第一章 名無しの少女
「あー……」
だってそりゃ、起きたとき自分の腹やら胸やら頭やらを
四月一〇日、月曜日。
五河士道はしょぼしょぼする目をこすりながら、低くうなるような声を発した。
「あー、
「おお!?」
そこでようやく士道が起きていることに気づいたのだろう。士道のお
二つに
ちなみに朝っぱらから人様を踏みつけにしているわりには、「しまった!」とか「ばれた!」みたいな後ろ暗さは全然見受けられない。どちらかというと、士道の
ついでに士道の位置からだと見事にパンツ丸見えである。
パンチラとかいうレベルではない。はしたないにもほどがある。
「なんだ!? 私の可愛いおにーちゃんよ!」
琴里が、足を
念のため言うと士道は可愛くはない。
「いや、下りろよ。重いよ」
士道が言うと、琴里は
士道の腹にボディブローのような
「ぐふっ!」
「あははは、ぐふだって! 陸戦用だー! あはははは!」
「…………」
士道は無言で、布団を
「あー! こらー! なんでまた
琴里が声を張り上げ、士道をゆっさゆっさと揺すってくる。
「あと一〇分……」
「だーめー! ちゃんと起きるのー!」
「に、
「え?」
「……実は俺は『とりあえずあと一〇分寝ていないと妹をくすぐり
「な、なんだってー!」
琴里が、なんか宇宙人の
「逃げろ……俺の意識があるうちに……」
「で、でも、おにーちゃんはどーなるんだ!?」
「俺のことはいい……おまえさえ助かってくれれば……」
「そんな! おにーちゃん!」
「がーっ!」
「ギャ──────っ!」
士道が布団を
「……ったく」
息を
「なんて時間に起こしやがる……」
と、ぼやくように言ってからはたと思い直す。
寝ぼけていた脳が
昨日から父と母は仕事の関係で出張に行ってしまっている。
そのためしばらくの間士道が台所に立つことになったのだが、寝起きの悪い士道は琴里に目覚ましを
「あー……」
少し悪いことをしたかなあと頭をかき、むくりと身を起こす。
適当に
と、その際、
最近
「…………」
視力の低下に
「……あ?」
──と、そこには、いつもと
リビングの真ん中に置かれていた木製のテーブルが
「…………」
足音を殺してテーブルの横側に回り込む。
案の定、琴里が体育座りをしながら身を震わせていた。
「がーっ」
「ギャー! ギャァァァっ!」
士道が肩をつかむと、琴里は
「落ち着け落ち着け。いつものにーちゃんだ」
「ぎゃー! ぎゃー……あ? お、おにーちゃん?」
「そうそう」
「こ、
「怖くない怖くない。俺、琴里トモダーチ」
「お、おー」
士道が
まるで心を開いた野生のキツネリスみたいだった。
「悪い悪い。すぐ朝飯準備するから」
言って琴里の手を取って立ち上がらせてから、テーブルを元の位置に
二人
その際の食事当番はいつも士道が担当しているので、もう手慣れたものである。実際、母より調理器具の
と、士道が冷蔵庫から卵を取り出すのと同時に、背後からテレビの音声が聞こえてくる。どうやら
そういえば琴里は毎朝、星座
とはいえ大体の占いコーナーは、番組の最後と相場が決まっている。琴里は一通りチャンネルを変えたあと、つまらなさそうにニュース番組を
と。
『──今日未明、
「ん?」
いつもはBGMくらいの役割しか果たさないニュースの内容に、眉を
理由は単純。
「うん? なんだ、こっから結構近いな。何かあったのか?」
カウンターテーブルに身を乗り出すようにしながら目を細め、画面に視線を放る。
画面には、
建造物や道路が
まるで
士道は眉をひそめると、息とともに言葉を吐いた。
「ああ……
うんざりと首を
空間の地震と
発生原因不明、発生時期不定期、
まるで大
この現象が初めて確認されたのは、およそ三〇年前のことである。
ユーラシア大陸のど真ん中──当時のソ連、中国、モンゴルを
士道たちの世代になれば、教科書の写真で
まるで地上にあるものを
死傷者、およそ一億五〇〇〇万人。人類史上類を見ない最大最悪の災害である。
そしてその後約半年間、規模は小さいものの、世界各地で似たような現象が発生した。
士道の覚えている限りでは──およそ五〇例。
地球上の全大陸、北極、海上、さらには小さな島々でも発生が確認された。
無論、日本も例外ではない。
ユーラシア大空災の六か月後、東京都南部から
そう──ちょうど今、士道たちが住んでいる地域だ。
「でもいっときは全然起こらなくなったんだろ? なんでまた増え始めたんだろうな」
「どうしてだろねー」
士道が言うと、琴里がテレビに視線をやったまま首を
そう。その南関東大空災を最後に、空間震はしばらくの間確認されなくなったのだ。
だが五年ほど前、再開発された天宮市の一角で空間震が確認されたのを皮切りに、またちらほらと、その原因不明の現象が確認され始めたのである。
しかもその多くが──日本で。
もちろん人類も、その空白の二五年の間に何もしていなかったわけではない。
再開発が
加えて、空間震の兆候を事前に観測することも可能になったし、極めつけとして自衛隊の災害復興部隊なんてものもある。
何しろ、滅茶苦茶に破壊された街を、
作業風景はトップシークレットということで公開されていないが、たった一晩で崩落していたビルが復元されていたのを見たときなど、まるで手品でも見せられているかのような
だが、街の修復が早いからといって、空間震の
「なんか、ここら辺一帯って
「……んー、そーだねー。ちょっと予定より早いかなー」
と、琴里がソファの手すりに上体を預けながら言ってくる。
「早い? 何がだ?」
「んー、あんでもあーい」
士道は首を傾げた。
琴里の言葉の内容というよりは、その声が後半から少しくぐもったのが気になって。
「…………」
無言でカウンターテーブルを
琴里もそれに気づいたのか、士道が近づくのに合わせて、
「琴里、ちょっとこっち向け」
「…………」
「てい」
「ぐぎゅっ」
琴里の頭に手を置き、ぐりっと方向を
そして琴里の口元に予想通りのものを見つけて、士道は「やっぱり」と
朝ご飯前だというのに、琴里は口に大好物のチュッパチャプスをくわえていたのだ。
「こら、飯の前にお
「んー! んー!」
士道が力を入れた方向に顔が
「……ったく、ちゃんと飯も食うんだぞ?」
結局は士道が折れた。琴里の頭をぐりぐりやって、台所に戻っていく。
「おー! 愛してるぞおにーちゃん!」
士道は適当に手を振って作業に戻った。
「……と、そういえば今日は中学校も始業式だよな?」
「そうだよー」
「じゃあ昼時には帰ってくるってことか……琴里、昼飯にリクエストはあるか?」
琴里は「んー」と思案するように頭を
「デラックスキッズプレート!」
近所のファミレスで出しているお子様ランチだった。
士道は直立の姿勢をとると、そのまま上半身を四五度前に
「当店ではご用意できかねます」
「ええー」
キャンディの棒をぴこぴこさせながら、琴里が不満そうな声を上げる。
士道はふうと
「……ったく、仕方ないな、せっかくだから昼は外で食うか」
「おー! 本当かー!」
「おう。んじゃ、学校終わったらいつものファミレスで待ち合わせな」
士道が言うと、琴里は興奮した様子で手をブンブンと振った。
「絶対だぞ! 絶対約束だぞ! 地震が起きても火事が起きても空間震が起きてもファミレスがテロリストに
「いや、占拠されてちゃ飯食えねえだろ」
「絶対だぞー!」
「はいはい、わかったわかった」
士道が言うと、琴里は「おー!」と元気よく手を上げた。
我ながら少し甘いかもと思わなくもない士道だったが、まあ、今日は特別である。
今晩からしばらく台所に立たねばならないわけだし……何より、今日は二人とも始業式なのだ。これくらいの
まあ、七八〇円のお子様ランチが贅沢にあたるかどうかはわからないけれど。
「んー……」
士道は軽く
何かいいことがありそうなくらい、空は
◇
士道が高校に着いたのは、午前八時一五分を回った
「二年──四組、か」
三〇年前の空間震が起こったあと、東京都南部から神奈川県──つまりは空間震で
士道が通う都立
都立校とは思えない
そのためか入試倍率は低くなく、「家が近いから」だけの理由で受験を決めた士道は、少々苦労をすることになったのだが。
「んー……」
小さくうなり、何とはなしに教室を見回してみる。
まだホームルームまでは少し時間があったが、もう結構な人数が
同じクラスになれたのを喜びあう者、一人机についてつまらなさそうにしている者、反応は様々だったが……あまり士道の知った顔は見受けられない。
と、士道が黒板に書かれた座席表を確認しようと首を動かすと、
「──五河士道」
後方から不意に、静かで
「ん……?」
聞き覚えのない声である。不思議に思い、振り向く。
そこには、細身の少女が一人、立っていた。
肩に
この人形のような、という形容に異を唱える人間は、
まるで正確に測量された人工物のように
「え……」
士道はきょろきょろとあたりを見回してから、首を傾げた。
「……俺?」
自分以外のイツカシドウさんが見あたらないのを確認してから、自分を指さす。
「そう」
少女はさしたる
「な、なんで俺の名前知ってるんだ……?」
士道が
「覚えていないの?」
「……う」
「そう」
士道が
そのまま
「な……なんだ、一体」
士道は
何やら士道のことを知っているふうだったが、どこかで会ったことがあっただろうか。
「とうッ!」
「げふっ」
と、士道が頭を
「ってぇ、何しやがる
こちらの犯人はすぐにわかった。背をさすりながら
「おう、元気そうだなセクシャルビースト五河」
士道の友人・殿町
「……セク……なんだって?」
「セクシャルビーストだ、この
言って、殿町が士道の首に腕を回し、ニヤニヤしながら訊いてくる。
「鳶一……?
「とぼけんじゃねえよ。今の今まで楽しくお話ししてたじゃねえか」
言いながら、殿町があごをしゃくって窓際の席を示す。
そこには、先ほどの少女が座っていた。
ふと、士道の視線に気づいたのか、少女が目を書面から外し、こちらに向けてくる。
「……っ」
士道は息を
反して、殿町が
「…………」
少女は、別段何も反応を示さないまま、手元の本に視線を
「ほら見ろ、あの調子だ。うちの女子の中でも最高難度、永久
「はあ……? な、なんの話だよ」
「いや、おまえホントに知らないのかよ」
「……ん、前のクラスにあんな子いたっけか?」
士道が言うと、殿町はまたも信じられないといった具合に両手を広げて
「鳶一だよ、鳶一
「いや、初めて聞くけど……すごいのか?」
「すごいなんてモンじゃねえよ。成績は常に学年首席、この前の模試に至っちゃ全国トップとかいう頭のおかしい数字だ。クラス順位は確実に一個下がることを
「はあ? なんでそんな奴が公立校にいるんだよ」
「さぁてね。家の都合とかじゃねえの?」
「しかもそれだけじゃなく、体育の成績もダントツ、ついでに美人ときてやがる。去年の『
「やってたことすら知らん。ていうかベスト13? 何でそんな
「
「……ああ」
士道は力無く苦笑した。どうしてもランキングに入りたかったらしい。
「ちなみに『恋人にしたい男子ランキング』はベスト358まで発表されたぞ」
「
「ああ。まったく
「殿町は何位だったんだ?」
「358位だが」
「主催者おまえかよ!」
「選ばれた理由は、『愛が重そう』『毛深そう』『足の親指の
「やっぱりワーストランキングだそれ!」
「まあぶっちゃけ、下位ランクには一票も入らない奴らばっかだったからな。マイナスポイントの少なさで勝負だ」
「どんな苦行だよ! やめりゃあいいだろそんなもん!」
「安心しろ五河。おまえは
「反応しづれえ!」
「まあ他の理由は『女の子に興味なさそう』『ぶっちゃけホモっぽい』だったが」
「
「まあ落ち着けって。『
「これっぽっちも
たまらず叫ぶ。1位のカップルが少し気になった。
しかし殿町はさして気にしていない様子(というか、もうすでに何かを
「まあとにかく、校内一の有名人っつっても過言じゃないわけだ。五河くんの無知ぶりにさすがの殿町さんもびっくりです」
「いや、何キャラだよそれ」
と、士道が言ったところで、一年生の頃から聞き慣れた
「おっと」
そういえば、まだ自分の席を確認していない。
士道は黒板に書かれた席順に従い、窓側から数えて二列目の席に
そこで、気づく。
「……あ」
何の因果か、士道の席は、学年首席様のお
鳶一折紙は予鈴が鳴り終わる前に本を閉じ、机にしまい込んだ。
そして視線を
「…………」
なぜか少し気まずくなって、士道は折紙と同じように視線を黒板の方にやった。
それに合わせるようにして、教室の
あたりから、小さなざわめきのようなものが聞こえてくる。
「タマちゃんだ……」
「ああ、タマちゃんだ」
「マジで、やったー」
──おおむね、好意的なもののようだった。
「はい、
間延びしたような声でそう言って、社会科担当の岡峰珠恵
と、
「……?」
色めきたつ生徒たちの中、士道は表情を強ばらせた。
士道の
「……っ」
一体なぜ士道を見て──いや、別に見てはいけないというわけではないし、もしかしたら士道の先にあるものを見ている可能性だってあるのだけれど、とにかく落ち着かない。
「……な、なんなんだ一体……」
誰にも聞こえないくらいの声でぼやき、士道は頬に
それから、およそ三時間後。
「五河ー、どうせ
始業式を終え、帰り
昼前に学校が終わるなんて、テスト期間以外ではそうない。ちらほらと、友人とどこに昼食を食べに行くかを相談している集団が見受けられる。
士道は一瞬うなずきそうになってから、「あ」と思い直した。
「悪い。今日は先約があるんだ」
「なぬ? 女か」
「あー、まあ……一応」
「なんと!!」
殿町が両手をV字に
「一体春休みに何があったっていうんだ! あの鳶一と仲良くお話しするだけじゃ
「いや、誓った覚えはないが……ていうか、女っていっても琴里だぞ?」
士道が言うと、殿町は
「んだよ、
「おまえが勝手に驚いたんだろうが」
「でもま、琴里ちゃんなら問題ねえだろ。俺も一緒に行っていいか?」
「ん? ああ、別に
と、士道が言った
「なあなあ、琴里ちゃんって中二だよな。もう彼氏とかいんの?」
「は?」
「いや、別に他意はねえんだが、琴里ちゃん、三つくらい年上の男ってどうなのかなと」
「……やっぱ
士道は
「そんな! お
「お義兄様とか呼ぶな気持ち悪い」
士道が
「はは。ま、俺も
「おまえはいっつも一言余計だな」
頬をぴくつかせながら言うと、殿町が意外そうな顔を作る。
「だっておめ、琴里ちゃん超可愛いじゃねえか。あんな子と一つ屋根の下とか最高だろ」
「実際に妹がいれば、その意見は
「あー……それはよく聞くな。妹持ちに妹
「ああ、あれは女じゃない。妹という名の生物だ」
士道がきっぱり断言すると、殿町が苦笑した。
「そういうもんかねえ」
「そういうもんだ。女未満と書いて妹だろうが」
「じゃあ姉は?」
「……
「すげえ、女性専用都市かよ!」
言って、殿町が笑う。
──と、その
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ───────────
「…………ッ!?」
教室の窓ガラスをビリビリと
「な……なんだ?」
殿町が窓を開けて外を見やる。サイレンに驚いたのか、カラスが何羽も空に飛んでいた。
教室に残っていた生徒たちも、
と、サイレンに
『──これは訓練では、ありません。これは訓練では、ありません。
瞬間、静まり返っていた生徒たちが、
──空間震警報。
皆の予感が、確信に変わる。
「おいおい……マジかよ」
殿町が
だが──士道や殿町を
少なくとも、
この街は三〇年前の空間震によって深刻な
加え、ここは高校。全校生徒を収容できる規模の地下シェルターが設えられている。
「シェルターはすぐそこだ。落ち着いて避難すれば問題ない」
「お、おう、そうだな」
士道の言葉に、殿町がうなずいた。
走らない程度に急ぎ、教室から出る。
と──士道は眉をひそめた。
そんな中に一人だけ、列と逆方向──
「鳶一……?」
そう、スカートをはためかせながら廊下を
「おい! 何してんだ! そっちにはシェルターなんて──」
「大丈夫」
折紙は一瞬足を止め、それだけ言って、再び駆け出していった。
「大丈夫って……何が」
士道は
折紙のことは気になったが──もしかしたら忘れ物でもしてきたのかもしれない。
実際、警報が発令されたからといって、すぐさま空間震が起こるというわけでもない。すぐ
「お、落ち着いてくださぁーい! だ、大丈夫ですから、ゆっくりぃー! おかしですよ、おーかーしー! おさない・かけない・しゃれこうべーっ!」
と、そこに、生徒を
同時に、生徒たちのくすくすという笑い声が
「……自分より
「あー、なんとなくわかる気がする」
士道が苦笑すると、殿町も似たような表情を作って返してきた。
実際、なんとも
と、士道はあることを思い起こし、ポケットを探って
「ん、どうしたよ五河」
「いや、ちょっとな」
適当に言葉を
が──
「……
まだ中学校を出ていなければ大丈夫だろう。
問題は、もうすでに学校を出てファミレスに向かっている場合だった。
いや、あの近くにも公共シェルターはあるはずだし、
警報が鳴っても意に
「ま、まあ空間震が起きても絶対約束とは言ってたけど……さすがにそこまで
確か琴里の携帯は、GPS機能を用いた位置確認サービスに対応していたはずである。
携帯を操作すると、画面に上から見た街の地図と、赤いアイコンが表示された。
「────ッ」
それを見て、士道は息を
琴里の位置を示すアイコンは、約束のファミレスの真ん前で停止していたのだ。
「あんの、馬鹿……ッ」
毒づき、画面を消さないまま携帯を閉じて、士道は生徒の列から
「お、おいッ、どこいくんだ五河!」
「悪い! 忘れ物だ! 先行っててくれ!」
殿町の声を背に受けながら、列を逆走して昇降口に出る。
そのまま速やかに
校門を抜け、学校前の坂道を転がるように駆け下りる。
「……っ、こんなんなったら、
士道は、足を最高速で動かしながら
士道の視界に広がっていたのは、なんとも不気味な光景だったのである。
車の通らない道路に、
街路にも、公園にも、コンビニにも、
つい先ほどまで、誰かがそこにいたことを思わせる生活感を残したまま、人間の姿だけが街から消えている。まるでホラー映画のワンシーンだった。
三〇年前の大空災以来、神経質なほど空間震に対して
それに最近の空間震の
だというのに。
「なんで馬鹿正直に残ってやがんだよ……っ!」
叫んで、走りながら携帯を開く。
琴里を示すアイコンは、やはりファミレスの前から動いていなかった。
士道は琴里をデコピン
ペース配分も何もない。ただひたすらに、全速力でアスファルトの道を駆ける。
足が痛み、手の指先が
のどが張りつき
だが士道は止まらなかった。危険だとか
と──
「……っ、──?」
士道は走りながら、顔を上方に向けた。視界の
「なんだ……っ、あれ……」
士道は眉をひそめた。
数は三つか……四つか。空に、何やら人影のようなものが
だが、すぐにそんなものを気にしてはいられなくなった。
なぜなら──
「うわ……ッ!?」
士道は、思わず目を
次いで、耳をつんざく
「んな……っ」
士道は反射的に
大型台風もかくやというほどの風圧に
「ってえ……一体なんだってんだ……ッ」
まだ少しチカチカする目をこすりながら、身を起こす。
「──は──?」
と、士道は、自分の視界に広がる光景を見て、間の抜けた声を発した。
だって、今の今まで目の前にあった街並みが、士道が目を
「な、なんだよ、なんだってんだよ、これは……ッ」
何の
まるで
否、どちらかといえば、地面が丸ごと消し去られたかのように。
街の風景が、浅いすり
そして、クレーターのようになった街の一角の、中心。
そこに、何やら金属の
「なんだ……?」
遠目のため細かい形状までは見取れないが──ロールプレイングゲームなんかで王様が座っている、
だが、重要なのはそこではない。
その玉座の
「あの子──なんであんなところに」
と、少女が
「ん……?」
士道に気づいた……のだろうか。遠すぎてよくわからない。
だが士道が首をひねっていると、少女はさらに動きを続けた。
ゆらりとした動作で、玉座の背もたれから生えた
それは──
少女が剣を
そして──
「い……ッ!?」
少女が、士道の方に向かって、剣を
「────な」
その、今まで士道の頭があった位置を、刃の軌跡が通り抜けていった。
もちろん、剣が直接届くような
だが実際──
「……は──」
士道は目を見開いて首を後ろへ振った。
士道の後方にあった家屋や
「ひ……ッ!?」
士道は理解の
──意味が、わからない。
ただ理解できたのは、さっき頭を下げていなければ、
「じょ、冗談じゃねえ……っ!」
士道は、抜けた
だが。
「──おまえも……か」
「……っ!?」
ひどく
視覚が、一拍遅れて思考に追いつく。
目の前に、一瞬前まで存在しなかった少女が、立っていたのである。
そう、それは──今の今まで、クレーターの中心にいた少女だった。
「あ──」
意図せず、声が
その中心には、まるで
そしてその手には、
存在の特異さ。
どれも、士道の目を引くには十分に過ぎた。
だけれど。
士道が目を
「──、──」
一瞬の間。
死の
それくらい。
少女は、それこそ暴力的なまでに──美しかったのである。
「──君、は……」
呆然と。
士道は、声を発していた。
少女が、ゆっくりと視線を下ろしてくる。
「……名、か」
しかし。
「──そんなものは、ない」
どこか悲しげに、少女は言った。
「────っ」
そのとき。士道と少女の目が、初めて交わった。
それと同時に、名無しの少女が、ひどく
「ちょっ……、待った待った!」
その小さな音に、戦慄が
だが少女は、そんな士道に不思議そうな目を向けてくる。
「……なんだ?」
「な、何しようとしてるんだよ……っ!」
「それはもちろん──早めに殺しておこうと」
さも当然のごとく言った少女に、顔を青くする。
「な、なんでだよ……っ!」
「なんで……? 当然ではないか」
少女は
「──だっておまえも、私を殺しに来たんだろう?」
「は────?」
予想外の答えに、士道はポカンと口を開けた。
「……っ、そんなわけ、ないだろ」
「────何?」
そう言った士道に、少女は
だが、少女はすぐ
つられるように士道も目を上方にやり──
「んな……ッ!?」
これ以上ないほど目を見開き、息を
何しろ空には奇妙な格好をした人間が数名飛んでいて──あまつさえ、手に持っていた武器から、士道と少女目がけてミサイルらしきものをいくつも発射してきたのだから。
「ぅ、わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ──!?」
思わず、
だが──数秒
「え……?」
空から放たれたミサイルが、少女の数メートル上空で、見えない手にでも
少女が、気怠げに息を
「……こんなものは
言って少女が、剣を握っていない方の手を上にやり、グッと握る。
すると何発ものミサイルが圧縮されるようにへしゃげ、その場で
爆発の規模も恐ろしく小さい。まるで、
空を
だが、
「──ふん」
少女は小さく息を吐くと、まるで泣き出してしまいそうな顔を作った。
先ほど士道に剣を向けようとしたときと、同じ顔。
「────っ」
その表情に、士道は命の危機に
なんとも、
少女が何者なのかはわからない。上空にいる人間たちが何者なのかもまた、わからない。
だけれどこの少女が、上空を飛ぶ人間たちよりも強大な力を有していることだけは、なんとなく理解できた。
それゆえの、
その、最強者が。
──なんで、こんな顔を、するのだろう。
「……消えろ、消えろ。一切、合切……消えてしまえ……っ!」
そう、言いながら。
彼女の
疲れたように、悲しむように、少女が剣を無造作に
「…………っ、うわ……ッ!」
上空を飛行していた人間たちは
だが次の瞬間、別の方向から、少女目がけて凄まじい出力の光線が放たれた。
「……っ!」
思わず目を
その光線はやはり少女の上空で見えない
そしてその光線に続くように、士道の後方に何者かが
「な、なんなんだよ次から次へと……ッ!」
もうさっきから意味がわからない。
悪質な白昼夢でも見ている気分だった。
だが──そこに降り立った
機械を着ている、とでも言うのだろうか。
全身を見慣れないボディスーツで覆った少女である。
背には大きなスラスターがついており、手にはゴルフバッグのような形状の武器を
士道が身を
「鳶一──折紙……?」
今朝、殿町から教えてもらった名を
そう、そのやたらメカニックな格好をした少女は、クラスメートの鳶一折紙だった。
折紙がちらと士道を
「五河士道……?」
そして、返答のように士道の名を呼んだ。
ぴくりとも表情を変えず。しかしほんの少しだけ、
「……は? な、なんだその格好──」
一気にいろんなことが起こりすぎていて、何から気にすればいいのかわからなかった。
だが、折紙はすぐに士道から目を外し、ドレスの少女に向き直った。
それはそうだろう、何しろ、
「──ふん」
少女が先ほどと同じように、手にした
折紙は
いつの間にやら折紙の手にした武器の
折紙はそれを、少女目がけて思い切り振り下ろした。
「──ぬ」
少女が
──瞬間。
少女と折紙の攻撃が交わった一点から、凄まじい衝撃波が発せられた。
「ちょ……ッ、う、わぁぁぁぁぁぁッ──!?」
情けない叫びを上げながら、身を丸めてどうにかそれをやり過ごす。
折紙が
「…………」
「…………」
士道を
まさに
「…………っ」
士道としては気が気でない。
額に
だが、そのとき、急にポケットの中の
「────!」
「────!」
それが、合図だった。
少女と折紙がほとんど同時に地を蹴り、士道の真ん前で
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」
その
◇
「──
「
司令と呼ばれた少女はそれを一瞥だけして、男のすねを
「おうっ!」
「
男は、即座に姿勢を正した。
「はっ。精霊出現と同時に攻撃が開始されました」
「AST?」
「そのようですね」
AST。
とはいえ──
それくらい、精霊の力は、
「──確認されているのは一〇名。現在一名が
「映像出して」
司令が言うと、艦橋の大モニタに、リアルタイム映像が映し出される。
武器を打ち合うたびに光が走り、地面が割れ、建造物が
「やるわね。──でも、ま、精霊相手じゃどうしようもないでしょ」
「確かにそのとおりですが、我々が何もできていないのもまた、事実です」
「…………」
司令は足を上げると、ブーツの
「ぐぎっ!」
男が、この上なく幸せそうな顔を作るのを無視し、司令は小さく
「言われなくてもわかっているわ。──見ているだけというのにも
「と、いうことは」
「ええ。ようやく
その言葉に、艦橋にいたクルーたちが息を
「
司令は軽く背もたれに身体を預けるようにすると、小さく右手を上げ、人差し指と中指をピンと立てた。まるで、
「はっ」
男は素早く
そして司令の隣に
司令がそれを口に放り込み、棒をピコピコ動かす。
「……ああ、そういえば
「調べてみましょう──と、ん?」
男が、怪訝そうに首をひねる。
「どうかしたの?」
「いえ、あれを」
男が画面を指さす。司令はそちらに目をやり──「あ」と短い声を発した。
精霊とAST要員が武器を打ち合っている横で、制服姿の少年が
「……ちょうどいいわ。回収しちゃって」
「
男は、またも折り目正しく礼をした。
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