29・人生の悩みの何割かは何かなんだって

「ほれ、マイナス。これ奢り」

 昼休憩、相談をするために俺たちは適当な場所へ来ている。


「えっ!? 鷹田が!? 鷹田が!?」

 ブロック状のチョコでコンビニのレジの脇に置いてある奴だ!

 興味はあったんだけども買った事が無かったんだよね!


「ありがとう!! 味わって食べるね! ありがとう!! 嬉しい!!」

「いや、待てって。ツッコミどころのはずなんだけど。いや、おもしろ」


 鷹田が大爆笑してる。なんでだろう?

 このチョコ、美味しくないのかな??


「いやだって鷹田からの初めての奢りだし……?」

「まぁいいけど。んで、ホウレンソウ聞かせて? 言うって事はなんかヤバイんだろ?」

 鷹田は手作りのおにぎりを齧ってる。


「おう……実はさ、一昨日にバイト抜け出したじゃん……」


 一昨日に俺はバイトを抜け出して、それから妹の友達のために急いで移動をしていた。

 その途中、駅のホームで軽音部の2年、森夜先輩と黒間先輩に会って、ひと悶着もんちゃくを起こしてしまった。

 偶々一緒にいたクラスの友達――熊谷が助けてくれなかったら、全部が間に合わなくなっていた――


 その出来事を鷹田に伝える。


「マジかよ……お前のクラスの友達は置いといても、先輩二人のエスカレートっぷりがヤベエな……」

「どうしたらいいかな……」

「んー……マジでキッツいな……てかいちゃもんのレベルの度が過ぎすぎ……んー……」


 流石の鷹田すら考え込んでしまっている。


「まずは誠心誠意謝ろうと思ってるけども……」

「そういう所も鼻につくんだろうけどなぁ」

「な、なんで……??」


 なんで? 本当になんでだろう??


「マイナスってバカだけども良い奴じゃん。バカだけど」

「バカなのは本当にその通りだけども、褒めたいの……? けなしたいの……?」

「んで、そのマイナスに最低な事してるじゃん」

「で、でも、その、俺も悪い所があるんじゃないかなって……」

「明らかに周りから見て先輩二人が悪いじゃん?」

「いやぁけど、先輩たちにも事情っていうか……」

「そんなの関係無いんだよなぁ」

「何かできる事ってないのかなぁ……?」

「無いな。てか先輩が惨めな思いしてんのは先輩二人自身がそう思ってっからだよ」


 ??????


「ど、どういうこと……?」

「ちょっと待て……図に書いてやるから」


///

■拗らせ過ぎた奴の思考

 マイナスにいちゃもん付ける→皆はマイナスの味方になる→自分たちが悪いっていうのに腹立てる→

 →マイナスが全部悪いって思い込む→マイナスにいちゃもん付ける→皆はマイナスの味方になる→ループ


・ループする度に自分たちの自尊心が削れる

・自尊心が無くなって追い詰められるけども自分ではわからないから全部マイナスのせい

・なお、ちゃんとする事はできないからマイナスにイキらないと自尊心を満たせない

///


「少なくとも速水先輩の抜ける10月までは持つと思ってたんだけどなー」

「速水先輩についていける人が森夜先輩と黒間先輩しかいないから……だよね?」


 速水先輩は軽音部の部長であり、俺たちのバンドのリーダー。ボーカル。

 だけどもアーティスト気質で気分がコロコロ変わるから人を振り回しがちで、上手くやれる鷹田は大丈夫だけども、普通の人はみんな合わせられなくて抜けてしまうらしい。


 森夜先輩と黒間先輩は何とかついていっている……


「このままだとバンドが解散もあり得るんだよなー、うーん」

「そ、それは困るって! 少なくとも6月の合同ライブは速水先輩も気合入れてるし!」

「とはいえマジで異常事態だぜ? 偶々運がいいだけでこのままだとガチでお前がヤバイ」

「……お、おう……」


 駅のホームでの先輩たちの様子は本当に怖かった。

 時間に間に合わなくなるのはもとより、あのまま殴られると思った。

 手に怪我でもしたら今後の全てが台無しになるから、本当に怖かった。


「……とりま、小手先でどうにかできる事でもねえからな。渡辺先輩も通して速水先輩との前でも二人に謝るっていう体でまずは時間稼ぐぞ」

「お、おう……」

「やっぱり渡辺先輩をボディーガードで雇うっきゃないのかなー。部のマネージャーより絶対天職だぜ」

「と、ところで……時間を稼ぐっていうけども、それっていつまでの予定なの?」

「ん、速水先輩が抜ける10月までの予定よ」

「その先はどうするの? 軽音部続けるなら付き合っていく必要があるよね……」

「いや、追い出すけど?」

「え、ええ????」


 鷹田のすごいドライな考えにちょっと戸惑う。


「速水先輩の腰ぎんちゃくっていう役割しかねえのに、その速水先輩が抜けたら役目が無いじゃん」

「で、でも、森夜先輩たちもがんばってて――」

「速水先輩についてくために我慢する事だけがんばってるけど、それ以外何もしてねーじゃん」

「……」

「マイナス、お前はマジでなんだかんだ良い奴だからさ、これはガチのガチで忠告だけど」

「……おう」

「これから先も森夜先輩と黒間先輩みたいな奴にはマジで関わるな。お前はそれ以外にパワー使うべき」

「……わかった」


「社会勉強って奴よ。俺が居てマジで幸運だったぜお前ー」

「鷹田に会えたのは本当に幸運だよ……」

「かわいい奴ー。そのおかず俺にちょーだい」

「ちょっ!? 勝手に取らないでって!?」

「ほれ、麦茶分けてやるから」

「はー……ありがとう」


 鷹田の水筒から麦茶をもらう。


 確かに、先輩ふたりのことを考えるよりも自分の事を心配しなくちゃだもんね……



 ――



 午後に吹奏楽部で少し合わせ練習。

 灰野先生の指示により俺が指揮を執る。鷹田には万能かよって言われた。

 バスドラムの渋谷さんに特に注意を払いながらやってみるけども……


(ど、どうしよう……ちゃんと言った方がいいのかな……)


 最高の演奏ができるとは思っていないし、皆の腕前も考慮して妥協できる範囲を考えている。

 そのうえで……


(クラリネットが……浮いちゃう……)


 吹奏楽部の人数が少なくて楽器ひとつにつきひとりが多い中で、クラリネットは3人いる。

 編成としてはこういうのもあって無くはないから構わない。

 でも、他に合わせず、クラリネット3人で演奏している箇所が度々見受けられる。

 気が付いてチューバさんが合わせてくれるし、俺も多少は合わせるのだけども指揮とは少しずつズレていく。

 そうするとバスドラムの渋谷さんが戸惑う事にもなって――


 指揮無しでふんわりと合わせてた時期が長くて、その結果だとは思う。

 灰野先生が指揮をしないから、こういうスタイルが浸透したのだろうけども……


「ちょっとパート毎の音をひとつずつ合わせていこうっか……?」


 一度、演奏を止める。チューバさんから始めてそれに初心者の渋谷さんのバスドラム。

 そこからパーカッションを加えて、金管、木管と足していく。


 ……


「土台はやっぱり低音なんだよね。それの上を金管が支えて、そして木管がそれに乗っかる。

 それで……途中での木管のメロディーにね、しっかりとみんなを加えてあげてほしいんだ」

「えー? 私たち、ちゃんと吹いてるつもりだけどもダメかなー?」


 クラリネットの先輩が言う。


「えっとね、なんだろ……その、別のを演奏しているような感じになっちゃうんだ」


 言葉を選びながら、選びながら……


「きっとリードしてくれてる……んだけども、それにみんなついていっちゃう感じになってる、っていうのかな」

「ダメー?」

「指揮が無かったから、今までがんばってくれてたと思うんだよね」

「そうだねー灰野先生は全然指揮してくれないもんね!」

「そうなの……だから、3人でがんばってたと思う」

「がんばってるよーいえーい」


 クラリネット3人はすごい仲良しだっていうのもわかる。


「うん……その輪にみんなを入れてあげてほしいんだ……!!」

「え、みんな仲良しだよね?」


 あう、地雷踏んだかも――


「私が合わせちゃうのがよくないって事だよね? ゴメンねー」


 そう言ってくれたのはチューバを吹いていた先輩。リボンを見れば2年生だ。


「指揮が無いからさ、つい合わせちゃうんだよね。今までそうだったし」


 うんうん、うんうんうん……


「もしかしてチューバの吉原さんのおかげで今まで良い感じだったの?」

「それは言い過ぎですよー。でも、そうじゃなくってですねー。

 ――バスドラムの渋谷さんが困ってるんだよね?

 私が指揮じゃなくて先輩に合わせると、どんどん迷子になってくもんね」

「ウチが初心者やから変になっとったと違うんか……?」

「違うのー、ごめんねー。置いてけぼりにしてたよね」

「そ、そういうわけでよかったら……チューバの事を聞いてあげて!」

「「「はーい」」」


 チューバさん……ありがとう……ありがとう……!



 ――



「ちょーっとヒヤヒヤしたわ」

「ごめんね……ごめん……」


 吹奏楽部の練習を終えて、軽音部の部室で鷹田にそう言われる。


「マイナスは面倒事を呼ぶタイプなのに、加えて自分から面倒事に突っ込むとか手に負えねえぞ?」

「ごめん……ごめん……」

「まぁわかるぜ? 実際、俺もそう思ったしよー。けど、来たばかりの奴に言われて『はいわかりました』ってならねえからさー」

「一生懸命言葉は選んだつもりなの……本当にごめん……」

「チューバの先輩のおかげで事なきは得たけど、大事な事以外は適当にやる処世術覚えろよ?」

「あい……」


 トラブルを起こして高校生活に支障が出るのは避けたい……

 バンドをするためにも……


「おはよー! 可愛い後輩たちが私よりも早いー! あー偉い! 良い子良い子しなきゃー!」


 元気よくやってきたのは軽音部のマネージャーの渡辺先輩。

 速水先輩のおっかけでマネージャーを始めた先輩だ。


「俺、首の骨を痛めないか心配になるんで気持ちだけで大丈夫っすよー」

「じゃあマイナスくんヨシヨシしてあげようっかー」

「その前に先輩! 実はその、話があってー!!」


 なでなでを回避するためにも鷹田と相談した通りに、渡辺先輩に話を切り出す。


「え……? 私、速水先輩一筋だけども……聞くだけなら聞くよ……」

「渡辺先輩って誰かに告られた経験あるんすかね」

「ああ????」


 鷹田ってなんだかんだ渡辺先輩の事イジるの楽しんでるよね……?

 命を賭けた度胸試しなのかな……?


「実は俺、森夜先輩と黒間先輩に悪い事しちゃって、謝りたくて――」


 森夜先輩と黒間先輩に謝るため、仲介をしてほしい事を渡辺先輩に伝えた。



 ――



「そういうわけで急いでいて本当にすいませんでした……」


 渡辺先輩と鷹田の見てもらっている前で一昨日の事を謝る。

 正直、自分に10割の非が無いのはわかってるけど、少しでも先輩たちの腹の虫が落ち着くなりしてもらえると助かる……


「ほら、あんた達も可愛い後輩が誠心誠意込めて謝ってるんだから何とか言いなさいよー」

「……別にどう思っちゃいねえし」


 黒間先輩は不機嫌そうに言う。


「いやー、急ぎだったって知らなくってさー。いや悪かったなー」


 森夜先輩は愛想笑いをする。目は笑っていないけども……


「その……あの後どうなりましたか……?」

 助けてくれた友達の――熊谷の事を聞いてみる。

 熊谷自身に連絡を取って、大丈夫だよって返ってきたけども心配だ。


「別に。どうもしねえけど」

「いや、ぶつかっただけだから。平気平気」

「そうですか……本当にすいません……」

 熊谷は大丈夫だったんだってホッと一安心。そんな気持ちは隠して平謝りするしかないけども。


「おはよー、皆で仲良くお話中?俺も混ぜてー」

 そんな中でやってきたのは速水先輩だ。みんなでおはようございますと挨拶して迎える。


「速水先輩ー!今、仲直りしてた所なんですよー!!

 マイナスくんが二人に悪い事しちゃったって」

 速水先輩は興味無さそうにしていたけど、俺の名前が出てくるとそっと俺の隣に立ってから抱き寄せる。


「そうなのー? 仲良くしなくちゃダメだよー♥

 マイナスくんはどんな悪い事したのかな?? 俺にも教えて♥」

 手が届くところに俺がいると速水先輩は俺を掴んで離してくれない……だけどちょっとだけ慣れた……


「せっかく先輩が声をかけてくれたのに、俺、急いでて断っちゃって……」

「へー、なんで急いでたの?」

「その、家族の事で……急用があって……」

「それで断っちゃったって?」

「せっかく声かけてくれたのに、本当にすいません……」

「んー……」


 速水先輩は視線を俺から外して先輩二人に目を向ける。


「マイナスくんが謝る所、一切無くない?」


 少し場が凍ったのを俺は感じた。



 ――



 場を何とか取り持ちつつ、合わせ練習を行う。週に1日しか合わせられない俺にとって貴重な合わせ時間だ。

 とはいえ、成果は芳しくない。速水先輩がいつも以上にやる気を出しているようで、それで森夜先輩と黒間先輩がドンドン怒られる。

 速水先輩の次までにはこうしてきてという指示でセッションが少し早めに終わる。


 ……


「はぁ~マイナスくんがあと2人いたらいいのに♥」

 少し余った時間で速水先輩のベースの練習に付き合う。

 ふたりきり……


「どどど、どうしてッスか……」

「眺める用と食べる用が欲しいから♥」

「はわわわわ……」

「愛でる用だけじゃ足りないもんね♥」

「お、俺も肉食系だから美味しくないッスよ……! たぶん……」

「ふふ、本当はギターとドラムもやってもらいたいってだけ♥」

「そ、そんなそんな……」

「マーくんモーくんの二人よりきっと上手いでしょ♥」

「そんな事ないっスよーー!」


 必死に否定する! 森夜先輩と黒間先輩たちが怖いから!!


「大丈夫、二人には言わないでおくから♥」

 よーしよーしと俺の頭を撫でる。

 速水先輩にもそこは見透かされちゃうんだ……


「まぁ俺も楽器はそこまで上手くないけどー♥ わからなくはないからー♥」

「そ、そんなそんな……」

「だからマイナスくんに教えてもらってる♥ 手取り足取り♥」

「た、たまたまで……たまたまで……」

「ついでに聞いちゃうんだけども……マイナスくんってさ、歌もできるよね?」

「え、そ、その……」

「声の出し方とか人と違うよね? わかってるよね?」

「う、うう……」


 上井先生とはボイストレーニングも行っている。


「俺に気を使って披露してないのもわかるよ♥ だって最近はずっとマイナスくん見てるし♥」

「そ、その……先輩、聞いてもいいッスか……?」

「いいよ♥ 何が知りたいの♥ 何でも教えちゃおうかな♥」

「そ、その、すごいやる気が漲ってるなって……なんでだろうって」

「……ふふ、声かけられたの。この間に♥」

「声をかけられた……誰にッスか?」

「ファングプロダクションって所だよ♥」

「……あれ!? めっちゃ大手じゃないッスか!? そこ!?」


 ネットの普及もあって芸能にまつわる業界は苦しい立場にあるけども、それでもかなりの大手の所だ。


「気になってるから6月のライブを参考にさせてほしいんだってさ♥」

「も、もしかしたら速水先輩がデビューするチャンスって事ッスか……?」

「世間の事考えると所属できるか、必要があるかはよーく考えないとだけども……」

「は、はい……」

「見つけてもらえたって気がして嬉しくなっちゃうよね♥」

 ギューッと速水先輩が俺を抱きしめる。

 く、苦しい……


「ネットでのなんか、デビューとか、そういうのもありますもんね……」

「ね♥ ちょっとだけがんばる気になっちゃったの♥」

「な、ならやっぱり応援しないとッスね……俺もがんばるッスよ!」

「あー♥ もうマイナスくんかわいい♥ お持ち帰りしたい♥」

「お、俺はお弁当じゃないッスよ~~」

「じゃあここで食べちゃおうかな♥」


 そのうち、本当に速水先輩に食べられそう……そんな気がしつつ時間が来たら開放してくれた。

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