第40話「停電が起きるマンション」
6月9日、逆木地所が管理するマンションで停電が発生した。時刻は21時46分。俺にその報告が届いたのは翌朝だった。
「田中、例のマンションの件だけど、もう復旧してる。電力会社が夜中に作業してくれたらしいぞ」
社長が軽い調子でそう告げたので、俺は「停電の原因を調べてきます」とだけ答えてマンションに向かった。
到着してまず、住民からの苦情が逆木地所に直接入っているか確認した。停電の報告をしたのは5階に住む男性だったらしい。さっそく話を聞いてみることにした。
「昨夜の停電についてお話を伺いたいんですが」
応対してくれたのは30代くらいの男性だったが、どこか落ち着かない表情をしている。
「ああ、停電……でしたね。確かに電気が消えて真っ暗だったと思います。でも、何で連絡したのか、覚えてないんです」
「覚えていない?」
「すみません、たぶん驚いてすぐ連絡したんでしょうけど、その時のことが曖昧で……変ですよね」
妙な話だと思いながら他の住民にも聞き込みをしたが、全員が似たような返答を返してきた。
「停電中、何をしていましたか?」
「ええと……家にいました。でも何をしてたか、覚えてないですね」
停電が起きた時間に在宅していた住民全員が、その時の記憶を失っている。しかも誰もそれを特に不審に思っていない様子だ。
電力会社にも連絡を取り、修理を担当したベテラン作業員に話を聞くことにした。
「原因は受変電設備のトラブルでした。ただ、なんか変なんですよね」
「変とは?」
「実は、去年も同じ時期に同じことが起きてるんです。それもほとんど同じ時間に」
「同じ時間?」
「ええ、21時46分。それだけじゃなくて、もっと前にも何度かあったみたいです」
それを聞いて、俺は社に戻り、過去の管理記録を調べ直すことにした。
管理報告書や修理履歴を確認すると、作業員の言葉通りだった。マンションではここ数年、毎年6月9日の21時46分に停電が発生している。原因はすべて「受変電設備の異常」。しかし記録を見返していると、奇妙な事実が浮かび上がった。停電時の住民の記憶障害についても、今回が初めてではなかったのだ。
翌日、社長に状況を報告した。
「毎年同じ日に同じ時間帯に停電が起きています。そして住民たちには、その間の記憶がありません」
「ふーん、不思議なもんだなぁ」
社長は報告書を読みながらコーヒーをすすっている。
「田中、住民の様子はどうだ?」
「特に怒るでもなく、停電を大したことと思ってないようです。記憶がないことさえ、気にしてないみたいで」
「それが一番不気味だな。普通はもっと騒ぐだろうに」
「ええ。ただ、この現象が続く以上、次回も同じ時間帯に何かが起きる可能性は高いと思います」
「うちの管理物件だし、目は光らせておく必要がありそうだな」
結局、原因らしい原因は突き止められなかった。だが、その後も同じ現象が続いている。停電が起きると住民たちは「まあ、またか」という反応を見せるだけで、問題を深く追及しようとはしない。
「復旧したからいいじゃないですか」
そんな調子で、住民たちはあっさりと日常に戻る。
俺はそれ以上深入りしないことに決めた。理由は簡単だ。この手の異常は、突き詰めようとするとより大きな異常を引き寄せることがあるからだ。
ただ、毎年6月9日の夜だけは、このマンションには近づかない。それが俺にできる最低限の予防策だと思っている。
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