第24話 三十六時間の親睦会
ドクロク、ニナも含め、全員が集められた。
冒険者としての資格はまだ持っている、エリナとクロウ。その師であるゼダ。
カナタとマヨイに、ムース。
そして、シルレアとキーメル――加えて、執事のジズエル。
それぞれ挨拶はした。
「さて、今から森に行くわけだが、指定範囲はおおよそ直径2キロ。結界が張ってあるから、出入りはできん。まあサバイバル訓練だと思え。ドクロクとニナに関しては事前説明をしたが、お前らはほどほどにな。私としては、最低限、隣にいるヤツくらいは護れるようになれと、そのくらいは言いたい気分だが」
「ま、戦闘方法なんてのはそれぞれ違うものよ。殴るだけが戦闘じゃない――けど、私の育成の基本は、できないは問題外、やらないと言え、だから覚えておくように」
「では始めよう――と、まあ、そういうわけにはいかんな。シルレア」
「そうね、これは私のやり方だから、こっちから説明する。――現時点での実力差は、ドクロクとニナを除外して、一番上がジズエル、次にゼダ、その後ろにムース、カナタ、マヨイが並んでる感じで、最後にエリナとクロウ」
「そう不満を顔に出すな、ムース。――すぐわかる」
「そういうこと。ドクロクとニナには、事前に教えた通り、サバイバルを楽しみなさい。ほかの連中は邪魔しないように。キーメル」
「うむ。ムース、カナタ、マヨイ、それからエリナとクロウ。単独でもパーティでもいい、貴様らの敵は、ジズエルとゼダだ。ただし、ジズエルとゼダは、基本的に個人で行動し、お互いに連携はしないが、お互いは敵ではない」
「諒解であります」
「はい」
「……あんたたちは?」
「ああ、なんだ、やりたいなら、いつでも来ていいぞ、ムース」
「加減はするけど、死なない程度って感じになるから気を付けなさい。私たちはお互いに、実力の底上げを目的とした戦闘訓練に入るから、巻き込まれても文句は言わないように」
「……わかった」
「ああそれと、ドクロクとニナには、うちの侍女、ケッセがつく。基本的に顔を見せないし、限界になったら回収させるから、もし見かけても黙っておくように」
「今から装備を渡す。鍋とロープ、それからナイフだ」
「受け取ったら山に入りなさい。――終わるのは三十六時間後よ」
迷わず、カナタとマヨイは中へ。
そして。
「聞き間違いか?」
「あらムース、耳の掃除はきちんとなさい」
「それとも三十六時間では短いと、そういう催促か? 悪いが私たちも、お互いに戦闘を続けるのはそのくらいが限度だぞ」
「――クソッタレ」
そしてムースも向かい、中身の確認をしてから、エリナとクロウも森へ入った。
やれやれと、吐息を落としたのはゼダだ。
「ちなみに、どこまでやっていいんだ?」
「ぎりぎりまで追い詰めろ。戦場で生き残れるくらいには教えこめ」
「諒解だ――が、どこまで動けるかわからねえし、あんま期待しないでくれ」
「それでも、連中に後れを取ることはないだろう?」
「そうありたいね。ようジズ、エリナとクロウを任せていいか?」
「ええ、構いませんが、よろしいのですか?」
「無理そうなら、途中で変わってくれと泣きつくさ」
「わかりました」
「じゃ、お先に」
五分ほど待ってから、ゼダも中へ。
「お嬢様」
「うむ、罠を基本に精神的に追い込めばいい。巻き添えが嫌なら、私たちには近づくな」
「無茶はしないでください」
「なあに、お互いに休憩しながらやるとも。まあ実戦形式だな」
「医者がいないのが痛手よね」
「かつてのようにはいかんな。感情的になって忘れるなよ?」
「あんたこそ、楽しくなって忘れるんじゃないわよ」
「貴様はたまに、そういう無茶を言う……困ったやつだ」
「困ってんのは私だけど!?」
「それは知らん」
――最初から。
ジズエルは二人を止めることなんて、できなかった。
その戦闘を理解できた者は、おそらく、いなかっただろう。
中距離から遠距離の立ち位置、二人がやっているのは環境を利用した大規模なけん制である。
一本の大木を切断したのを合図に、瞬間的な選択の連続を彼女たちは繰り返す。木を足場に、宙を足場に、不規則な立体移動をしつつ、誘いと攻め気を混ぜ合わせ、一撃の隙間を作ろうとし、それをお互いに妨害もする。
とてもじゃないが。
「近寄れねえし、何やってんのかわかんねえなあ、ありゃ」
「ゼダさん」
「俺は二十以上の術式展開が行われた時点で、把握するのをやめたね」
そういえばと、改めて気付いたジズエルは、遠目から目を凝らす。
あくまでも
「……、
「まるで大規模な攻城戦だぜ。塹壕を掘って、陣を作って、城を作って、お互いにそれを崩しながら、もちろん自分の城の補強もする」
「なるほど、とてもわかりやすいたとえです」
「近寄らない方が身のためだ。じゃ、また後でな」
「ええ」
――笑いが止まらない。
「は……ははは」
口元を押さえて、走りながら、視線は周囲に向けられて状況把握をするのに、ゼダはどうしても、笑うことを抑えられなかった。
だって、そうだ。
「あれが――あれが、犬かよ」
伝説なんて、噂なんて、誇張されて伝わるものだ。
実際に話を聞いていても、話半分、そういうこともあるのかと、そんな気軽さで聞いていた。
それが、どうだ。
「とんでもねえ……あの人が、自分のことを大したことがねえと言うわけだぜ」
どうしようもなく、その事実が嬉しい。
ここに、化け物がいる。
しかもそれが二人だ、笑わずにどうしろと。
――夕方になる前から、カナタとマヨイは警戒していた。
火を熾す魔術品はあったが、まだ空腹を感じない段階から、できるだけ火の通りが良い鶏肉などを確保して、短めの休憩を取る。また、水も竹筒を作って、多めに確保したまま、可能な限り停止しないよう移動を続けた。
敵がいる想定ならば、まず発見されないことが第一。そして、発見された場合に対処できるようにすることが続く。
対処する、ではない。
対処できるよう、準備しておく。
適当に寝ころんで、仮眠をとっていた二人は、ほぼ同時にゆっくりと立ち上がった。
――跳ね起きなかったことに、ゼダは口の端をゆがめる。
こちらの視線に気づいての対応が、プロフェッショナルのそれだ。
しかも、こちらに視線を投げておいてから、背を向けるよう距離を取る。わかっている、という合図と、近づかないぞと、そういう意味だ。
視線が消えたのを、背中で確認した。
「……厄介だな」
「わかってたけどね、こりゃ面倒になりそう」
「読めるか?」
「罠警戒……だけど、訓練だから、ちょっと楽しみ」
「それもそうか。こっちも勉強させてもらおう」
「そだね」
訓練なのだから死ぬことはない。であるのならば、学ぶべきだ。
少なくとも二人は、そう教わった。
朝方になって、水を飲むことしかできなかったエリナとクロウは、疲労困憊どころか、死にそうな気分だった。
歩こうとすれば
夜になってから火を
日中に確保した魔物の肉が、血抜きがちょうど良い具合で終わり、いざ焼こう――としている最中に襲撃があった。
軽く転ばせられ、その間に肉を奪われ、ついでにツルのようなもので拘束され、あっという間に執事は姿を消した。
転んだ程度だ、傷は大したことはないが、食料はなし――と思って、どうするかと考えていたら、今度はゼダに襲撃され、何度か殴られ、今度は自分たちから逃げた。
そこからは、逃走をし続けた。
休もうとして落ち着くと襲撃がある。
火を熾すなんて、もってのほかだ、ここにいますと宣言するようなものでしかない。
どう隠れても発見されるのは、そもそも逃げた先を予想して先回りもするし、背後から追ってきているからだと、気付いたのは夜中。
じゃあどうすればいい。
隠れてやり過ごすのが一番いいが、そこまでの技術はない。対応しながら休もうという考えもないし、できるわけもなし。
――途中、ごろんと寝転がっているキーメルを発見した。
寝ている様子だったが、そこへシルレアが上空から剣を三本投擲して、それを面倒そうに起きながら回避し、戦闘が続行しているのを見て、いろいろ諦める。
無理だ。
寝て休んでいて、襲撃されてもたいして驚かず、当たり前のよう対応するだなんて。
だから、終了の合図と共に、意識を失うようにして眠りに落ちた。
「ま、そりゃそうだ。魔物ならもうちょい休めるだろうし」
「ぎりぎりまで追い込みましたが、このくらいでしょうか」
「はは、充分だ。こっちは――ちょいと力不足だな、俺の」
ゼダたちの言葉を聞きながらも、カナタとマヨイは、木に背を預けたまま、会話をしている。
そこへ、服を血の色で染め上げた二人がやってきた。
「うむ、ご苦労だったな二人とも。カナタ、マヨイ」
「はっ」
「お疲れさまです」
「どうだ、勉強になったか?」
「もちろんであります、教官殿。追い詰め方は参考になりました」
「次はこっちに参加して欲しいけれどね?」
シルレアの言葉に、二人は黙り、これ以上なく嫌そうな顔をした。
「では戻るぞ、ジズエル」
「はい」
「ああ待ってくれ、一つだけ」
「どうしたゼダ」
「時間をくれ。勘を戻さなきゃ、期待に応えられそうにねえ」
「ふむ、どれくらいだ」
「一ヶ月」
「ならば少し待て、用意してやる」
「頼む。それとできればだが……」
「言え」
「シグの320があれば、くれ。何なら、弾丸は必要ない」
「いいだろう、楽しみにしておけ」
ゼダもまた、取り戻すべきものがある。
それは技術や体力ではなく、もっと、精神的なものだ。
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