宇宙人ズッカの復讐

黒木 夜羽

 妙な音楽が流れていた。俺は、眠い目を擦りながら、サイドテーブルに置いてあった、スマホを手に取った。

 着信音を変えたつもりはなかったが・・・・・・。

 まだ、朝の六時だ。目覚ましが鳴るまで、あと一時間以上はある。

 スマホからは、相変わらず、騒々しい行進曲のような音楽が、断続的に流れている。小さくため息を吐いて、スマホの画面を見ると、画面を覆い尽くさんばかりに、一人の男の顔が大写しにされていた。

 なんだ、これ・・・・・・。誰だ?

 スマホの画面にタッチしてスクロールさせようとするが、画面は固定されたままで、男の顔は相変わらず、画面に張り付いていた。

 気味の悪い顔だ。不釣り合いに、頭が大きいような・・・・・・。

 いや・・・・・・待てよ。この顔――。

 どこかで――。

 記憶の底に、淀におどんだ泥のように、こびり付いていた顔が、ふわりと浮上して意識の上に昇ってきた。

 これは、ズッカではないか?

 背筋に一筋、冷たいものが走った。俺は、もう一度、画面に視線を、落とした。

 確かに、それは、ズッカに間違いなかった。


 ――いつか、お前ら人類に、復讐してやる


 画面に映っている顔が、ぼそぼそと、低い声を発した。

 ゾゾっと、全身に鳥肌が立った。


 ――時が、来た


 俺は、スマホの電源を消そうと必死になった。しかし、長押ししようが、何をしようが、スマホの画面は反応せず、画面を埋め尽くさんばかりに、ズッカの顔が大写しにされたままだった。

 しばらくすると、ズッカの顔がすうっと薄れるように半透明になった。そこに、ないやらぼうっと、一人の男が浮かびあがっている。

 何だろう、これは。見覚えがあるが、どこで、見たのかよく思い出せない。

 ズッカの巨大な頭が、ゆらゆらと揺れた。

 俺は、汚いものを投げ捨てるように、スマホをベッドに放り投げ、目を閉じて、気持ちを落ち着けようとした。

 だが、目を閉じれば、むしろ、過去の記憶がありありと、蘇ってくるのだった。


 ズッカは、俺と同じ大学の、理学部の学生だった。いつも、パンパンに膨らんだ黒の汚れた革鞄を、大事そうに脇に抱え、構内を、脅えたように歩いていた。英字がびっしりプリントされたTシャツに、少し汚れた、たぷたぷとだぶついた焦げ茶のズボンを履いて。こそこそと、逃げるように歩いているくせに、その恰好は、まるで、俺を見ろと、主張しているかのようだった。

 ズッカの名前を、俺は、もう忘れてしまった。というよりも、そもそも、俺は、ズッカの名前を知っていたのだろうか? 

 いまとなっては、もう思い出せない。

 ズッカ、というあだ名は、大学の俺の友人だった、広末幸春がつけたものだった。幸春を含め、俺が大学でつるんでいた友人は主に五人ほどいたが、そのあだ名が、ぴったりだったので、みなで笑い転げたのを、覚えている。

 彼の特徴を一言でいえば、異様に大きな頭。その頭の大きさと身体の不釣り合い具合ときたら、漫画の三頭身キャラを思わせた。

 二木義久は、ズッカを指して、あいつもはや、人間じゃねーな、と言ったものだった。その一言で、ズッカのあだ名は、宇宙人ズッカとなったのだった。そういえば、宇宙人のプロトタイプともいえる、グレイに、どことなく似てはいたのだが。

 大学生にもなれば、幼稚ないじめというものは、格段に減るが、しかし、完全にいじめがなくなるというものではない。

 人間の心性として、異質な存在に対しての、差別意識というものが、どうしても生まれてくる。そいつが、格下に思えるのなら、軽侮、いじめの対象となり、笑いものにされる。ズッカは、まさしく、俺たちの、軽侮の的だった。

 ズッカが、俺たちの目の前を通るときは、義久が、「お、宇宙人ズッカ様のお通りいい」と、茶化していうのがお決まりになっていた。ズッカは、伏し目がちに、逃げるように俺たちの視線から遠ざかっていく。それを見て、俺たちは、またげらげら笑うのだった。

 いま思えば、それが、いかに未熟で恥ずかしい行為だったと反省しはするが、その頃の俺たちは、大学生になったばかりの、精神的にはまだ、ガキのようなものだったのだ。

 とはいっても、この程度ならば、まだ世間的には、許される範疇かもしれない。

 が、ある日を境に、ズッカは、おちょくるだけの対象から、いじめの対象へと、格上げされたのだった。

 

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