第45話 遊園地の後味
「ほらこれ」
女性陣がトイレから戻ってきた頃を見計らい、自販機で買っていおいた飲み物を渡す。
「え……あ、ありがと……」
紅茶を受け取った恋伊瑞は、小さな口で一口飲む。
「な、なによ!」
「え? あ、いやべつに……」
さっきの観覧車でのことを思い出してしまうと、どうにも変な気持ちになる。
少し乱れてた髪が綺麗になってるなとか、化粧が直されてるなとか、どうでもいいことにまで気づいてしまう。
って、意識するな俺!
「泉と大和も。はいこれ」
「お兄ちゃん気が利く!」
「ありがとうございます」
とりあえず年下連中に飲み物を渡して、しばし休息をとることにした。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「なぁ、本当に次これ乗るのか? もうちょっとゆったりした奴の方が……」
「なに言ってるよの相馬。私これ楽しみにしてたんだから!」
子供のようにはしゃぎながら指さす先には、巨大な船がてこのように揺れている。
絶叫系の中でも酔いやすいバイキングだった。
観覧車がダメで絶叫系は大丈夫とか訳が分からないが、期待に胸を膨らませている恋伊瑞に逆らう事なんて出来ない。
「早く行くわよ!」
そう言って連れていかれた結果、俺と大和が船酔いしたり。
「泉これ乗りたいです!」
そう言ってコーヒーカップに四人で乗った結果、女子の高速回転により、俺と大和が酔ったり。
「これ乗ってみたいかもですお兄さん」
そう言って乗った、座った状態で縦横にぶんぶんと動かされるアトラクションで俺と大和が酔ったり。
いや、大和は酔うなよ……。
まぁ後は酔ったりしながら遊園地を楽しんだ。
「どう? 気分平気なの? これ水」
「まぁなんとか。悪いな……」
ベンチで空を見上げながら、恋伊瑞から水を受け取る。
完全に立場が逆転してしまった。情けない……。
「情けないなー、お兄ちゃん」
「口に出すなって」
さりげない妹の言葉に傷つく。ちなみに、俺の隣で倒れている大和にも効いてるからなその言葉。
「って、もうこんな時間じゃない」
恋伊瑞の言葉でスマホを開くと午後六時を回っていた。
「じゃあそろそろ帰るか?」
「……うーん」
「どっちなんだそれは」
よく分からない返事をした彼女は、俺をチラッと一瞥するときょろきょろする。
そして少し恥ずかしそうにしながら。
「最後にあれ乗りたい」
そこにあったのはメリーゴーランドであった。
メルヘンな馬やタイガーがくるくると回り続けている。夕方だからなのかライトアップされており、なんとも幻想的だ。
「えー、あーっと」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけどさ」
俺だって男子高校生。メリーゴーランドはちょっと恥ずかしいのだ。
他人に見られているなんて思ってはいないが、気持ち的に仕方がないと分かってほしい。
「俺も嫌だ」
俺とは違いハッキリと意見を申した大和は男気があるのかもしれない。
「泉は乗りたいですよ恋伊瑞さん!」
「俺も乗ってみたいと思ってたんだ」
手のひらくるくるですね大和さん……。今日だけで何回見たのだろうかこの光景。
「恥ずかしがってないで乗りなさい。ほら行くわよ」
「分かったから鞄を引っ張るなって」
ゲートを通り中へ入る。
乗れる動物達は思ったよりも種類がおり、子供が喜びそうな雰囲気であった。
「恋伊瑞は何に乗るんだ? 俺は無難に馬にしとこうかな」
「渋ってたくせにノリノリじゃないあんた……。私も隣の馬にする」
「泉はゴリラにします!」
「あ、じゃあ俺もゴリラ」
それぞれが回りだす前に動物へ乗る。
「あはは! あんたが白馬って似合わないわねー! 王子様って感じもないし!」
「お前もな!」
俺が王子様なんて柄ではないので気にはしないが、言葉に引っ掛かりを覚える。
あぁそうだ、椎名さんだ。
森川さんの言葉が本当ならば、椎名さんは王子様に憧れを抱いている。
あれはどういう意味だったのだろう……。
「……あんた今何考えてるの?」
「え? いや……。なんでも――」
「嘘ね」
絶対に確定だと断定した恋伊瑞は、何故か顔が強張る。
「いや、本当に……」
咄嗟に言い訳をしようとするが、そのタイミングでアトラクションが動き始めた。
ゆっくりとした上下運動を体感しながら、しかし、隣の馬の方を見ることは憚られた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「ここでいいのか?」
「うん、ありがと相馬」
遊園地を出た俺たちは、恋伊瑞の大量の荷物を持ちながら電車に揺られ、なんとか見慣れた駅まで辿り着くことが出来た。
「ここまで来ればタクシー代も安いと思うしそれで帰るわ」
「タクシーですか……」
やっぱりこいつリッチだよな。
俺たち相馬家はここから電車で二駅なので、ここでさようならとなる。
「じゃあまたな」
そう言って改札に入ろうとすると。
「相馬」
「ん?」
俺は振り向く。
そこには照れくさそうにしながらも、笑顔な恋伊瑞。
「今日はありがと。その……助かったわ」
「いいよ。俺も遊園地行きたかったし」
「それでも、ありがと」
そして。
「楽しかったわ! またね!」
それだけ言うと、荷物を持ったまま走ってタクシー乗り場へ行ってしまった。
言い逃げされた形になってしまったが、姿の見えなくなった彼女に届かないことを知りながらも俺は。
「俺も楽しかったよ。またな」
そう呟いた。
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