六
「脱いでくれる?」
俺と宇美音の関係は、かなり風変わりなものだった。俺は、宇美音と付き合っているわけでもないのに、彼女の部屋にたびたび、招待された。
宇美音の部屋は、女性の部屋とは思えないほど、飾り気がなく、生活感がなかった。壁の片隅に、何列にも渡ってうず高く積み上げられた本や辞書類が、書棚に入りきらなかった古本屋のあぶれた本のように、部屋の一角を占拠していた。
そのすぐそばに、黒々としたクッションが、ぽつんと置かれていた。
俺はいつも、そのクッションに座らされ、宇美音の様々な質問に、答えさせられるのだ。そんな最中、宇美音が、突然に、思いついたように言った言葉に、俺はいささか、狼狽した。
「脱ぐ?」
俺は、素っ頓狂な声を出して、宇美音に問い返していた。
「男性の裸、わたし、間近で見たことがないから。じっくり、見てみたいの」
宇美音の言葉に、俺は、さらに慌てた。
これは、宇美音が、誘っているのか? それとも、言葉、そのままの意味か?
いずれにしても、俺が取る選択は、一つしかなかった。
俺は、宇美音に言われるままに、上半身裸になった。
「下も、脱いでくれる。全裸になってくれる」
普通の女性が、こんな事を、平然とした顔で言うものだろうか? この瞬間から、俺は、宇美音が少し、精神的におかしな女性なのかもしれないと、思い始めていた。
そもそも、普通の女性だったら、自分からズッカみたいな奴に、近寄るなんてあり得ないだろう。もしかして、心の奥底に、何かのトラウマを抱えた女性なのかもしれない。そのせいで、一部の感情的機能が麻痺してしまい、引きこもりのような生活をしている、そんな勝手な想像で、俺は宇美音の奇抜な言動を、受け入れようとしていた。
だが、さすがに、宇美音の前で全裸になるのは、躊躇われた。
「どうしたの?」
俺が、じっと固まったように動かないものだから、宇美音が不思議なものでも見るよう、俺に視線を注いだ。
俺は、無慈悲な女王に命令される下民のような思いで、ズボンを脱ぎ、パンツを脱ぎ、全身すべてを宇美音の前に晒した。ただ、恥じらう乙女のように、膨脹し始めていたその部分は、両手で覆って隠していた。
宇美音の手が伸びてきて、俺の手をどかした。膨張した男性器までもが、宇美音の前に晒された。顔がかっと熱くなるのを感じ、俺は、萎れた花のように俯いた。こんな状況であれば、どんな男だって興奮するはずだ、と俺は自分に言い聞かせ、一体、自分はどんな状況に置かれているのだろうかと、冷静に判断しようとした。
だが、思考は空回りするばかりで、どっどっどと、心拍音が聞こえるほどに強くなる。緊張と、興奮で俺の体は、わずかに震え始めた。
「生殖行為をするつもりはないわ」
宇美音のその言葉で、俺の興奮は一気に冷めていた。
生殖行為? セックスのことか?
萎れかけていた男性器の先端に何かが触れた。ひんやりと冷たい滴のような感触を感じ、俺はぞくっと身震いした。宇美音の指先が、弄ぶように、鬼頭をさすっていた。俺は、慌てて身を引いて、脱ぎ捨てた衣服を取り上げ着衣すると、宇美音の方を振り返りもせず言った。
「ちょっと俺、用事があるのを思い出したから、帰らせてもらうよ」
宇美音の了解は得なかった。俺は、そのまますたすたと、玄関まで行き、一切、宇美音の方を見ることなく、彼女のもとから去った。取って食われてしまうのではないか、という恐怖が、糸を引くように背後から迫ってくるような気がした。
玄関から出ると、俺は一目散に、走り始めた。結局、その日で、俺と宇美音の関係は終わった。
大学を卒業したのち、俺は、一度だけ宇美音をみかけた。街中で、彼女は、一人の男性と並んで歩いていた。
それは、紛れもなく、あのズッカだった。
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