第35話 陰キャでもBBQは楽しめますか?
「いやー本当に助かったよ! 二日間ありがとね! はいこれ、バイト代」
「ありがとうございます!」
合わせたわけでも無いのに全員の声が重なった。
二日間に渡る海の家でのバイトもこれで終わり、俺たちはそれぞれ茶色の封筒に入った給料を受け取る。
初めての労働の対価だと思うと、なんか込み上げてくるものがあるなぁ!
「じゃあこれで相馬君の罪滅ぼしも終わりだね。杏奈も納得でしょ?」
「まぁ頑張ってたしな。許すよ」
「おー! 良かったな湊!」
「ありがとうございます!」
その言葉に思わずガッツポーズをする。
「相馬君、罪滅ぼしってどういうこと?」
「え? あーえっと」
言われてみれば、椎名さんと森川さんは後からの参加だったから事のあらましを知らないのか。
こういう時に自分だけ知らないみたいなのは結構辛いんだよな。身内ネタで盛り上がるグループに人数合わせで入れられたあの時は本当に辛かった……。しかも知らない俺が悪いみたいな空気になって嫌な顔されるし。
少なくとも自分がする側に周りたくはないと思うが、これを説明するのはなぁ……。
どうしようかと考えていると。
「私には言えないことなの?」
そんな悲しい顔で見られても、こればっかりはなぁ。恋伊瑞のプライバシーに関わるし。
「言えないんじゃなくて知らなくていいだけよ」
「こ、小和」
頭を悩ましていると、隣から恋伊瑞がズバッと一刀両断した。
これには杏奈さんも引いている。
いやまぁ、言うか言わないかの決定権があるのは確かに恋伊瑞なんだけど、もう少し言い方ってもんが。と思ったが、こいつわざと言ってるわ。滅茶苦茶に悪い顔してる。
「恋伊瑞さんには聞いてないんだけどな」
ゾワリと悪寒が走った。
その正体は目だけは笑わずに睨み合っている椎名さんではなく、その後ろ。
ただただ真っ直ぐに俺を見つめていた森川さんだ。
(私のりーちゃんが教えろって言ってるよね? 分かってるよね?)
もう森川さんが何を言いたいのかまで察知出来てしまう。嫌だなぁ、忘れたいなぁ。
しかしいくら森川さんの命令でもそれだけは勝手に出来ない。
だからわざと気づいていない振りを決め込んだ。絶対に森川さんの方を見ないように!
……え、夏なのに寒い。いや違うこれ体が命の危険を感じてる予兆だ。
「それはねー、相馬君が体育祭で小和の恥ずかしい秘密をバラしちゃったことに対しての罪滅ぼしってことだよ」
「ちょっと霞! なんで言っちゃうのよ!」
「これくらいいいじゃん」
身を包んでいたどす黒い殺気が消えた。
ありがとう白波さん、今命を救われたよ。
「はいはい、そんなことよりも!」
杏奈さんは胸の前で手を鳴らす。
「今日は最後の夜だからさ、あれやろうよ」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「それじゃバイトお疲れ様でしたってことで、カンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
夜空の下でプラスチック製のコップを持ち、天に掲げた。
デッキテラスには立派なグリルが置かれ、その上に乗せられた肉と野菜が心地のいい音を鳴らしながら熱されている。
クーラーボックスにはまだ沢山の食材と飲み物が入れられており、この宴がまだまだ始まったばかりだと告げていた。
陽キャが大好きなBBQだ。
「ほら湊、これ焼けてるぞ」
「サンキューな」
「お、玉ねぎもいい感じだな。ほら」
「お、おう」
「こっちの肉もいけるな、はいよ」
「斎藤。ありがたい、ありがたいけど自分で取れるから!」
なんなの俺の彼氏なの?
そんなことを考えながら、斎藤が取ってくれた肉をパクリ。
「うめー」
「相馬君が嫌いそうなBBQもたまにはいいでしょ?」
「白波さんは俺が明るいイベント嫌いだと思ってる節あるよね」
「違うの?」
「……メンバーによる」
「ほらねー。まぁ、わたしもそうだし普通だよそんなの。これもう良さそうだよ」
「あ、ありがとう」
トングで運ばれた肉を食べようとすると。
「ねぇ相馬。甘口タレどこか知らない?」
恋伊瑞がタレを求めて彷徨ってきた。
「さっき見たな。えっと、はい」
「ありがと。ついでに玉ねぎも取ってくれない?」
「はいはい」
タレを浸した紙皿を差し出してきたので、その中に焼き立て玉ねぎを投入する。
「じゃがいもは?」
「えー、太りそう」
「じゃがいも食べてるわたしの前でそれ言う?」
「霞は細いじゃない」
「小和が言うと嫌味だよ。ね、相馬君」
「どっちも気にするほどじゃないだろ……」
水着の時とか細すぎて心配になるレベルだったからね。
すると俺の言葉に、白波さんはニヤッと口を歪める。
「意外にちゃんと見てたんだねー」
待って心を読まれた!?
冷や汗を流していると、横からまた紙皿が目の前に現れる。
「じゃがいも。やっぱり食べる」
「……はいよ」
「小和かわいいなー」
「は、はぁ!? 何言ってんの? 私杏奈の所行ってくるから! じゃがいもありがとね!」
「どんな捨て台詞だよ」
口調だけは怒っていた言葉を残し、反対側にいる杏奈さんと斎藤の元へ走って行ってしまった。
「……わたしもあのお肉食べたいなー」
「え? あぁうん。はい」
丁度トングを持っていたので、指定された食材を白波さんに渡す。
「えっと、まだ何かご所望でしょうか」
「……別にー」
そう言いながらも、ずっと見られているんですけど……。絶対何か欲しい奴だこれ。
なんだこの難問は。白波さんは何が欲しいんだ!
「むー。もういいよ、わたしもあっち行ってくるね。――きゃあ!」
「白波さん!?」
振り返った白波さんの目の前に、カナブンが飛来した。
その恐怖から悲鳴を上げた白波さんは、重力に引っ張られるように後ろへ倒れる。
倒れる先には燃えた炭の入ったバーべキュウグリルが――!
「白波さん!」
頭で考えるよりも体が先に動いた。
紙皿を投げ捨て、彼女の元へ手を伸ばす。
その細い腰に回った腕は、重さを感じることなく白波さんを受け止めることに成功し、まるで社交ダンスのような体制で停止した。
「あ……えっと……」
あまりの出来事にまだ混乱しているようで、大きな瞬きを数回繰り返している。
そんな彼女を落ち着けるために俺は。
「無事で良かった」
「……ぁ」
その瞬間、白波さんの顔は一気に赤く染まり――
「も、もう平気だから! 放してほしいなって!」
「ご、ごめん!」
背を向けてしまったので表情を見ることは出来ないが、もしかして照れてた……?
「ありがとね。じゃあ後で」
「あ、うん」
そう言い残すと、そそくさと杏奈さんの元へ行ってしまった。
「霞、あんた熱あるん? 顔真っ赤んぐ! あにふんの!?」
「ちょっと霞!? 殴る勢いで杏奈の口塞いでるのはなんで!?」
そんなわけないか。
変な勘違いをした自分を戒めつつ、落とした紙皿の掃除を始めることにした。
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