたいなものだ」
「頭が痛くなってきた……うちの連中を、ちょっと頼もうと思っていたんだけど」
「構わんが、逃げ帰っても叱責するなよ? うちにいる連中は、医者や研究者も含めて、最低限の訓練は受けている。戦闘はできんが、どんな状況でも逃げれるくらいにはしておくのが、私のやり方だからな」
「ちなみに――」
「ん? ああ、もちろんあの子供たちの方が弱いし、そこまできっちり訓練はしていない。神の祝福がなくなった現実に、迷っている親に対して、領主が提案したんだ。最低限の運動ができれば、それほど問題はない、と」
「あなたの親でしょう?」
「知っていたか。まあ、それとなく私が誘導はしたんだがな。あの中の一人くらいは冒険者になるかもしれんが――いざ、学校に入って、出遅れることはないだろう」
「やりすぎよ」
「そうでもない」
「……で、カナタとマヨイに関しては?」
「そろそろ、二百人くらいの軍と戦闘させるつもりだ。ついでにうちの妹にもな。――私は本来、戦場でこそ生き延びられる技術を有している」
「戦争なんて、しばらくないわよ?」
「さあて、どうかな。ともかく、あの子供たちくらいになら、鍛えてやるのは簡単だが、当人たちはどうだろうな」
「――すまない、質問を」
「なんだ」
「先ほどの少女は、一番弱いと言っていたが、事実か?」
「ああ、本人はそう言っているが、子供たちは誰もそれを認めてはいない。というか、あいつらはそもそも、隣にいるやつと比べないよう、私が育てている。ただ勝率を見れば、確かにあいつは一番弱い」
「理由は?」
「受けが主体だからだ。相手の攻撃を待ち、そこへ踏み込んで対応をする。これが
「――すまん。仮に、ほかの子たちならどう対応する?」
「けん制の一撃は、悪くない判断だ。腕を払われた時点で、足払いの前に蹴りを与えている。それを押さえに回るからなあ、どうしても後手だ」
「……払う、なんてレベルの重さじゃなかったけどな」
「体重を乗せたんだ、当然だろう。お前には見えていなかっただろうが、左手で払う時、あいつの左足は浮いていて、右足で地面を蹴っていた。蹴る、といっても見てもわからなかっただろうがな。重心移動の初歩だぞ」
「初歩……ああいや、すまん。ありがとう」
「実際には何人くらい寄越していいの?」
「そうだな、最初は六人くらいにしておけ。一ヶ月くらい逃げ出さずにいられれば、そこのガキどもには負けんだろう。ただし、その場合はカナタとマヨイに半分は任せるが」
「そう」
「うむ、医者もいるからな、骨折くらいなら問題ない。この前、ついマヨイの足を千切りそうになってしまった時は、さすがに私が繋げてやったが」
「聞かなかったことにする」
「なんだ、そこは安心するところだろう?」
「なんで」
「繋いで元通りだから、だが」
安心する要素がない。
「選別はしておくけれど、あんたたちはどうする?」
護衛に向けて言えば、彼らは苦笑して、よろしく頼むと頷いた。
「まあ知っての通り、私はまだ学業があるからな」
「たまには、私のところにも顔を見せてちょうだい。情報だけだと、――不安になるから」
「ふむ、暇があればそうしよう。来年あたりには、うちの妹も学校だ」
「知ってはいたけど、早いわよね?」
「二つほど年下だから、まあ似たようなタイミングだな。対一戦闘なら、うちでは一番強いぞ――ああ、私とシルレアは除外して、だが」
「……え? カナタやマヨイよりも?」
「二対一で訓練ができるようにはなったな。――加減を教えるのに苦労したが。最近はムースと遊んでいるが、さて、殺しを経験してどう転ぶか」
「そこまでさせるのね」
「私はどうやら、妹には甘いらしい。さすがにお前から預かった連中にまで、経験させるつもりはないぞ」
「そうしてちょうだい。というか、医者がいるのね?」
「医者と鍛冶屋に、研究者は揃っている。シロハから、冒険者も希望があれば集める予定だ。育成そのものは、カナタとマヨイにも必要だからな」
「育成させることが?」
「他人との差と、教え方、そうしたものは覚えておいた方が、良い経験になる。スキルを使わないことが大前提にはなるがな。そうだ、貴様は知っているかどうかわからんが、エリナとクロウもいるぞ」
「――あの、猫の爪とぎの?」
「そうだ、前衛の二人だな。スキルが使えなくなったのもあって、こちらで少し修正をしているところだ。長くスキルを使っていたから、癖があってな。最近は、打撲くらいでは音を上げることもなくなった――ふむ」
マヨイが近くに来ていたので、キーメルが片手をあげると、すぐ走ってきた。
「おはようございます、教官殿。なんです、このちびっこいの」
「偉そうだろう?」
「まったくです。どうも、久しぶり、リミさん。後ろの二人はなに? 護衛……のつもりなら、もうちょっと選ばないと、危ないよ?」
「カナタと同じことを言うのね」
「いやだって、そういう感じなんだもの」
「マヨイ」
「はい教官殿」
「エリナとクロウはどうだ」
「え? さっきナナノのところへ行きましたけど、今日はちょっと無理ですよあれ。読み切れなくて針が十本くらい刺さってましたし、明日には動けると思いますけど」
「感想は?」
「目で見て動くなって言ったんですが、まあ、あんなもんですかね。ちょっと前の自分を見ているようで、勉強になります」
「よろしい。ではこのチビスケはどうだ」
「まったく怖くないですね」
「うむ、順調だな。わかったから糸は引っ込めろ」
「はあい」
「まったく……遊び半分で視察に来たのが間違いだったわ」
「しばらく、のんびりしておけ。ではマヨイ、昼までは時間もあるし、無事な男を連れて走り込みをしてこい」
「わかった。――行くよ」
「おう」
「そちらの男は医者のところへ連れていってやる。リミ、お前も来い」
「はいはい……ここにいる間は、護衛も必要ないものね」
翌日には帰路についたリミだが、だいぶ頭痛に悩まされた様子であった。
想像の三倍はマズかったらしい。
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