32・果たして俺はこの先生とこの先生きのこれるのか?

「カッキーン!! ってスゴかったんだー!!」

 月曜日の朝の教室。

 連休が終わって少し久しぶりだったけども、昨日に見た熊谷の野球に興奮してその事ばかり話してる。


「あはははーいやぁー照れるなぁー」

「ホント!! 超カッコよかった!! 次の試合も行けたら応援させてな!!」

 熊谷の大ファンじゃんーという声が飛んだりする。

 たぶん、俺は熊谷のファンだと思う!


 連休中に色々あったなぁと振り返りながら、賑やかな教室の中で朝のHRが始まるのを待つ……

 今日はどんな日になるかなぁ……

 

 ――そんな穏やかな朝をぶち壊す、ドアを乱暴に開ける音。

 え? どういう事?

 顔を上げてみると……


「灰野先生!? 来る場所間違えてますよ!?」

「お、マイナいるじゃん。って事は合ってたわ」

「ど、どういう事ッスか!?

 用があれば音楽準備室に行くんで、わざわざ来ないで平気ッスよ!?」

「ほーん、じゃあ明日からてめえら全員、音楽準備室に来るかー??」

「なんで行かなくちゃならないんスか……というか担任の角田先生は……?」

「辞めたってよ」


「え、ええ……???」

 クラス一同困惑してるのが伝わる。


「給料も生徒もクソ、寿退職でやっと辞められる! って言ってたらしいぜー」

「つ、角田先生がそんな事……」

「そんな訳でよー今日から私がお前らの担任っつう事になったからよろしくー」

「……え?」


 クラス一同、沈黙……


「おう、なんか文句あるなら聞いてやるぞー??」

「あー、いや、その……」

「おう、早く言えよ」

「灰野先生って本当に教員免許持ってたんスね……」


 頭をスパーンとはたかれた。すごい良い音だった。


 

 ――



「痛いよー……」

 灰野先生にはたかれた頭がジンジンと痛む。


「マイナスのツッコミめちゃくちゃ冴えてたけどな!」

「確かに考えてみるとさー、灰野先生って教員だったんだって私も思ったー!」

 灰野先生が去った後、和やかにクラスのみんなで話している。


「というか角田先生もなんでそんな急に寿退職なんて……」

「教師って大変らしいし、寿退職かはさておき普通に辞めたんだろうなー」

「SNSで角田先生のアカウント見つけられないっかなー♪」

「SNSってそういうのもわかるの……?」

「見つけられたらねー♪」

「角田先生のアカウント、見てみたいけどもボロクソ言ってたらこえー!」

「SNSって怖いんだなぁ……」

「マイナスが始めたらヤバい事になってそー!」

「たぶん、赤裸々に投稿して住所から何まで特定されちゃいそうー♪」

「え、ええー……」

「始めたら……教えてね!」


 やっぱり、SNSには手を出さないほうが良さそう……



 ――



「マイナスの奢りとか、助かるわー」

「鷹田の誘い方、間違えたかも……」

 昼休みに学食へと向かう俺達。


 ウッキウキで学校に来てから昼ご飯を用意してなかった事に気がついて学食に頼るしかなく、でも、ひとりで向かうのは怖いから鷹田に声をかけたんだけど……


「いやいや、やっぱり飯で釣るのって大事だぜー? 俺とかホイホイついてくし」

「鷹田は現金過ぎるってー……」

「人の金で食うもんは美味いって言うだろー」

「そういうものなの……?」

 そういうもんだよ、と鷹田は流す。

 

 学食は人がごった返してて割と戦場みたいな所がある。

 速水先輩に何度も連れられてきて多少慣れてきた所はあるけども……


「あ、購買の方に森夜先輩と黒間先輩いる。挨拶しにいったほうがいいかな?」

「いちゃもん付けられる前に先手を打つかー、マイナスも策略を覚えたもんだ」

「ち、違うからー!?」


 そういいつつ森夜先輩と黒間先輩の所に行く。

 

「森夜先輩、黒間先輩、こんちゃーッス!」

 声をかけられた先輩ふたりは俺の方を向く。


「いや、何か用?」

 森夜先輩が少し面倒くさそうに返事をする。


「あ、いえ、見かけたので挨拶しに……」

「あっそう」

 森夜先輩はそっけない。


「うぜえから声かけ――」

「黒間、待ち待ち」

「あ、す、すみません……」

「いやー、平気平気。いや、挨拶できる後輩は偉いよー。なー黒間ー?」

「……」

 黒間先輩はギロッと睨みつけてくる……


「あ、じゃ、じゃあサーセン! 俺、学食行ってきますね!」

 鷹田のところへと戻る……


「ただいまー……」

「おかー」

 鷹田はスマホをポチポチ操作している。


「はぁ緊張した……というか鷹田は挨拶しにいかなくてよかったのかな……」

「いや、挨拶しにいってどうすんの? って話よ。見てたけど普通に微妙な空気だったろ?」

「挨拶するのが目的……だからね!」

「うーん、この天然……まぁいいけどよ」

「あーでも、森夜先輩はともかく、黒間先輩は嫌がってたように見えたなぁ……」

「そら嫌がるだろうけど……まぁマイナスが気にする事じゃあねえな」

「えー? なんでー??」

「ほれ、食券買うぞ。待たせたら後ろの奴らに殺されるぞ」

「話流さないでよー! もー!」



 ――



「鷹田くんってたくさん食べるんだねー♥」

「いやぁバイトとかしてたら腹減って仕方なくて。速水先輩の方こそもっと食べなくて大丈夫っすか?」

「鷹田くんが多いだけだよ♥ ほら、マイナスくん♥ あーん♥」

「あ、あーん……」


 速水先輩を見かけたから挨拶しに行ったらそのまま捕まってしまった……

 でも、考えてみたら当然だったかも……


 鷹田は八宝菜丼と麻婆豆腐丼を食べている。

 たぶん、お米が大好きなんだろうなぁ。


「やっぱりマイナスくん、お持ち帰りしたいなぁ♥」

「俺はお弁当じゃないっスよー!」

「俺的にはどうぞって言いたいんすけども、マイナスは中間試験の勉強しないとなんすよねー」

「えー♥ 1年の中間試験なんて勉強しなくても大丈夫だよ♥

 ねー? マイナスくん♥」

「それがこいつ、ビックリするくらいバカで……」

「そうなの? じゃあ問題♥ 24を素因数分解して♥」


「……え、待ってください……」

「よしよし♥ 落ち着いてねマイナスくん♥ ほら、ギューッとしてあげるから♥」

「えと、えと……あの……」

「うん♥ なあに?」

「そいんすうぶんかい……ってなんスか……?」

「……マイナスくん、かわいい♥ やっぱり俺が一生養う♥」


 速水先輩にこれでもかとギューッてされる。

 鷹田が頭を抱えてるのが見えた……


 ついでに渡辺先輩が私も素因数分解わからないよーって叫んでる。怖い。こわい。



 ――



 放課後のホームルームの時間。

 案の定、灰野先生は教室にやってこないので音楽準備室に向かう……


「波多野さん、教室で待ってて大丈夫だよ……?」

「あ、いや、その……マイナスくんばっかりにそういうの……よくないから……」

「そ、そっか……」

 波多野さん、やっぱり優しすぎる……ありがとう、ありがとう……


「それじゃあ……ノックするよ……!」

 意を決してノック。何してても聞こえるように大きめの音で。

「灰野先生ー! 帰りのホームルームの時間なんスけどー!!」

「そんなに大きい音出して大丈夫……?」


 波多野さんの心配をよそに、中からごそごそと音がしてからドアが開かれる。


「ああ? もうそんな時間? つかホームルームってやる必要ある?」

 灰野先生が大きなあくびをしながら顔を見せる。


「――えっ……あれ、ここって……音楽準備室……ですよね……?」

 ドアから見える部屋の中を見て、波多野さんが思わず口走る。


「おっ、こいつ誰? マイナのコレ?」

「その小指どういう意味ッスか……!? 同じクラス委員の波多野さんッスよ!!

 担任になったんスからちょっとずつでいいんで把握してくださいね!?」

「よ、よろしくおねがいします……」

「かったりー……まぁマイナで遊ぶために少しはやるか……」

「担任になったのってそういう理由なんスか……???」

「そら……ってこれは秘密だったなぁ。うへへへへへ」


 ロックオンされてる……もう高校生活を弄ばれるの確定だ……


「あ……あの……」

「ああん?」


 波多野さんが不意に口を開く。


「私……は知ってます……その……秘密……」

「へえ……?」


 灰野先生が楽しそうに笑う。


「もう手は出したのか?」

「灰野先生ってどうしてすぐ下品なおっさんみたいな事言うんスか?」

 ――頭をスパーンとはたかれる。

 学校中に響きそう。


 

 ――


 

「どうしたら私の学力を落とせるかな」

「記憶喪失になろうにも渡辺先輩の頭突きに勝てる物体無さそうなんすよねー」

「じゃあ脳みそを交換するしかないのかな……」

「ヒーン……」


 渡辺先輩(女子)はまた俺を通して速水先輩との間接ハグを堪能している。

 苦しいよぉ……


「それよりもアレっすよ先輩。マイナスの学力、マジでどうにかしないとっすよ」

「べ、勉強はしてるよ……! その、中間試験は赤点覚悟で基礎から勉強中だけど……」

「鷹田、アンタ勉強見てあげなよー」

「えー、俺っすかー? 忙しいんすけどねー」

「ヤマとか貼るの得意そうじゃんー? 友だちなんだし付き合ってあげなよー」

「仕方ないっすねー借りっすよー?」

「え、いいの!? 鷹田!?」


 遊びでもバイトでもなく……勉強を一緒に……ちょっとだけワクワクしちゃう。


「はいはい喜びすぎ。尻尾振り過ぎだって」

「さすが鷹田くん! じゃあ私からのお礼は何にしようかなー」

「頼んでいいならマイナスに護身術覚えさせるとかっすかね」

「ええ!? 護身術って!?」

「なるほどね……ちょっとマイナスくん、パンチしてみて」

「パ、パンチ……」


 映画か何かで見たようなそれをうろ覚えでやってみる……


「どうッスか……?」


 渡辺先輩は腕を組み、そして頷く。


「ここまで酷いのは久々に見たわ。小学生でももっとマトモにできるわね」

「そ、そんなー!?」

「私に任せなさい。世界は守れなくとも好きな子を守れるくらいには育ててあげるから……」

「渡辺先輩になんか変なスイッチが入っちゃったよ……!?」

「おう、がんばってなーそういうわけでお先ー」

「待ってよ鷹田! 置いてけぼりにしないでよー!!」


 こうして吹奏楽部での手伝いを始めるまでの間、みっちり渡辺先輩に空手を教わった……



 ――



「そういうわけで今日もよろしくお願いしまーす……!」

 吹奏楽部での合わせ練習。体育祭まではあと3週間といった具合だ。


「早速だけども合わせてみようっか」

 俺は女子の花園の吹奏楽部で助っ人なのに指揮を担当している。

 ……それは思ってる以上に神経を使う。


(あ、でも今日は前と比べて良い感じ!)

 バスドラムの渋谷さんとチューバさんがすごくよくやってくれている。

 うーん、良い感じ!

 このまま順調に練習が進めば体育祭は問題無いだろうなぁって思う!


 ……

 

 ルンルン気分で吹奏楽部の合わせ練習を終える。


「マイナスくん、ちょっと良い?」

「あ、近藤さん。どうしたの?」

「うん、中間試験がそろそろでしょ? マイナスくんの為に勉強会どうかなーって思ってさ」

「え、ええー!? いいの……?」


 なんだかんだ皆に勉強の事を心配されてるんだなぁ……!


「なーなー! 何話してるん??」

「マイナスくんの為に勉強会をしようと思っててね。渋谷さんも予定が合えば来る?」

「えー! 行く行く! 集まるとか楽しそうやん!

 あ、でもマイナスがありえへんほどにアホなのも聞いとるから、ちゃんとやらんとダメか……」

「その話ってみんなに伝わってるの……??」

「ふふ、ほとんど皆知ってると思うよ」

「そ、そんなー……」


 俺ってバカの代名詞にでもなってるのかなぁ……?

 いや、バカなのは知ってる。知ってる……


「ねえねえ、勉強会の話?」

「うん。月野さんも来る?」

「よかったら行きたいなーって。いいかな?」

「もちろん! 鷹田も来る予定だから場所も考えないとなぁ……」


 みんなで集まる……楽しそう……!

 でも、あくまで勉強会だから……


「あっ! 俺、誘いたい人がいて、声かけても良い?」

「もちろん! 誰だろう?」

「波多野さん!」

 


 ――



 帰りの駅のバスターミナル。

 ここ最近にあった事を振り返りながら、幼馴染のショウくんが来るのを待つ。

 偶然聞いてしまった事だけど、ショウくんがバス通学を始めるという事でちょっとそわそわしている。


 バスの中でゆっくりたくさん話せるかなぁ?

 最近あった事を色々反芻して、それでショウくんがどんな反応をするか、それを想像すると楽しみで仕方なくなる。

 あ、あとは『愛の挨拶』を一緒にできないかを聞いたりしたいなぁ……久しぶりに一緒に演奏できたら嬉しいなぁ~……

 そんな空想でイメージトレーニングも捗る……まだかなぁ、まだかなぁ……


 ――プップーとバスのクラクションの音が耳に入る。


 あれ?と思って顔を上げると乗る予定のバスが来ていた。


 ――ショウくんは? 今日はいない?


 思わず、ベンチの周囲に目をやる。

 何か残ってたりしないかな……


 そんな風にもたもたしている俺に、もう一度クラクションが鳴らされる。

 何も見つけられないまま、俺はバスに乗り込んだ。



 ――夕焼けに染まる空を見て、1ヶ月前よりも日が長くなったなぁって思った。

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