第37話 揺れる電車に二人だけ
帰りの電車は静かなものだった。
田舎の方だったこともあり電車内に人影は少なく、ガタンゴトンという心地の良い音がゆったりと響く。
起きて居るのは俺と森川さんだけであり、その森川さんも、椎名さんの寝顔をスマホで連写した後にうたた寝に入ってしまった。
そんな様子を見ていると俺までうとうとしてくるが、降りる駅を過ぎてしまったなんてことにならないためにも意識を保つ。
全員旅行の疲れからくる睡眠だろうが、あの二人にとっては別の睡魔も含まれているはずだ。
恋伊瑞と椎名さんは昨晩、お互いに意地を張って「部屋交換なんてしなくていい」と宣言しあったことで引くに引けなくなり、結局同じ部屋割りとなった。
その結果、逆に打ち解けて仲良くなる。なんてことは全く無く、仲の悪さに拍車がかかる始末。
朝に会った恋伊瑞の第一声「あいつのせいで寝られなかった」だからね。椎名さんにも同じこと言われたし。
「はぁ」
皆が寝てるのをいいことに、思わずため息が出てしまう。
もちろん、俺だって全員仲良しこよしで生きて行けるなんて思ってはいない。現に俺がそうだし。
まだ高校一年だが、短い人生からしても俺は嫌いな奴が多いほうだと思う。そして俺が嫌いな奴らは、大半が俺のことを嫌いだ。
善意には善意で、敵意には敵意で返してきた。そして善意を向けられた回数なんて数えるほどしかないため、必然的に悪意で満たされる。
それが間違っているとは思わない。
だから恋伊瑞と椎名さんの折り合いが悪くても、仕方がないくらいにしか思わない。
思わないんだけどさ……。
この二人は、俺の中ではそれなりに深く関わった存在で、やっぱり嫌いではないわけで。
その二人がギスギスしていると、はっきり言って気まずいのだ。
「ため息ついてどしたのー?」
「白波さん、起きてたんだ」
「今起きた。んー! どれくらい寝てたわたし?」
「全然だよ。まだ乗り換える駅に着いてないから」
「そっか」
ぐっと伸びをすると、そのまま俺の隣に腰を下ろし、横並びとなる。
え、こんなに席空いてるのになんでわざわざ隣にくるんですか……!?
電車が揺れると肩と肩が当たり、彼女の透明な髪が俺の首筋をくすぐった。
「もう海見えないねー」
「海好きなんだね。帰りもずっと後ろ髪引かれてたし」
「う。見られてたの?」
「あんだけ名残惜しそうにしてたらね」
珍しく恥ずかしそうに眉を歪めた彼女は、スマホを取り出しいじり出す。
すると、俺のスマホが鳴った。
差出人は白波さん。個人チャットで写真を送られる。
「相馬君だって変な顔してるよ」
その写真は花火の時のやつだった。
美人な白波さんの隣には、なんとも間抜けな俺が目線だけはカメラに向けて映っている。
「こんなん絶対誰にも見せられない……」
「見せられないねーこれは」
俺にとっては結構重要な問題なのだが、彼女はなんとも楽しそうだった。
「安心しなって、笑いのネタとかにしないから」
「それは疑ってないけどさ」
「そう? そっか」
「え、どうしたの?」
「いや別にー」
良く分からないが、その写真の俺を拡大して見るのはやめてほしい。
「だから相馬君も他の人に見せちゃダメだよ? 二人だけの秘密ね」
その言葉は、思春期の男子には毒である。
男子なんて、女子からちょと挨拶されただけで気になってしまう悲しい生き物だ。それが俺みたいな日陰者ならなおさらに。
「そういうこと言うと勘違いされるよ」
目を逸らしながら助言する。
俺はこれが社交辞令だと知っているし、変な勘違いをするのは無駄なことだと分かっている。
あの時の、椎名さんに一目惚れをした時のような感情こそが、本気の気持ちなのだから。
「勘違い……か。じゃあさ、勘違いついでにもう一つ聞いてもいい?」
「なに?」
話を濁された感はいなめないが、深堀することでもないので話題に乗っかる。
白波さんは、俺の顔をまっすぐ見据えていた。
「相馬君はさ、小和のこと好きなの?」
「――は?」
予想外すぎる質問に唖然としてしまう。
それでも彼女は何も言わずに、ただ黙って俺の答えを待っているようだった。
「好きじゃないよ」
「ちゃんと答えて」
適当な返事は許さないと表情で訴えられる。
しかし俺がだんまりを決め込んでいると思ったのか、最終手段だと言わんばかりに口を開く。
「命令を使います」
「え? なに、命令?」
「うん。ほら大富豪の罰ゲームだよ。わたしが一位で相馬君がビリ。だから命令権を使います」
「えぇ」
「だから、本気で答えて」
どうやら逃げることは出来なそうだ。
恋伊瑞のことが好きかどうか。
俺と彼女の関係は酷く曖昧なもので、それこそ友達だと言えるかも怪しい。
あいつに沢山助けられたし、困っていたら助けたいと思う。
勇気を貰い、心を救われ、いつも本気で正面から向き合ってくれてきた彼女。
そんな恋伊瑞に俺は、きっと憧れを抱いている。
だから俺は。
「好きじゃない」
「だから真剣に――」
「好きじゃないけど、あいつの隣には立っていたいって、そう思う」
これは多分、恋じゃない。
本気の恋を俺は知っている。あれが本物だとするなら、これは
俺の答えに白波さんは俯く。透明な長髪が顔を隠し、その表情は分からない。
「……好きではないんだよね?」
「うん」
俯いていた顔を上げると、今度は何故か笑顔であった。
彼女の中で何があったのかは知らないが、とりあえず俺の答えに納得はしてくれたらしい。
「じゃあまだ平気か」
「なにが?」
「こっちの話だよ。ねぇ相馬君?」
「え、何?」
名前を呼んだその顔は。
それはもう驚くくらいに、頬を赤く染めながら、思わず顔を逸らしてしまいそうになる程の笑顔だった。
「勝負はここからだからね」
「えぇ? 何がなんだか分かんないんだけど……。どういうこと?」
「それは。まだ秘密だよ」
次第に駅は近くなり、旅行の終わりを告げていた。
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