第9話「新興宗教の勧誘がない地区」

 社内のトップ営業マン、一ノ関がまたもや変な頼みを持ちかけてきた。彼は誰からも好かれるイケメンで、恋愛事情も華やかだ。だが、その一方で恋人運がなく、しょっちゅう妙な人物と付き合っている。

 今回はその恋人がかなり信じやすい性格らしく、悪徳新興宗教にのめり込んでは大金をつぎ込んだことも一度や二度じゃないらしい。


「田中、お前に頼むんだけど、宗教の勧誘が一切来ない地区があるって聞いたんだよ。そこに住ませたいんだけど……調査してみてくれないか?」


 一ノ関はそう言うと、営業スマイルで俺に押し付けるような調子だ。明らかに自分で行くのが怖いのだ。俺は「またか」と思いながらも、一ノ関の惚気だか愚痴だかに付き合わされるのにも飽き飽きしていたので、引き受けることにした。


 橋を渡った先にあるその地区は確かに独特な雰囲気が漂っていた。市内でもトップクラスに治安はいいが、他の場所とは違う重々しさを感じる。駅前では湧いて出てくる悪徳宗教の信者が皆無なばかりか、勧誘チラシやポスターが一切ない。墓地や寺、お地蔵さんすらない。あまりにも不自然で、逆に興味を引かれる。


「こりゃ、普通じゃないな」と思いながら、俺はその地区にある神社へと足を運ぶ。年配の宮司が境内を掃き清めている最中だった。


「この地区には新興宗教が入らないって話を聞いたんですが、それはどういう理由ですか?」


 俺が尋ねると、宮司は静かに笑いながら答えた。


「それは、この神社に祀られている橋姫様のおかげです。姫様は悪徳なものを寄せ付けない力を持っています。この地区に勧誘が来ないのも、愛情深い橋姫様が私たちを守っているからです」


 どうやら、先ほど渡った橋の神、橋姫は悪縁を断ち切る強い力があって、悪徳新興宗教や怪しい勧誘を地区に近づけさせないという。だが、話はそれだけで終わらなかった。


「橋姫様は、ただ守るだけではありません。非常に嫉妬深いお方で、一度この地区に住んだ人間が離れることも嫌うのです。悪縁を断ち切る代わりに、住民を強く引き留めてしまうのです」


 宮司の話を聞いて、俺は背筋が少し寒くなった。この地区に引っ越してくれば、悪徳新興宗教の被害には合わないだろう。だが、仏閣、地蔵菩薩すら許さず、住民が離れることさえ難しくなるというのは、あまりにも代償が大きい。


 俺はそのまま一ノ関に報告した。彼は頭を抱えながら、「じゃあ、どうすればいいんだよ……」とつぶやいたが、最後には「やっぱり別の方法を探すしかないか」と諦めていた。


 結局、一ノ関は恋人をこの地区に住ませるのはやめ、次の候補地を探すことにした。神様がいるかいないのかはわからないが、過剰な愛情はろくなことがない。力を持つ者の嫉妬ならばなおさら。

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