絶対に貧乏だとバレてはいけない悪役令嬢の話

瀬川 早瀬

聖女入学編

第1話

「君には、この学園の特待生をやめてもらう」


 通りすがりの見知らぬ大男に突然ぶん殴られたら、きっとこんな気持ちなんだろう。

 今日の晩御飯を考えているだけの空っぽだった私の脳内は、突如として脳天を打たれたような衝撃と特大のはてなマークに支配された。


「............はい?」


 この学園に入学して一年が経った頃。私、エウレカは学園長から呼び出されていた。

 内容は至ってシンプル。私が持っている特待生の権利ないし、学費全額免除を剥奪。

 早い話、学費を払えない平民は、退学してくれと言われているのだ。


「あ、あの、学園長。意味が分からないんですが」


 このハゲ頭は、いったい何を言っているんだろう?

 学園長のハゲ頭に反射する光が、いつにもまして眩しい。


 この光に、特別な魔力でもこもっているのか、言っていることが全然理解できなかった。


 なにせ私には、特待生を辞めさせられるような理由が一つも見つからない。


 多く貴族と、ごく少数の優秀な平民が通う魔法学園。


 私は、ずっと努力してきた。一切手を抜いたつもりはない。

 この学園で勉学においては常に一番をキープしてきたし、魔法においても、必死に優秀な成績を取り続けてきた。

 それもこれも、全てはこの学園の学費を免除し続けるためだ。


 そうでもしないと、平民どころかそれ以下の超ド貧乏の私は、学費を払うことができないから。学園に通うことができないから。


「学園長、説明してください」

「ついひと月前、国王の元にお告げが下された。聖女のお告げだよ」


 学園長は、少しだけ言いづらそうに口を開いた。


 聖女のお告げ。実際に見たことはないけど、本で読んだことがある。


 国が危険に晒されようとしている時、突如降ってくると言われているお告げ。

 そのお告げは、特別な力を持つ少女を見つけ、国王に知らせる。知らせを受けた国王は、お告げの少女を聖女として祀ることで、国を発展させてきたという。

 この国に、昔から伝わるお話。


「聖女として選ばれた少女の名は、ファティマ。君と同じ十七歳の平民の少女だ」

「......平民ですか」


 平民が聖女として選ばれた。少女と少女の家族は、さぞ大喜びだろう。

 なんせ、ただの平民家から国の英雄、大出世も大出世だ。


 私なら、嬉しさのあまり学園長のサイドに生えている申し訳程度の髪を、引きちぎると思う。

 大金持ちのエリートコース確定で、美味しい物も食べ放題なんだろうな。うへへ。


「その少女なんだが、まだ聖女の力が目覚めていなくてな。この学園に編入させることになったんだ」


 美味しい食べ物を想像して、涎を垂らしていた私をガン無視して、学園長は続けた。


「しかし.......な、この学園は貴族や優秀な者たちのための学園だ。国一の設備を要するこの学園だ。学費もバカにならない」


 学園長の言葉に、私は急いで涎を拭いた。

 先ほどまでの聖女の話と、私の特待生の話の関係性が分からなかったが、少し雲行きが怪しくなってきた。


「だから、我々は聖女をこの学園の特待生として、迎え入れることにした」


 学園長は、背後からドンっ!と効果音が出そうな感じで言い切った。

 その聖女が、特待生になるから道をあけろということだ。

 雲行きが怪しくなってきたどころではない。曇天、真っ暗である。


 適当な理由で、特待生を剥奪されるなら何としても阻止しようと思ったが、聖女に選ばれるような人が入学するんだ。

 正直、どうすればいいか分からない。


「あの......その聖女様は、私よりも優秀ということでしょうか?」


 それでも、そう聞かずにはいられなかった。

 相手は、平民とはいえ聖女に選ばれるほどの人だ。きっとすごい才能があるんだろう。

 でも、私だってこの学園に居続けるために、死に物狂いで努力してきたんだ。

 勉強でも魔法でも何か一つでも対抗できるものはないか、足掻けるだけ足掻いてみよう。

 そう、一縷の望みを抱いて聞いてみたものの、予想とは違う答えが返ってきた。


「いや? 聖女は優秀ではあるが、君ほどではないよ」


 学園長は、何を言っているんだ? とでも言いたげな目で私を見た。


「で、では何故聖女が私に変わり、特待生になるんでしょうか?」

「聖女だからだよ。君はただの平民じゃないか」


 意味が分からない。

 私の方が優秀なのに、聖女という身分だけで特待生を剥奪される?

 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。


 私のぽかんとした様子を見ながら、ハゲは口を開いた。


「むしろ、この一年を感謝してほしいくらいだよ。成績を加味して、平民の君をただでこの学園に通わせたんだ」


 何言ってんだこのハゲ! と口に出そうになるのを必死に抑えた。

 確かに、私はこの一年間特待生として、学費を全て免除され過ごしてきた。しかし、それも平民としてではなく貴族としてだ。


 優秀な人材は欲しい。でも、貴族の面子を潰すわけにはいかない。だから、この学園への入学を許可する代わりに、平民という身分を隠すことを条件にした。

 私は、その条件を飲んだ。そして、バレないように友達も作らず勉強と鍛錬に励んだ。......のに


「納得できません! 特待生は、優秀なものがなるのではないのですか?」

「だから、言っているだろう。君はどれだけ優秀でも、ただの平民だ」


 全く答えになっていない。

 にもかかわらず、学園長はもう話は終わったと言わんばかりに、私を部屋から追い出した。



 部屋を追い出されたあと、もう一度抗議したものの、話すらまともに聞いてくれなかった。


「あの学園長、いつか絶対ブッ飛ばす!!」


 学園の中庭のベンチ。

 家族にはなんて言おうか、これからどうしようか。私の頭の中は、そんな心配と学園長、ひいては身分によって冷遇される社会への怒りで埋め尽くされていた。


 本当に、一部の隙もないほどに埋め尽くされていた。

 だからだろう。

 こんな言葉を、叫んでしまったのは。

 そして、それをに聞かれてしまうという、最大最悪のミスを犯してしまったのは。


「助けてやろうか」


 にやにやと、おもちゃを見つけた子供のように笑って近づいてきたのは、この国の第三王子、アシェランだった。

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