鮮血に染まる
阿僧祇
鮮血に染まる
私は隣の家のベランダに干してある真っ赤なバスタオルを見て、また人が殺されるのだろうと思った。
私の日課は、出勤の際に隣の家のベランダに赤いバスタオルが干されていないか確認することである。私はこの日課を10年以上続けている。
ちなみに、この赤いバスタオルを干す隣人は、30代後半の人妻である。こう言ってしまうと、私が10年以上人妻への恋をこじらせたストーカーのように聞こえてしまうかもしれないが、そのような敵わぬ恋に欲情する変態ではないことは先に言っておこう。
しかし、私はある意味変態であるのかもしれない。
私は私だけが知っている赤いバスタオルの秘密に気付いてから10年間、隣人の恐ろしい狂気とその狂気に興奮を覚えながら、生きているからだ。
この赤いバスタオルの秘密を説明するためには、この10年間に合計6人の男性の命を奪った猟奇的連続殺人事件の始まりから話さなければならないだろう。
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それは私が新入社員として、今務めている会社に就職したばかりの頃だった。
私は大学時代は1人暮らしをしていたが、実家と会社がかなり近いこともあって、実家に住むことにした。ただ、ずっと実家に住むのも嫌だったので、仕事に慣れてくれば、1人暮らしを再開しようと考えていた。
実家は少し大きめの一軒家で、公務員である父親が私が生まれる前に買ったものである。そのせいで、父親は今もローン返済に追われている。
そして、私はそんな父親を不憫に思っていたので、将来は一軒家は買うとしても、ローンは組まないようにと考えていた。
そんなことを思いながら、1年程、実家に住み、そろそろ仕事にも慣れてきたので、1人暮らしを始めてもいいだろうかと考えている時だった。隣に一軒家が建った。その一軒家の持ち主は、若い夫婦だった。その若い夫婦の夫は、私の父と同じく何十年にも及ぶローンを組んで、この一軒家を建てたらしい。
私はこの夫婦の夫も父の二の舞となるのかと思っていた。この夫婦の夫が私の父親と決定的に違う所は、恐ろしく美人の妻を持っていることだろう。一応、私の母の名誉のために言っておくと、私の母がブサイクと言う訳ではない。
私の母は客観的に見ても、美人とはいかずとも、悪い顔はしていないはずだ。ただ、隣の奥さんが美人過ぎるのだ。隣の奥さんは、現実の人間として見るよりも、テレビの中の高嶺の花として見る方が良いと思える程の美しさである。
透き通りそうな程白い肌とそれに抗うように黒々とした長い髪を生やしている。それに加えて、整った目鼻立ちと小さな顔、そうでいて、どことなく妖艶な色気を漂わせている。
こんな美人と結婚できた男は、とてもうらやましい限りである。その夫は眼鏡をかけ、真面目そうな顔をしていて、スーツが良く似合う普通のサラリーマンと言った感じだ。
夫はブサイクではないが、奥さんが美人過ぎるあまり、美女と野獣と言う言葉がこの夫婦にはしっくり来てしまう。
私はもちろんいくら美人と言っても、人妻に手を出す趣味も勇気もなかったので、その夫婦の奥さんには特別な感情を持つことはなかった。
だが、美人がいつも近くにいるのだから、見ておかなくては損だと思い、出勤時に彼女を見ることが日課だった。
私は隣の夫よりも遅く出勤するらしく、私は隣の奥さんが夫を見送った後、2階のベランダで洗濯物を干している瞬間を見ることが多かった。
私は朝から美しいものを見ると、なんだか楽しくなってきて、仕事を今日も頑張ろうと思える。そんなことを日課にしていたある日、奥さんではなく、洗濯物に目が行くことがあった。
隣の奥さんが真っ赤なバスタオルを干していたのだ。
その真っ赤なタオルは毒々しいまでの濃い赤色だった。そのタオルの色は、普通の人間なら生物の本能的に嫌ってしまうだろう。そのようなタオルを風呂上りどころか、どのようなときでも見たくないような代物だった。
私はいつものように、楽しく出勤することができず、なんとなく不快な気持ちで、隣の家を通り過ぎた。
私は会社に着いた後、あの赤いバスタオルが無性に気になってしまい。会社のパソコンで、赤いバスタオルについて調べてみることにした。赤いバスタオルを検索してみても、パソコンの画面を通してみる限り、あのように真っ赤なタオルは存在しなかった。
その検索途中に赤いバスタオルは、還暦へのプレゼントとして使われているようだが、あの隣の家に住んでいるのは、あの夫婦の2人だけだから、その可能性はないだろうと思った。
私はたまたまそのような真っ赤なバスタオルを買ったのだろうと、無理やり結論付けて、もやもやした気持ちを抱えながら、いつも通り仕事を始めることにした。
結局、赤いバスタオルのことが気になってしまい、仕事に身が入らず、仕事でミスをしてしまい、上司に怒られてしまった。私はそのミスのせいで、少し残業をして、いつもよりも遅い時間に帰ることとなった。
私は溜息交じりで、家路に着いた。帰り道はいつもの夕暮れではなく、日が完全に落ち、月が闇を照らしていた。そんな夜道を歩きながら、もう少しで自分の家に着くとなった頃、私の隣の家で誰かと誰かが話している光景が見えた。
暗闇で、顔は良く見えないが、多分1人はあの奥さんだった。もう1人は、シルエットから男だった。
奥さんはその男の喉元を触っているようだった。そして、奥さんはその男の首に両手を回して、男に抱き着いた。男も彼女の背中に手を回して、強く抱きしめた。2人の長い抱擁が終わると、男は奥さんに手を振りながら、玄関を離れた。
私は奥さんが夫の夜勤出勤を見送っているのだろうと思った。私は一応、夫に挨拶はした方がいいだろうと思って、こんばんはと口を動かそうとした時、その男の顔が電灯に照らされた。
その男の顔は、隣の夫ではなく、全く違う人間だった。
私は口を急いで閉じた。私とその男は目があってしまい、数秒ほど見つめ合ってしまった。男は小さく会釈をして、私の横を通り過ぎていった。男はスーツを着て、爽やかな顔をしていて、イケメンだった。
私は今起きたことを整理するために、しばらくその場に立ち尽くしていた。私は考えたくはないが、不倫なのだろうかと言う疑惑が生まれた。
私はとんでもないものを見てしまったなあと思いながら、家に帰った。私は隣の奥さんの不倫で頭がいっぱいになり、仕事で怒られたことを忘れることができた。
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私はその隣の奥さんの不倫を見た数日後、仕事は休みだったので、家のリビングで寝ころびながら、テレビのニュースを流し見していた。
すると、私の住む近くで、殺人事件が起きたというニュースが流れてきた。その殺人事件は悲惨なもので、体中に何十か所もめった刺しにされた後、体の一部が切り取られ、その死体に追い打ちをかけるように火を付けられたらしい。
何ともむごい事件だなと思いながら、そのニュースを流し見ていた。しかし、被害者の顔写真が流れた時、私は目を見開いて驚いた。私は体が動かなくなった後、背筋が凍るような怖さが押し寄せていた。
テレビに映し出された被害者の顔は、数日前、隣の家から出てきた男の顔と一致していたからである。
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