第39話 意外な関係


 水道橋駅までは一時間程で到着した。


「それで、お兄ちゃんの服選びを手伝ってくれたけ女の人はどこにいるの?」

「いや分からん」


 知り合いがいるかもという話を道中ですると、何故か遊園地にいくことよりも嬉しそうにしていた泉はキョロキョロと周囲を見渡す。


「電話も出ないし」


 電話も繋がらなければ、チャットも既読にならない。

 遊園地が近いということもあって人も多いこの場所で、連絡手段なしに巡り合うなんてのは無理に等しい気がするが……。

 とゆうか、携帯が使えない状況ってなんだ? もしかして本当に何か事件に?


「あー!」

「うわ! なに、どうした!?」


 泉は急に大声を上げ、改札の方へ指を差す。

 指の先に目線を送ると、そこには中学生と思われる男子がおり、改札を出ているところだった。


「え! な、なんで……」


 その男子中学生は俺たちの方を、というよりも泉を見ると、みるみる顔を青くする。


「えーと。知り合い?」

「うん。同じクラスの大和やまと君」


 大和君と呼ばれた人物は、挙動不審にあたふたしだす。

 整った顔立ちに泉より少し高い身長。見た目でいえば好青年だった。


「なんでここに相馬さんが……」

「お兄ちゃんと遊園地来たんだー」

「お、お兄さん!?」


 え、何。なんかめっちゃ驚かれたんだけど。

 少し傷ついていると、大和君から頭が落ちるのではないかという勢いでお辞儀をされる。


「相馬さんと同じクラスの大和といいます!」

「あぁ、うん。そんなかしこまらなくてもさ……」


 こっちが気を使っちゃうよ。

 しかし俺の言葉が届いていないのか、そのまま話を続ける。


「その、相馬さんとは仲良くさせてもらってて……」

「そんなに話したことないけどねー」


 その瞬間、さっきまであたふたしていた彼の動きが固まった。 

 泉は冗談ではなく、ただの真実を普通に言っただけだと傍目からでも分かるので、まぁ本当なのだろう。


「あ、えっと。その。でも消しゴムとか貸してくれたりしたと思うんだけど……」

「そりゃあ貸してって言われたら貸すよ! 誰でも貸すよ!」

「そ、そうだよね。誰でも……」


 どんどん目から生気が無くなっていく大和君。

 なるほどなるほど。

 泉は俺とは違いコミュ力が高い。そして身内贔屓が入っているかもしれないが、それなりに可愛いのだ。

 つまり。


 こいつ、泉に惚れてるな?


 俺だってだてに失恋をしているわけではない。大和のそれは、恋愛がらみのそれだ。


「ははは。でも相馬さんにお世話になってるのは本当なので。改めて、お兄さんもよろしくお願いします」

「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはない」

「ごめんね大和君。うちのお兄ちゃんシスコン入ってて」


 つい無意識に威嚇してしまった。ちなみに言っておくと俺はシスコンではないからな。妹がどこぞの馬の骨と恋仲になるのが許せないだけだ。

 あと絶対、俺以上に父さんが許さない。


「あー! ちょっと大和、何で走っていくのよ!」

「げっ」


 改札から女性が大声を上げている。

 てゆうかあれって……。


「恋伊瑞!?」


 両手に紙袋を何個も引っさげた彼女は、改札から走ってくると、俺たちの前で目をぱちくりさせる。


「え……! は!? なんで相馬がここにいるの!?」


 俺がいることに驚愕しているらしい。

 なので俺は家を出るときに考えておいた理由を伝える。


「お前が呼んだんだろ。それに虫刺されの薬返したかったし、あと妹とどっか行こうってなってた時に丁度電話あったから」

「……つまり、心配して来てくれたってこと?」


 考えた理由は恋伊瑞に通じなかったらしい。

 しかし、それを肯定するのも恥ずかしかったのでだんまりを決め込む。


「冗談で言ったのに本当に来るとか馬鹿じゃない。ひ、暇すぎでしょ!」

「夏休みだしな。暇なのは、むしろ良いことだろ」

「なによそれ」


 もっと馬鹿にされるかと思ったが、意外に普通だな。というより、なんかしおらしい?


「お、お兄ちゃん!」

「ん?」

「もももも、もしかして。この方が服選び手伝ってくれた人……?」

「そうだけど」


 俺の言葉を聞いた瞬間、泉は瞬間移動を使ったのかと見間違えるほどの速さで恋伊瑞の前に躍り出た。


「初めまして妹の泉です。兄がお世話になっております!」

「あ、初めまして恋伊瑞です。てかえ? 相馬の妹さん!?」

「はい! 妹さんです!」

「うそマジ!? 超かわいい! 全然相馬と似てないのね!」


 おい失礼だろ。

 いや、似てても困るんだけどさ。そしたら俺が可愛いことになってしまう。そんなの照れますよ。


「ちょっとお兄ちゃん! こんな美人だなんて泉聞いてないんだけど!」

「言ってないし」


 耳打ちで文句を言ってくる妹を無視する。


「それで恋伊瑞。お前、何が大変だったんだ? 電話で言ってたけど」

「そう聞いてよ! 今日パパから姉弟で遊んで来いってお小遣い貰って東京に来たら、思ったより荷物多くなっちゃって!」

「まさかお前、そんなことで……?」

「違うわよ! まぁそれも大変だったけど、一番大変だったのはそっち」


 恋伊瑞が俺の横を指さす。

 そこにはいつのまに移動していたのか、大和君が隠れるように立っていた。


「それ私の弟」

「弟!?」


 いきなりの新事実に言葉を繰り返してしまう。

 いやまぁ確かに言われてみれば、大きく整った瞳とか似てる気がする。


「スマホは電源切れるし、大和は何故か私から離れて逃げていくし、荷物は多いし。もう本当に大変だったんだから!」


 電話で最後に聞こえた「待ちなさい」は、大和君に向けての言葉だったのか。

 事件性がとか思っていた自分が恥ずかしい。


「もう、本当に大変だったのよ! 大和もいい加減逃げるのやめて」


 姉に怒られる弟。

 しかし大和は怒られることよりも、怒られているのを泉に見られているほうが精神的にきついのだろう。

 仕方ない。同じ男として同情しちゃったからな。今回だけだ。


「まぁ恋伊瑞。大和も悪気があったわけじゃないって。逃げたくなった理由も俺には分かるからさ」

「お兄さん……!」

「お兄さん言うな」


 大和も中学生。多感な時期である。

 身内とお出かけとか、知り合いに見られたら死ねるとか思っちゃうお年頃なのだ。


「むぅ。なんであんたがそっちにつくのよ」


 恋伊瑞はむくれていたが、理解してくれたのか許してくれたようだ。

 すると俺のほうに顔を向ける。


「それで、あんたも遊園地行くんでしょ?」

「え、あぁうん」


 正直、遊園地に行くというのは建前だったのだが、泉もいるし拒否は出来ない。


「じゃあチケット奢るわよ」

「はあ!? いやいいよ。泉もいるし、自分たちのは自分で払うから」

「そうですよ恋伊瑞さん! 泉の分は兄が払いますので!」


 妹は自分で払う気はないらしい。いやいいんだけどね、そのつもりだったし。


「私が呼んだんだしいいわよ別に!」

「いやさすがに四人分はあれだろ」

「私がいいって言ってるのよ」

「じゃあこうしませんか!」


 泉は胸の前でパンと手を鳴らしながら提案があると挙手をした。


「今度兄と二人でデー……ごほん。遊びに行ったときに奢ってあげて下さい!」

「お前何言ってんだよ」

「お兄ちゃんは黙ってて! 今、将来にかかわる大事なことなんだから!」


 一体こいつには何が見えているのやら。たまに理解不能な行動するから兄は心配です。


「……泉ちゃんがそれでいいなら」

「いいですよ!」


 予想外な展開に言葉を失ってしまう。

 そんな顔が癪に障ったのか、恋伊瑞は俺を睨むと。


「何、嫌なの?」

「いやそうじゃないけどさ……」


 お前は平気なのかよと突っ込みたくなる。

 しかし彼女の中ではもう決定した事のようで、遊園地の方角へ歩き出そうとしていた。

 大きな紙袋が揺れて随分と歩きずらそうであり、見ているだけで転ぶのではないかと不安になってしまう。


「荷物持つよ」

「え、いやでも」

「いやそのままだったら転ぶだろお前」

「……うん。ありがと」


 俺は荷物を半分以上受け取る。

 後ろで「お兄ちゃんいいぞ!」とか聞こえるが無視だ無視。


「直ぐそこのコインロッカーに預けるから」

「……さいですか」


 世の中の男子ってどうやってカッコつけてるの?

 いや別にカッコつけたわけじゃないけどさ。


「……帰りもお願い出来る?」

「……はいよ」


 それだけを交わし、短い距離をゆっくりと進んで行った。

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