34・自分よりも相手の幸せを願えたらいいのになぁ
「先生……俺ってやっぱり人に迷惑かけまくってますよね……」
家に帰って上井先生とのレッスン……
気分がどんよりしていてたまらない……
「はい、それがどうしましたか?」
「どうしましたか?じゃなくて! こんなでいいのかなぁって……」
「ふふ、テルくんそれは今更過ぎますよ。最近の事だけでも思い出してみてください」
「最近の事……」
レッスン関連で時間を融通してもらうために先生とカナに色々頼んだりしたなぁ……
思えばバイトも勝手に抜け出したり、カナを勝手に連れ出したり。
遡ればキリが無くてキリが無くて……
「人に迷惑かけ過ぎッス……俺、やっぱりダメなんじゃ……」
「その通り、ダメな方ですよ」
「ああ! 俺、生きてる価値あるんスかー!? ツラい……」
「大丈夫ですよ。少なくとも先生はテルくんの事を見捨てませんから」
「せ、先生……」
「ですから、音楽の熱意があるうちは安心してくださいね」
「え、えー!?」
「さ、今日もレッスン張り切りましょうね」
「は、はいー……」
――
「え、急に謝り始めてどうしたのお兄ちゃん?」
レッスンが終わってカナとの晩ご飯中、迷惑かけてばかりでごめんと謝ったらカナに驚かれる。
「いや、だって本当に迷惑かけてばかりで……」
「今更過ぎるし……それにやらかしてもちゃんと謝ってるし、なんでわざわざ掘り返すの……?」
「だ、だって……迷惑、かけないようにしたくて……」
人に迷惑をかけて、その結果としてその人に嫌われたくない……
これって当たり前の事じゃないのかな……
「うーん……お兄ちゃん、誰かと喧嘩でもしたの?」
「えっ? いや、してないけど……」
「もうちょっと詳しく話して」
妹のカナは小学校6年生ですが、どうやらお兄ちゃんよりも頼りになりそうです。
……
「そういうわけで……波多野さんに勉強付き合ってもらってるのが申し訳なくなってて……」
「へー、お兄ちゃんが……へー……」
「なんでニヤニヤするの!? 真剣に悩んでるの!!」
「だってお兄ちゃんらしくなくて面白くて……私も高校生になったら色々あるのかなぁ……」
「俺らしくなくて面白いってどういう事さ……? いつもこんな感じでしょ……」
「ううん、一個抜けてる。お兄ちゃんはたしかに謝るのも口癖になってるけども、もうひとつ口癖があるでしょ?」
「もうひとつ……?」
――
「え、急にどうしたの?マイナスくん……?」
夜の波多野さんとの勉強開始直後、もうひとつの口癖をカナに教えてもらってそれを伝えてみた。
「あ、いや……試験一週間前で、波多野さんも勉強とかする必要あるだろうに……
なのに時間作ってくれて、ありがとう、って……」
画面の向こうの波多野さんが笑う。
「ふふふ、どういたしまして、かなぁ? あ、でもね……」
「で、でも……? あ、忙しいとかならいつでもやめても……」
「ううん、マイナスくんのおかげで私も色々捗ってるんだ。
だから、いつもありがとうね、マイナスくん」
「え、ええ? 俺、何もしてないというか、勉強教わってるだけだけど……」
「"作業通話"……ってわかんないよね?」
「さぎょうつうわ……?」
「マイナスくんが勉強してる間、私も集中して色々やってるんだよ」
「そうだったの!?」
「うん、まだ完成までは時間がかかるけども、そのうちによかったら見てね」
「お、おう! 楽しみにしてる!」
なんだかすごい安心しちゃった!
今の気持ちでバイオリン弾いたら嬉しくて跳ね回りそう!
「あ! そうだ! そういえば今日、ハヤトさんに会ったんだ!」
「あ、聞いた聞いた。マイナスくんに会ったって聞いたよ」
「えー!? 知ってたの!?」
「派遣先がたまたま……って。マイナスくんもだけども私にも驚かせちゃってごめんって言ってたよ」
「波多野さんの友だちなら俺、会えるの嬉しいから大丈夫だよ!」
波多野さんもハヤトさんと会うのにちょうどいいから、そう言いかけて淀んだ自分がいた。
「そういえばハヤトさんに誘われてるんだけどもね……」
「えっ! いやっ!? いいんじゃない!?」
「ううん、ダメだよ。今は仮にも試験1週間前だからね。それにマイナスくんも忙しいだろうし……」
「え? 俺? なんで?」
「あ、いや、だってまだ知り合って間もない男の人と2人で会うのは……
あ! そう、マイナスくんも一緒に来てくれたら嬉しいなって思ってて」
「えっ」
――
たしかに、たしかに、たしかに。
いきなり知り合ってすぐの異性の人と二人きりででかけるっていうのは不安だよね。
波多野さんとの勉強を終えてからベースを触りながら考え中。
波多野さんとは知り合ってから1ヶ月?
なんだかんだほぼ毎晩通話してるし、クラス委員で一緒に色々仕事もしてるし、仲良くさせてもらってるのは絶対に確か。
迷惑かけてるかなってそんな気はするけども、でも波多野さんはむしろ有効活用してるみたいだから、俺は今のまま一生懸命がんばればいいだけ。
それは違いない。
――だけど、ゲームフェスにふたりで出かけたのも絶対に確かで違いない。
カナはデートって言ってたけども違うよ!
だって波多野さんと俺って釣り合わないでしょう?
俺、波多野さんの趣味について全くわからないし、助けてもらってばかり!
――好きなら恋愛?
俺は波多野さんの事好きじゃない?
だから恋愛じゃない?
いや、違うよ!
波多野さんの事は好きだよ?普通に好き。
これは恋愛じゃないし、なんていうか、友だちとかに向ける好き。
言うならカナとかに対しても向ける好きだよ?
だから波多野さんがハヤトさんと上手く行ってたら嬉しいし、それで恋人みたいになっても全然構わない!
あ、でも、そうするとこんなふうに勉強を毎晩教えてもらうのもよくないよねぇ……
「当たり前だと思ってても、突然に終わる事もあるよね……」
――ショウくんの事が一番に思い浮かぶ。
――
「おはようございまーす……」
いつもよりずっと早く家を出て、そして音楽準備室の前まできている。
「あ゛あ゛ん? こんな朝っぱらに誰だよ」
「えっ、灰野先生起きてる……?」
寝ているものだと思っていたから意外過ぎた。ドアが開かれる。
「そら一応、仕事の日……ってどこ向いてんだよ。こっち見ろよ」
「いや、どうせとんでもない格好してると思って、見ないようにと――」
スパーンと頭をはたかれる。
痛い!!
「私を何だと思ってんだお前よぉ……?」
「関わると碌でもない人だと思ってます……っていうかスーツ着てた!?」
「だんだん言うようになってきたじゃねえか……?
つかこれから朝飯食いに行くんだから邪魔すんなよ」
「灰野先生が人の生活をしてる……」
「何? 入院生活でも味わいてえのか??」
「まぁそれは置いておきまして。これ、先生への朝ご飯っていうか……どうぞ」
「お前……チッ」
灰野先生はとりあえず受け取るとガサガサと中を見る。
「で、何用? こんな事するからには用があんだろ?
おっ、甘いもんまであるじゃん」
「適当に喜びそうなの考えて買ってきたんで……
それで、また『愛の挨拶』を弾くんで聞いてもらいたくて……」
「ほーん……」
灰野先生はジロジロと俺の事を眺める。
「伴奏してやるよ」
「えっ、ピアノに食べカス落とさないでくださいよ……?
あと手もちゃんと綺麗に――」
「お母さんかよ」
――
「おー鬱い鬱い。いいじゃねえか。んで、どいつを泣かしたの? どうだった?」
「灰野先生のおっさんみたいな質問を聞くと落ち着けるッスね……」
「一般生徒だったら蹴り飛ばしてたんだけどな……??」
「それにしてもどうしてこんなに俺、鬱いんスかね……
恋愛はしてないし、悩みはあっても悪い事はそこまでなくて、むしろ良いことが多いのに……」
「恋愛してないはウッソだろお前。
いや、まぁさっきのも鬱さの方が強くて、愛の挨拶っていうより哀しいって書いて"哀"の挨拶だったけどよー」
「恋愛はマジでしてないッスよ!! なんだか寂しく? 感じちゃって……」
「人生相談は受け付けてねえけど、面白い話なら聞くぜー」
「先生のアドバイスは絶対に碌でもないんで、聞くだけで頼みます」
「やっぱいっちょ締めとくわお前。てかさっきの演奏も不合格だかんな」
「お手やわらかに……ってええー!? いや、でも不合格ッスよね……」
「理由はわかるか?」
「え、えと……鬱過ぎるから……?」
「自己中過ぎるんだよ」
「……え?」
――すごく、すごく意外でちょっとわからなかった。
それとこの後にめちゃくちゃシバかれた。
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