第三章──熟練者《エキスパート》
夕刻──エルキア王城・大広間。
国王選定の最終戦が終わったと思わしきその場には。
玉座の前に小さなテーブルと、対になった
そこに一人腰掛ける人物を、つめかけた観衆が囲むように広間を埋めていた。
──テーブルについて、無表情に腕を組むのは、葬式のような黒いベールに黒い服、
そう……酒場でステフをイカサマで下した──あの少女。
高官らしき衣装に身を包んだ老人が言う。
「──さて、この者──クラミー・ツェルが選定の闘いを、最後まで勝ち抜いたわけであるが……彼女に挑む者は、もうおらぬか?」
広間はざわつくだけで、挑もうとする者はいないようだった。
それもそのはず──ここまで全戦全勝している少女──クラミーに。
今更勝てると思える者など、もはやいるはずもなかった。
その事実に目を閉じ、無表情な顔に一層深い無感動な陰を落とすクラミー。
その様子に、老人。
「──では、前国王の遺言に従いクラミー様を──エルキア新国王として
「あ、はいはーい! 異議あり! ありありで~す!」
その言葉を遮り、響き渡った声に、黒髪の少女──クラミーの目が開く。
ざわつく広間の視線が、一斉に声の方へ振り返ると。
一人の執事と、白く長い髪の少女──
「はいはい。
「……ん」
「……だれ?」
無表情に二人を眺めるクラミーの視線が、二人の後ろに行き着く。
「──ステファニー・ドーラの、従者?」
と、二人の背後にいたステフの肩がビクッと跳ねる。
それを無感動に、だが
「──自分が私に負けて選定の資格を失ったから、使用人を送り込んで来たの? まったく、未練がましい上に見苦しいこと……」
そう、
だがヘラヘラと歩み寄って空が言う。
「あはは、ソレ、おまえが言えた立場じゃねぇでしょ」
「──どういう意味かしら」
「いやさ、ホントは国王の座とか、めんどくさそうだし実は興味ないんだけどさ」
頭をかいて、事実めんどくさそうに言う空に、目を細めるクラミー。
「……じゃあ消えてくれる? ここ、子連れで遊びに来る場じゃないの」
笑って空──「でもさぁ」と、視線を鋭くして。
「『他国の力を借りてるペテン師』に玉座を渡していい場でもねぇっしょ?」
その一言に、ざわつく城内。
──他国の力?──なんのことだ? などと聞こえる声を無視して。
空が、白にしか聞こえない声で問う。
「──いたか?」
白の手には、昨日空が、酒場の中を撮影したケータイ。
その画面に表示された写真の中と、この広間の両方にいる者を、白が答える。
「……四人」
「その中で──耳を隠してる
「……一人」
「ビンゴ。タイミング合わせて指さしてくれ」
「……ん」
そう示し合わせる兄妹にステフ。
「ちょっ……ど、どういうことですの? 他国の力って?」
ぼそぼそと
「まだわかんないの? いいか、例えばだぞ? 例えば──」
そして大声で。
「例えばエルフと結託して魔法で優勝した奴を王にしたら、この国は終わりだろ!」
城内のザワつきが、ついに恐怖を伴ったものに変わる。
その様子を眺めて、本当に
「……まあ、こんな大それた欠陥に気づかないなら、人類が負け込むの当然だけど」
「──ねぇ、あなた」
と……すっと立ち上がったクラミーが、空に向かって歩み寄る。
ベールで隠れ一層感情を感じられない顔に、奇妙な威圧感を伴って。
「私が魔法でイカサマしてる、とでも言いたいの?」
「やだなー『例えば』って聞こえなかったぁ? それとも心当たりでもぉ?」
だが、そんな威圧感など
「──いいわ。異議があるなら、ご希望通り勝負しましょ?」
「は~い、そうして
そう言ってトランプを取り出そうとするクラミーを遮って空。
「ポーカー勝負なら──そこの協力者、追い出した方がいいよ?」
そう、笑顔で言う空に
ザワつきが波打ったように静まり、視線がその指さす先に集まる。
クラミーと──指さされた男が、同時に顔を
その僅かな変化──それが図星だと空に読ませるには十分すぎた。
「──何のことかしら」
「あ、そ? なら誰か、そこのヤツの帽子取ってくれる?」
一歩下がる指さされた男、だがその場にいた観衆がおもむろにその帽子を
飛び出す、二つの耳。
──ファンタジーものでよく見る──そう、エルフのように、長い耳。
こ、こいつ
ざわざわ
おいおい……じゃあ、ホントにあいつの言う通り──
ざわざわ
あのアマ、魔法でイカサマしてたのかっ!?
「ねぇねぇクールビューティ気取りのペテン師さん、お友達助けないの?」
そうおちょくる
「──何度も言わせないで、何のことかわからないわ」
「あ・そ、じゃー追い出しても問題ないよね?」
ニッコリ笑って、エルフの男を外に追い出すように、しっしっと手を払う空。
そして改めてクラミーと向き合い、もう一つの──
「さて、じゃあさっそくポーカー、やろっか?」
ケータイのアプリを立ち上げたりして
──数秒の沈黙。
そしてクラミー、無表情なまま、目を閉じて言う。
「──なるほど、適当な
「へー、悪くない言い訳を思いつくね。それとも、準備してあった?」
だが、更に挑発する空に、クラミー。
「──でも、それならこっちにもプライドがあるわ」
相変わらず何も窺えない無表情で、しかしベール越しにも空を射殺す鋭い目で。
「お望み通り、そちらの
だがその視線、提案を想定通りとばかりに、空はヘラヘラと笑って返す。
「いいよ~『十の盟約』その五、ゲーム内容は、挑まれたほうが決定権を有する──まあ、どうしてここでポーカーを辞退したのか、あえて追及はしないであげる
そう言って、ケータイのカメラをクラミーに向けて、パシャリと撮影する。
「んー、おたく写真写り悪いよ? もうちょい笑ったほうが
そういって、画面に映った写真を見せる空。
射殺すように向けられたクラミーの視線を、逆に
──
クラミーは、
■■■
実力を証明するのに最適なゲームとやらを、家から持ってくるというクラミー。
しばらく待っているよう言って、城を去った。
一方、
ベンチに座って、空と
キョロキョロと。
周囲に
「──じゃ、じゃあ、
「……おま、声、でけぇ」
何のために場所を移したかわかっていない様子のステフ。
──だが、自分が負けたイカサマの真実を、ようやく知らされたのだ。
ましてソレが魔法によるイカサマだったと知れば気持ちはわからなくもない。
しかし空は別のことを考え、上の空気味に答える。
「ああ、そうだ……正確にはあの
「ど、どんな魔法なんですの?」
どんな魔法を使われたのか。
また、ただの人間である空がどのようにソレを見破ったのか。
それに二人が操作しているものも気になる。
異世界の道具──もしやアレが魔法を検知できるのだろうか?
期待の眼差しで解答を待つステフに、しかし返された答えは。
「さぁ? サッパリだ」
──という、あまりに期待外れの解答だった。
あっけにとられ絶句するステフを
「イカサマしてるのは確実だ。酒場でお前を相手にしてたあいつを見たが、手札の
「……しろが、きづいた」
「細かいな妹よ……まあいいけど」
──昨日、宿屋の一階の酒場。
ステフとクラミーがポーカーで勝負していたその外で。
だが──。
「でもどうやってんのかなんて、わかるわけねぇ。魔法なんてサッパリだもんよ」
「……………」
あっけらかんと
「いやー魔法ってすげぇな。『記憶
「───ちょ」
と、ようやく金縛りから復活したらしいステフが、頭を振って問い詰める。
「ちょっと待ちなさいな、そんなのどうやって勝つんですのよ!」
「は? 勝てるわけねぇだろ」
サラっと断言する空に、再び絶句させられるステフ。
「そんなん相手に出来るかよ。やれば『必敗』──万に一つも勝機はない」
だが、ステフが再び復活して叫ぶ前に、更に言い添える。
「だから、ソレを避けたんだろが」
「──え?」
すっと姿勢をステフに向かうように正して、空が言う。
「いいか、出来る限り簡単に説明するぞ」
「え、ええ……」
「まず、この総当たりの国王選定。優勝した
「ええ……」
「だがその案は欠陥だ。他国の介入の余地があるんだからな」
「──ええ。そう、ですわね……」
指摘されるまで、それに気づかなかった一人として悔しく目をそらすステフ。
──そう、この無条件の総当たり戦という選定法。
人間には感知出来ないイカサマで、他国が誰かを優勝させれば傀儡政府の完成だ。
人類に勝ちの目はなくなり、確実に滅びることになる。
まったくスキだらけの、思いつき以下の愚の骨頂だ。
「──つまりコレは個人戦じゃない。国家戦、外交戦だ。オーケー?」
「え、ええ……理解しましたわ」
「さて、
「──そ、それは……」
「他の国も同じ事を考えたはずだ。実行したかはさておき、可能性は高い」
なら──。
「それを逆手にとって〝俺もその一人〟だと思わせればいい」
ケータイを手で遊ばせながら、
「人類が持ってるはずのない装置を持ちまるでそれでエルフの魔法を見破ったように見せた相手に、分かりやすい魔法を使えばその瞬間不正を暴かれて失格のリスクを抱え込む。しかも当の術者は疑惑をかけて追い出したわけだから──」
「じゃ、じゃあ──イカサマなしの対戦に持ち込めるということですのね!」
ぱぁっと笑顔になるステフに、だが
「──おまえさ、どこまで頭、お花畑なんだよ」
「なっ、なんでなじられるんですの!?」
「話、聞いてたか? 他の国が介入してくることは、想定の範囲内なんだよ。つまり俺みたいな奴が現れることまで織り込み済みと考えるのが自然だろ」
「あ………」
そして、本来考えていた場所へ思考を戻して、考える空。
「──敵は用意してるはずだ。この状況でも有利に運べるイカサマを、な」
……と。
ふと、ステフの言葉に、思い当たる空。
「ステフ、
「え、ええ……」
ふむ……と考え事に答えが出たように、すっきりした表情で空。
「『
だが、その言葉に表情を曇らせるステフ。
「……そ、そんな、それじゃ余計事態は悪化してるじゃないですの」
「──は? なんで?」
「え? ─複雑なイカサマ魔法って──」
本日何度目のだろう、ため息をついて空。
「あのな──生粋のただの人間である俺らには、『記憶
つまり〝表面上〟対等に見えるゲーム。
だが実際には自分達が圧倒的有利な仕込みをしているゲーム。
しかも察知されない──つまり相手に直接は干渉しないゲームということ。
確かに、絶対的に有利なイカサマは仕込むだろう。
だがステフが仕掛けられたポーカーのような『必勝』の手ではなくなる。
それを持ち出させる為のブラフ。
その為のケータイ。
今のところ、
「……で、でも」
と、何とか理解出来たらしいステフが、初めて的確な意見を言う。
「それでも──こっちが『圧倒的不利』には変わらないじゃないですの」
「ああ、そうだな。それが何か問題か?」
だが、
「原理的に勝てないゲームでさえなければ『
「……ん」
ケータイで最高難易度の
……──と。
白が何かに反応して振り向く。
近づいてくる人影──それがクラミーだと気づくのに、かなりの時間を要した。
「……やべぇな、今の会話聞かれてねぇだろうな」
白にしか聞こえない声で
──大丈夫、とでも言いたげに。
それを証明するように、開口一番、クラミーが言う。
「──単刀直入に聞くわ。あなた達、何処の間者?」
内心胸をなで下ろす空。しかし態度には出さず、へらへらと応じる。
「あ、はい、実は僕達某国の──って、答えるとでも思ってんの? バカなの?」
「──この国は渡さないわ」
「知ってましてよぉ? だってぇ
「……違う」
へらへらと挑発を続ける空に、だが厳しい目で断じるクラミー。
「
「───ふーん?」
おや、意外な答え、と先を促す空に、クラミーは
「
──うーわ……。
内心頭を抱えたくなるのを、
本心からの苦笑をこぼしながら、言う。
「他国の間者と疑わしい
だがクラミー、ベール越しにも伝わる自信に満ちた
「……あなたが
「っへー、大した自信ですこと」
「ただの事実よ。世界最大国『エルヴン・ガルド』──
……ふむ。
「……あなたに、
厳しい視線を和らげ、空の目を見てクラミー。
「この国を、
「……」
なおも無言で応じる空に、もはや懇願するように。
「──魔法も使えない、感知すら出来ないのが私達──
黒いベールで隠れた表情に、悔しそうな色を
「この世界で生き残るには、大国の
……ふむ。
十の盟約に従うなら、ゲーム内容は挑まれた方に決定権がある。
確かに最強種族の力を借りて一定の領土を手に入れ。
なにも得ない代わりに何も失わない。
将棋における最強の布陣は動かないことであるように。
ただしそれは──
「……ふぅむ、なるほど……悪くはない計略だ。よーくわかった……」
「それでは、勝負を降りてくれるのね……」
感謝するように、目を閉じるクラミーに──
「だが
断る」
その目を見開かせる言葉で応じる
「──理由を……聞かせて
「ふふ、それはな……」
隣で感情の読めない顔で成り行きを見守っていた妹を抱き寄せて空。
「この『
「「自分が絶対的有利にあると
思ってるやつに『NO』と断ってやる事だ…ッ」」
空の言葉に、ハモらせるように、乗る
元ネタを知らないクラミー、そしてステフの二人には、全くの不条理な言い分に。
ただ絶句し、はしゃぐ兄妹を眺めているしか出来ない。
「ふはは! 一度は『言ってみたいセリフ・第四位』──リアルに言わせて貰えたな!」
「……にぃ、ちょー、ぐっじょぶ」
親指を立てあう兄妹に、肩を震わせるクラミー。
それを挑発、または交渉の余地なしと
「──時間の無駄だったわね。ご希望通り力でねじ伏せてあげる……広間で待ってるわ」
「はいは~い。『他人様にケツの穴売って借りた力』、用意してお待ちくださ~い」
と、一々相手の
「い、いいんですの? あの人の言うこと、一理あると思いましたけど……」
おずおずと問いかけるステフを、
「──あのさ、そろそろ〝他人を疑う〟ことを覚えてもいいんじゃないか?」
指を立てて空が言う。
「一、あいつの言葉が事実である根拠が何処にある」
「あ……」
さすがに恥ずかしかったのか、目を伏せるステフに構わず指を立てていく空。
「二、必勝の手があるなら何故こっちに勝負を降りるよう取引を持ちかけて来た?」
「……あっ!」
さすがに気づいたのか、顔を上げるステフ。
「万に一つは負け得る……つまり必勝の手を持ってない──っ!?」
それはつまり──
珍しく正解したステフに、笑顔で三本目、四本目と指を立てていく空。
「三、
ほけーと口を開いて、こくこくうなずくステフ。
「そ、そこまで考えた上でのセリフだったんですのね……」
……元ネタがあるセリフとはつゆ知らず。
空を素直に見直し、顔が熱を帯びていくことに気づき、はっと首を振るステフ。
だが空はクラミーが立ち去っていった方──城の広間へ続く道を見やって。
「……ま、それだけじゃないけどな。あいつ──おまえもそうだけどさ」
と、
うなずく白を連れて、歩き出す。
「──ちょっとさ、
■■■
広間に戻った一同。
目にしたのは、ずっと待っていたのだろうか、広間を埋め尽くす大観衆。
そしてやはり玉座の前に立てられた小さなテーブルと、一対の
そしてテーブルの上には──
「チェス盤……?」
今度は──戸惑うのは空の番だった。
様々なゲームの可能性を考慮したが──チェスは想定外だった。
予想の斜め上を行かれたことに懸念を
だがクラミーは、向かいの椅子に座り、感情のない声で説明する。
「そう、チェスよ。でもこれは──ただのチェスじゃないわ」
そう言って小箱を取り出し、盤の上にコマをぶちまける。
──すると。
三十二個、白黒十六個ずつのコマが盤の上を滑るようにして、勝手に定位置に付く。
まるで──そう──
「そう、これは『コマが意思を持っている』チェス……」
まるで
「コマは自動的に動く。ただ、命じれば。命令のままに、コマは動く」
「………なるほど。そう来たか」
──厄介なゲームを持ちだされた。
と空は内心、想定しうるイカサマの内容に思いめぐらせ、舌打ちする。
「……どうする、
普通のチェスなら、白は確実に勝てる。
だがそれはあくまで普通のチェスであれば、だ。
しかも相手は何らかの魔法を仕込み、イカサマするのは間違いない。
「……大丈夫、チェスなら……まけない」
言って、強気に前へ進み出る白。
──が、その前に、と空が確認する。
「なあ、これ途中で交代してもいいよな?」
「「──?」」
「悪いがこっちは二人で一人のプレイヤーなんだわ。それに、そっちが一方的に熟知してるゲームのようですし~? 内部の隅々まで、だろ?」
ケータイを手で
その意図をはかるように、空の目を
だが、空の目から何かを悟らせる色は窺えない。
──そんなマヌケをする者に『
「──どうぞ、ご自由に」
空の手のケータイが気になったか、それとも何も読めなかったことに警戒したか。
クラミーが、吐き捨てるように言う──が。
「……にぃ、しろが、負ける、と……?」
予想外に抗議の声を上げたのは──そのもう一つの片翼であるはずの、妹。
「白、熱くなりすぎ。普通のチェスならおまえが負けるなんて万に一つもない」
「……ん」
当然だとばかりに
それは空の、心からの本心だった。負けるわけがない。
──だが。
「これは普通のチェスじゃない──〝そいつが言ってる以上に〟な」
「………」
「忘れるな。
「……ごめん、なさい。気を、つける……」
「よっし! じゃーいっちょ暴れて来い!」
そう言って、
「──俺がイカサマを看破して打開策を練るまで、勝ち抜けてくれ」
こくりと
幼い白には若干低い
「話は終わった?──でははじめましょう、先手はそちらで結構」
「……──」
明らかな挑発に、一瞬
チェスを「マルバツゲームと変わらない」と言ってのける白に。
それは、勝ちを譲ると言っているに等しかった。
後手に回った場合、相手の最低一度のミスを前提ではじめて『引き分け』だ。
「……b2ポーン、b4へ」
わずかに機嫌を損ねた白の言葉で、勝負は始まる。
手で動かすものではなく、声で指示を出して、コマが勝手に動くチェス盤。
ルールに従い、初手に限りポーンは二マス、前へ進む。
──だが、クラミーは言った。
『コマが意思を持っている』と。
ただ勝手に動くというわけではあるまい──。
そんな
「ポーン7番、〝前へ〟」
瞬間──指名されたポーンが。
────三マス進んだ。
「「「──はぁ!?」」」
声を上げる空と、どよめく観衆。
「これは〝意思を持ったコマ〟──そう言ったでしょ?」
薄く笑みを浮かべて、クラミーは語る。
「コマはプレイヤーの『カリスマ』、『指揮力』、『指導力』……『王としての資質』に反映されて動く──王者を決めるに
「──ちっ」
舌打ちする
「……d2ポーン、d3へ」
淡々と、冷静にプレイを続ける
「あら、いいの? そんな悠長なことしてて」
……だが一度ゲームに入り込んだ白に挑発のたぐいは通用しない。
忘れてはいけない、兄の補助があったとはいえ。
白の圧倒的な集中力は。
神さえ破ったと。
………そして。事実。
反則的なコマ運びを続けるクラミーに対して、動揺すること無く。
また一切危なげ無く、白はコマ運びを続け──
「……うそ」
そう
だがそれは、城内の
予測不能に近いコマ運びをするクラミーを──。
いったいどうすれば、追い詰めはじめすら出来るのか、と。
騒然とする広間の中。
神がかりな
これぞ
「す、すごい……ルール無視に近い動きをしてる相手を圧倒してますわよ?」
「ああ」
しかし、空もまた、冷静に状況を見ていた。
「でも別にそれは驚くに値しない」
「え?」
「例えば
そう言って。
「───だが」
と、あることを
もしクラミーの言う通り、このゲームが『意思を持ったコマ』であることが鍵なら。
そして──その危惧は、すぐに現実となる。
「ポーン5、前へ」
そう指示した
しかし、動かない。
「……ぇ」
と、ここに来て初めて、白の表情に戸惑いが浮かぶ。
同じく、戸惑うステフらとは対照的に。
「──やっぱ、そういうことだよな」
と、予想が的中したことに、舌打ちする空。
つまり。
このチェスの
『カリスマが不足すればコマが動かない』ことにこそ、あるのだ。
コマが現実の「兵士」だとすれば、通常まず使えない戦略──それが、
「捨てゴマは使えない、ってことだ」
──大局のために、喜んで死ぬ兵士は通常いない。
徹底した指揮系、命令系──または狂気に等しい士気があって初めて可能な戦術だ。
そして、『捨てゴマ』を封じられると──
「───」
白が
……そう──戦術が大幅に限られてくるのだ。
だが薄く笑うクラミーの兵士達は、一糸乱れることなく、動き続けていく。
……優勢にあった白が追い詰められはじめるのに、そう時間はかからない。
──戦況は一気に悪化。
士気が落ちたコマは更に言うことを聞かなくなり、白はイラつきを募らせはじめる。
指揮官のイラつきは兵士達に伝播し、悪循環となり──。
……こうなってしまっては、もうどうしようもない。
「……っ」
自覚したのだろう──もはや白に勝ちの目は、消えた。
だが──十分だ。
死人のような目と、
クラミーのコマの動きが、そのイカサマの正体を十二分に語ってくれた。
──妹の頭に手を置き、空が言う。
「白、交代だ」
「…………」
うつむいた妹の目は、長く白い髪に隠れて見えない。
が、薄っすら涙が浮かんでいるだろうことは窺えた。
──それもそうだろう。
『
ましてチェスにおいて妹は──一度も負けたことがないのだから。
「………にぃ……ごめん、なさい」
「───どうした」
「………………まけた……よ……ごめん……なさ…い」
そういって、兄の胸に顔を埋める白。
だが、空はその頭を抱いて、言う。
「は? 何いってんのおまえ、まだ負けてねぇだろ」
「…………」
「──二人揃っての『空白』──
そう言う
その表情に浮かんでいるのは、いつもの
「それに、これはチェスじゃない──このゲームではおまえ、俺に勝ったことはないぞ?」
「……ぇ……?」
「まぁ、見てろ──このゲームは俺の担当分野だ」
ぐしぐし、と。
前髪に隠れて見えない妹の目を、こすって涙を
うつむいた頭から表情は窺えないが、まだ
促されるままに
「泣き虫ね。勝負を途中で投げ出すお子様と、ここから巻き返せると思ってる能天気な兄……確かにあなた達にも王の資質はあるみたい。愚王の資質だけど」
そう言うクラミーの言葉を無視するように。
身を引こうとしていた妹をすっと持ち上げる空。
「……っ?」
急に持ち上げられたことにビクッと身をすくませる白。
──十一歳という年齢を考慮しても、軽すぎる妹を持ち上げ。
テーブルについた自分の
「……?」
「二人で『
キョトンとする妹を
笑顔で、しかし底しれぬ不気味さで、空がクラミーに言葉を紡ぐ。
「やあ、ビッチ」──と。
「──それは……私に言ってるのかしら」
「
わずかに
盤面と向き合った空。
す~~~と息を吸いこみ──そして。
「全・軍・に告げぇぇぇるっ!」
膝に座っていた妹はもとより。
城内広間にいた
「この戦で功績を上げた
国王権限で、好きな女と
一発ヤる権利をやる!」
────。
打って変わって、海底のような静寂が城内を包む。
静寂が意味したものは──疑問、
だが、構わず
「なお! 前線で戦う兵士諸君、この戦に勝てば以後の軍役を免責し、生涯の納税義務を免除! 国家から給付金を保証する! 故に──
下劣
───が。
チェスの盤面からは。
『ウォオオオオオオオオオオオオオオ!!』
──と
反比例するように激しく引いていく城内。だが演説はまだまだ終わらない。
「全軍よ、諸君よ! 私の言葉に耳を傾けよ! この戦は──我々エルキアの、人類の! 最後の
と、バッと、対戦相手──クラミーを指さし叫ぶ。
「こんな死人みたいな、頭の足りない売女に任せて、本当にいいのかっ!」
「な──」
そして、絶句したクラミーをよそに、しょげた様子で垂れていた妹の頭を
前髪をどかし、その顔を見せる。
純白の、アルビノの長い髪から
そしてルビーのような、吸い込まれるように赤い──しかし悲しみを帯びた
「我らが勝利すれば、彼女が女王だ! そう、いましがた諸君を
「────貴様らそれでも男かあぁぁぁッ!」
そしてすかさず、ポーンに指示を出す。
「ポーン7番隊へ通達! 前線より敵が侵攻中! 待ち構えれば
するとその叫びに呼応するように。
ポーンが二マス前進、そして更に敵のポーンの背後を取り──砕いた。
「な──そんな
「あれあれ? そっちがやってたことだろ、何か不思議なことでもあったか?」
「──くっ」
だが、空の
「……でも、本当の戦争なら……これで兵士は疲弊……しばらく、動けない」
「ああその通りだとも──騎兵2番隊! ポーン7番隊が開けた活路を無駄にするな! 道を切り開いた〝勇者〟達を何としても守れぇ!」
そして、相手の手番を待たずすかさず、さらに告げる。
「それからそこの王と女王! つまり
──と、チェスの定石ではありえない指示に、観衆はおろか、
いや──そもそも。
「ちょ、ちょっと待って! 私の手番無視して何をやって──!」
──と抗議するクラミーに、だが空は野良犬を
「はあ? 馬鹿なの? 本物の戦争で相手の手番を待つタコがいるの?」
そもそもコマは動いてる。
つまり命令は受理されているということだ。
「手番を気にするなら、俺より早く命令出せばいいだけだろ、お間抜けさん♥」
文句あんならこのチェス盤に言え、とばかりに言い放つ。
理にかなっているようでかなっていない
だが──事実コマは動いている。
つまりそこに不正は無く。ならば──
「くっ──ポーン部隊、順番に前進しなさい! 防壁を築けっ!!」
対抗して大急ぎで指示を飛ばすクラミー。
すかさず空は、その揚げ足を取る。
「はっ! 見よ、あたら兵を壁にして身を隠す、この
大仰な手振りまで交えて、堂に入った演技でなおも叫ぶ。
「前線で兵を戦わせ、後ろでふんぞり返って何が王か、何が女王か! 王とは女王とは──支配者とは、民に道を示す者だっ ──総員我らに続け、誇り高きナイト、ビショップ、ルークよ! その称号に見合う働きを今こそ示せっ!
──相手の戦略を中傷し、逆手にとって士気を高める。
現実世界の『プロパガンダ戦略』の演説に鼓舞されコマ達は慌ただしく動く。
そして、再びクラミーに──ひいては、彼女が率いるコマ達に向かって、言う。
「ふん──
「──っ」
クラミーの表情が、
それで図星と悟られないと思っているなら、あまりに
「なるほど証明しにくく、このゲームにおいては圧倒的有利に運べる。相手がチェスの名手であるほど、コマの動きを推測出来ず、捨てゴマを活用出来ないのは混乱を招く……」
と、妹の頭に手を乗せて。
「だがおまえは、大いに間違えた」
そして、再び高らかに演説する。
「古今東西、圧政によって自軍を従わせた王が賢王だったためしはなく、何より人は正義のためにしか戦えず──また、この世に絶対的な正義は、たった一つしかない!」
普段、気力のない半眼の妹に。
キョトンと目を開かせる事態の連続。
その顔を──目をぱちりと開いた、見る者
「総員女王の御前なるぞ! 貴様ら男ならこれ以上、その
──
再び盤面から、机を震わせる
「──そう……かわいいは、この世で唯一不変の正義だ」
盤面だけが呼応し、城内と
戦いを知らないこの世界の者達が知るはずもないからだ。
──男が命をかけて戦う目的など、どの世界でも変わりはしない。
それは、愛する者のためであり。
愛するものを
有り体に、身も
──
「っ──ポーン5番! 敵ナイトを打ち砕きなさい!」
クラミーに命令されたポーンが、自軍のナイトに襲いかかる──だが。
妹を片手で抱き、
「誉れ高き
すると襲いかかってきたはずのポーンが、ナイトを取るどころか──
その直前で逆に、砕け散る。
「「──はあああああぁ!?」」
クラミーにとどまらず、ステフをはじめ、城内の
しかしその声さえ届かない。
本当に戦場に身を置いているように空、なおも叫ぶ。
「よくぞ
するとナイトが──ただのコマが。
空に──いや……『王』に向き直り。
一礼するようにして──ふっ、と盤面上から消え、テーブルの隅へ移動する。
──チェスではありえない、『相打ち』という現象に。
絶句するしかないクラミーを、
「くくく、バカめ。本物の戦争を再現するチェスだぁ? シヴィでも大戦略でも負けたことのないこの
そう──これはチェスではない。
ストラテジーゲームだ。
士気の維持を行う魔法──なるほど、中々有利な魔法だ。
だがそんなもの、社会制度や世界遺産によるステータス補正程度の価値しかない。
そして──それらの弱点もまた、こちらは熟知している。
即ち、その補正効果に頼るプレイスタイルになること──。
相手のプレイスタイルさえ見えれば──
もはや、負けはない。
「ポーン3番隊! 今こそ好機──敵ビショップを討ち取れ!」
確信し、詰みにかかるだけとなり叫ぶ
だが、ビショップの手前で──
──ポーンが黒く染まる。
「「「────なっ!?」」」
観衆が
だが、ここへ来て初めて──その光景に空が加わった。
その現象を明確な『想定外』だとクラミーに悟らせてしまう空の顔色に。
にぃ……と、薄く暗い笑みで、クラミーが言う。
「洗脳──面白い表現を使うわね。洗脳だったら当然出来るわよね、こういうことも」
攻撃しようとしていたコマが、再び強制的に黒く染まる。
『強制洗脳』──
それは、こちらの攻撃の一切が封じられることを意味する。
……まずい。
────まずい。
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいっ!
表情にこそ出さずに済んでいたが、空は致命的なミスに気づかされた。
敵のイカサマを『狂的な士気の維持』だと──勝手に思い込んだ!
──数日前、ステフに偉そうに指摘したミスを、ここに来て自分がやらかしたっ!
失敗した──失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したっ!
明らかな失策だ──っ!
敵が追い詰められ、なりふり構わなくなった時……。
(
「──全軍、後退せよっ! 敵軍は洗脳魔法を使うぞ、近づくなっ!」
空の圧倒的指揮力で、後退出来ぬはずのコマまで一斉に後退をはじめる、だが。
「ふふ、戦王気取り? 王自ら
優勢と見て
敵、クイーンが迫る。
「敵王の首を
「……にぃっ」
広間が騒然とし、
だが──迫りくるコマに
「──女王よ、剣を下げて欲しい……そなたは──美しい」
……………。
「「「───はい?」」」
観衆も、クラミーも、白さえも
情熱的に、熱情的に空は、コマ──女王を
「ああ、女王よ。そなたは
一流の舞台役者のように。
世紀のプレイボーイのように甘い声で、
まさに、戦場の麗しき若き王さながらに。
「兵を、民を洗脳し剣とし道具とし──あまつさえ、そなたを矢面に立たせ最奥
──カランッ──と。
剣が地に落ちるような音を立てて。
──今度は、黒いクイーンが白く染まる。
啞然とさせられっぱなしの観衆からはもはや声すらなく。
絶句するクラミーと、ただ、小さく笑う空の声が響くだけとなった。
「────なっ───」
「くくく、恋愛シミュレーションゲームは
「───こ、この……っ」
空が敵と同じ事をした以上、状況は互角に戻った──そう見えたからだろう。
──だが違う。
全く、違うのだ。
こちらは──
だがクラミーは──正確には把握できないが、どのコマからでも洗脳が可能らしい。
こっちの攻撃は一切が封じられたまま──敵は遠慮無く攻撃を続行可能。
その先に待つのは──『必敗』の二文字のみ。
(──どうする。どうするどうする
空は、表情に浮かぶ余裕の笑みを崩さぬ
全霊で猛然と、どうにかこの状況を打開する方法をさがしていた。
いや──正確には、見つかってはいた。
(方法は──ある。あるにはある……だが相手がノって来るかっ!?)
──それは、
成功すればとりあえずしのげる。
だがしくじれば一転──今度こそ勝利の目は完全に潰える。
脳内麻薬の過剰分泌が時間さえ圧縮させる中で、思考を巡らす空に。
だが今度は、
そっと兄の顔を──その小さな二つの手で包む。
「────な……?」
突然
だが、白は空の目を
「……にぃ、言った……冷静さ、かいたら、手伝う」
「────っ」
「……二人で……『
ああ……。
「──ああ、そう、だったな……」
「…………大、丈夫」
──ノると、思うか?
無言で問うた兄の目に、妹は小さく、しかし力強く。
……こくり、と。
──そう、白は──この天才少女は──この自慢の妹は。
ルールを無視して動く相手に、純粋なチェスの動きだけで一度は優位にさえ立った。
それは相手──クラミーの動かすコマを先読みしていたから以外に、ありえない。
心理戦、駆け引きでは、兄に大きく劣る妹──だが。
再び、空は自分に言い聞かせた。
──忘れるな。
妹は──神さえ下したのだ。
その妹が、純粋な手の読み合いで、ノると断言する。
ならば自分がするべきは妹を信じ、それを前提に、作戦を構成するだけっ!
そして──肩を震わせたクラミーが。
「──ナイト! 敵に寝返ったクイーンを
────ノった…………。
まんまとかかった──
命令された黒きナイトは
白く染まる。
「な──なぜ……あ、あなた何をしたのっ!?」
──コレだ。
コレが、唯一の活路だった。
クラミーが本当に人類種を思って戦っているなら許さない、裏切りに対する反応。
そして彼女が、未だにこちらもイカサマしていると思い込んでくれていること……。
コレが──唯一の勝ちの目が残る筋書きだった。
あぁ、さすがだよ、妹よ。
妹の頭を
そして、全て予定調和だったように、
「王よ、愚かな王よ。臣下に女王を殺せとは……酷な命令を出すものではない。少し冷静になっては
「この──裏切りものが……っ!」
空を、人類を売って他国の技術でイカサマしていると思っているクラミー。
その顔にはここまでの、死人のような無力感も、責任感もなく、ただ怒りがあった。
対比的に、不遜、不敵、余裕に満ちた空の顔。
……そこから
今まさに、空こそ、心臓が破裂する勢いで脈打ち、思考を総動員させているなどと。
空の脳内では依然、クイズゲーム、歴史ゲームなどで手に入れた知識の限り。
知り得る限りのあらゆる戦争を追想し、シミュレーションしていた。
──そう、状況は何も好転していない。
こんな手、そう何度も使えるものではない。
敵を疑心暗鬼にハメるための一時
開き直って攻勢に出られたら、
ならば──戦わずして勝つ方法を見つけるしか─────
(戦わずして、勝つ?)
───────。
──そうして。
必敗に等しいこの戦況の中に。
「──
「……よゆー、ですっ」
理由など聞くまでもないと、びっと敬礼して、妹が采配を引き受ける。
──これは、またもや
だが、今度は成功すれば必勝の賭けだ。
この状況から勝利する方法──それは『二つ』しかない。
空の知識にある限り、戦わずして勝つ方法──それは。
「女王よ──」
采配を振るうのを妹に任せ、空は味方にした、元・敵
「私はそなたに──また、そなたを慕い剣を下ろした誇り高き
そして空は、秒針が一回動く程度の時間で。
数万の言葉を脳内に巡らせ、一世一代の
「そなたの民は、そなた達のものだ──乱心の狂王に代わり民を導けるのは、もはやそなた以外にはおらぬと思うが──相違あるだろうかっ!」
空の演説。その意図に。
城内の誰一人、クラミーさえも解せずにいた。
故に城内は静まり返り──コレまでも何度も起きたように。
想像を超える何が起こるのかを──沈黙をもって待っていた。
そして──果たして、その期待に答える結果だっただろうか。
黒かった
──今度は赤く染まり。
そして続くように、前線の黒いコマの殆どを赤く染め上げた。
「────────はぁっ!?」
絶叫を上げたのは、クラミー、ただ一人。
他の観衆は、
だが、続いて放たれた
「よくぞ立ち上がった、尊敬たる勇敢な女王よ! 洗脳を乗り越え女王に付き従う正しき者たちよ! 我はそなたらに
そう、それは。
内乱の誘発──第三勢力の出現だった。
「我が求めるは血にあらず! 誰もが求めるように──そう求めるは『平和』にある! 双方どうか剣を納めて欲しい、これ以上誰も血を流させることは我が許さぬっ!」
その演説に、次々赤き
──敵を傷つけることに
だが。
「──こ、このっ、かまわないわ! 離反した者は全員斬り捨てなさいっ!」
その意味を理解しないまま激昂するクラミーは、またも──罠にノる。
「またも失策だ愚王よ。古今東西、反乱に対して『武力鎮圧』は──最悪の悪手だ」
──敵を傷つけることに躊躇いはなくとも。
共に戦った仲間は──たとえ洗脳魔法をかけたとて、容易には斬れやしない。
そう、空が言うや、クラミーに命令されたコマたちが次々と赤く染まって行く。
「──な……このっ……何なの、どんな仕掛けを使ってるのよっ!」
その感情が、裏切りに対する感情を強め、冷静さを奪っていく。一方。
「……全軍、赤き
なんてことはない。
クラミーの軍勢の攻撃が効きにくい赤い女王勢を盾にしているだけだ。
だが、それを言葉で飾り、赤い女王勢のコマを操り双方の攻撃が通らない状況を作る。
──結果。
「───っ──この売国奴どもめ……っ!」
クラミーが
そう──結果、戦況が膠着する。
「──なあ、狂乱の王、いや『洗脳王』よ、知ってるか?」
それを、最初から
「現実の戦争はな──必ずしも王を討ち取らなきゃ勝てないわけじゃないぜ? さぁ、そっちにもはや勝ち目はない。互いに手出しが出来ない状態だ──『降伏』しろよ」
内乱を誘発させ国力を分断、そこからの圧倒的優位での『講和』。
これが──空が知る『戦わずして勝つ』方法の、一つ。
鮮やかすぎる逆転劇に、城内は沸き上がり、熱狂の叫びが響いた。
──ただひとりを除いて。
そう──クラミーだけが、射貫くような目で空を
不気味に笑った。
「ふふ……ふふふ……なめないで──この国は渡さないわよっ!」
それは、本物の狂王さながらの
沸き返った城内を静まり返らせるほどの不気味さで、クラミーが命じる。
「全軍、命を捨てて敵王の首を討ち取りなさい……あなた達は私の命令に従って動けばいいの───裏切り者は全て切って捨てて進みなさい」
空には──
だが、恐らく更に強化されたのだろう洗脳魔法。
不気味に、静かに黒い軍勢が行進を始める。
赤いコマも白いコマも。
構わず全て殲滅する明確な雰囲気を漂わせるコマの行軍に城内が息を
「……にぃ、弱った敵の……退路を断つ、と、こうなる」
だが空は、笑顔で
「知ってる──だからやった」と。
ピキッ──
そんな音が、脈絡もなく唐突に響いた。
黒いキング、
──
「──え──な、なに?」
亀裂が広がって行く黒いキングを。
何が起こったかわからず
「圧政、恐怖支配、洗脳を繰り返す独裁者──不思議なもんだよな」
これが──空が知る『戦わずして勝つ』──二つ目の方法。
「勝ってるうちはいいが、一度負けだすと、いつの世もそういう為政者の〝最期〟はなぜか判を押したかのように、決まってるんだよ」
……すなわち。
「古今東西、最期は兵士ユニットですらない身近な誰かによる暗殺で終わる」
──それは歴史上、幾度と無く繰り返されて来た、空達の世界での史実。
つまり、洗脳を拡大させ、なりふり構わなくさせ。
「暴君」として仕立て上げ、敗色濃厚に追い込んだ上で。
「狂王」として動かすことによる──『自滅』。
そして、砕け散った黒いキングが崩れていくのを。
城内の
「悪いな、俺らの世界はこの世界ほどいいとこじゃなくてね」
勝利し、
「──こと争い、殺し合うことにかけちゃ、あんたらよりよほど
そして、盛大なため息ひとつ。
白と軽くハイタッチを交わして、空は、遠い目をする。
かつての、自分たちの世界を。
「それがゲームで
……そう、
■■■
「す、すごい……」
──圧倒的、鮮やかすぎる勝利劇。
城全体が震えるほどの歓声の中、そう呟いたのは、ステフだった。
歓声を上げる観衆達は、ことの真相を理解していないだろう。
だがステフだけは、理解していた。
それは
彼らの世界が、どのようなものなのか、知る由もないのだから。
だが。
あの人──クラミーが
今繰り広げられた
それを、正面から挑み破ってみせた事実だけは、理解していた。
それは
世界最大の国であるエルヴン・ガルドに、真っ正面から打ち勝ったことを意味し。
魔法を駆使する種族に、ただの人間が勝利してみせたということで。
それはステフが知る史実上、一度として例のない快挙で。
それ故に──
「………本当に、人間なんですの?」
沸き上がる城内に反して、敗北したクラミーはうつむいたまま沈黙する。
それを
ステフの元に歩み寄ってきた兄妹を、ステフは一瞬──。
どう対応していいかわからなかった。
──だって、そうだろう?
魔法という絶対的なイカサマを使う敵を正面から下し、勝利に喜ぶ様子すらない。
──〝『
それを証明するように、勝利して当然という
だが──そんなステフの
「──これでいいだろ?」
「…………ぇ?」
「おまえの
「────あ……」
「なんの後ろ盾もない、人類最強の『
「……これで、エルキア……滅びない、よかった、ね……ステフ」
言葉に迷い、悩み。
自分が彼らにされたことを思い返してもみたが。
その全てを補って余りある結果に。
ステフは、目から
「ありがとう……本当に──感謝しますわ……ぁっ」
若干
ステフの頭を、背伸びしてぽんぽん、と
更に涙が
──と。
「………ねぇ」
ぽつりとこぼれたクラミーの
だが、
「教えなさいよ……一体どんなペテンを使ったの」
冷たくそうこぼすクラミーは、キッと空を
「ええ、そうよ。私は
クラミーからしてみれば、
憎悪をこめた目で問い詰めるクラミーに、ステフは息を
「そのつもりだし、事実その通りだ」
「……なにか、もんだい?」
歓声に沸く城内、
「別にな、おまえが
「だったら──っ!」
「だが、おまえの考えが気に入らない」
演技ではない、
「〝
「──そんなの、歴史が、この現状が
事実、あなたもペテンを使ったくせに、と言外に言いたげな顔で言うクラミーに。
「それは歴史を作った連中の限界であって、俺らの限界じゃねぇしなぁ……」
意地悪くそう言って、笑う。
「
その言葉に、息を
彼らが使っているイカサマを暴くことにばかり気を取られていたが、もし。
もし、イカサマなど最初からなかったとしたら──?
「そんな……はずない……ただの人間が──魔法に対抗出来るはず……ない」
「そう思うなら結構、それがおまえの限界だ」
そして空、目を細めて。
「相手が
言って──誇りを汚されたことを示すように。
クラミーの
その目を直視して、空が、初めて仄かな怒りをその目に宿して──言う。
「あまり──人類をナメるんじゃねぇ」
………その言葉は。
城内の
その胸に染みこむように響いて広がった。
長く続いた闇に一筋の光を差すように。
──静かな希望の
──そして、クラミーの口からも、言葉が
「う───」
「……う?」
「うわああああああああああああああああぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ」
「うぉっ! なんだぁっ!?」
突然、床にへたっと座り込み大声で泣き出したクラミーに。
対応に困る以前に、驚き一歩下がった
「うぁあああんばかぁああアホおおお!
大粒の涙を零して、大口を開けて泣きわめくクラミーに、誰もが
それは、抱えていた重荷から解き放たれた反動か、それとも本来の性格か──
ただ、泣きじゃくる子供は手に負えないのは、どの世界でも共通の認識なようで。
「……にぃ……おんなの、こ……泣かせた……」
「え、待って、
「びえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~ん……あほぉ……ばかぁ……しんじゃえぇ……」
先ほどまで勝利に
今や、幼い
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