第33話 予想外は続くもの


 二日目の朝になった。

 

「おはよう湊! いい朝だなー!」

「おはよう」


 カーテンを勢いよく開いた斎藤は「今日もいい日になるなこれは」とか言っている。

 眩しいなぁ。


「湊は平気か? 夜凄いうなされてたけど」

「マジか。悪い、睡眠の邪魔しちゃって」

「そこまでじゃないからいいよ。まぁ調子悪そうなら無理すんなよ!」


 うなされた原因は一つしか思い当たる節がない。

 

「ありがとな。取り合えず洗面台云ってくるよ」

「おっけー! 俺も少ししたら行くわ」

「はいよ」


 斎藤を残し部屋を出る。


「あ」

「え? あ! ちょっとこっち見ないで!」

「え!? ごめん」


 ばったりと恋伊瑞に遭遇した。

 顔を手で覆い隠す彼女は、焦ったように背を向けると、そのまま洗面台まで走り去ってしまう。

 俺も顔洗ったり歯磨いたりしたいんだけど……。

 

「なんだこれ」


 洗面台の扉には『この時間男子入るべからず』と書かれた紙が貼ってあった。

 

「あ、相馬君おはよ」

「おはよう白波さん」


 恋伊瑞とは違い、普通に接してきた彼女はその張り紙を見ると。

 なぜが俺と目を合わせ。


「入っちゃダメだよ? 女の子の朝は忙しいんだから」


 なるほどな。恋伊瑞も顔を隠したということは、メイクとかそんな理由で見せたくなかったのだろう。

 たださっきノーメイクを見た感じ、メイクしなくても平気だろと思ったが、それを言ってはいけないことくらい俺にもわかる。


「入らないよ。その割に、白波さんはゆったりしてるけど」

「わたしはもう一通り終わったしね。どう?」

「……いつも通りだよ」

「えー? まぁそれで許してあげるよ」


 洗面台の中には杏奈さんと森川さんもいるのか、ガチャガチャと音を立てながら慌ただしいのが分かった。これだと扉が解放されるのは当分先になりそうだ。


「白波さん。その、森川さんは夜どんな感じだった?」

「……どういう意味? 変な意味の質問なら杏奈にチクるけど」


 細められた瞳から棘のような視線を受ける。


「ごめん言い方が悪かった。おかしなこととかなかったかなって」

「んー、特になかったけど。普通に喋って寝たからなー」


 その言葉を聞いて納得がいった。

 森川さんがヤバい人なのは事実だが、いきなりとんでもないことを起こす危険はないだろう。

 今までだって普通に学校生活を椎名さんと送ってきたわけだし。


 俺は少し胸をなでおろした。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 と、思っていた時期も俺にはありました。


 現在全員で朝食を囲んでいるところなのだが、俺も斎藤も、あの杏奈さんですら冷や汗を流す状況に陥っていた。


 先に言うと、その原因は森川さんでは無い。

 森川さんは驚くほど普通で、さっきすれ違った時も「おはよ~」と笑顔を向けてくれた。それもそれで怖いのだが、今はいいだろう。


 問題は――


「相馬そこの醤油取って?」

「相馬君、醤油取ってもらってもいいかな?」

「……私の方が先に言ったんだけど」

「順番とか関係ないと思うな。相馬君、取ってくれないかな?」

「は? ちょっと相馬。わかってるでしょうね」


 恋伊瑞と椎名さんが滅茶苦茶に仲悪くなってる。

 お互いに朝から一回も目を合わせてないのに、二人の間ではバチバチと火花が飛び交う。


「恋伊瑞さん、直ぐに睨むの止めた方がいいよ! 顔が怖くて相馬君も引いちゃってるよ!」

「あんたもそのぶりっ子みたいな喋り方止めた方がいいわよ」

「……」

「……」


 お願いだから仲良くして!

 

 杏奈さんと斎藤は、しずしずと朝食を食べているので流石に頼るのは酷だろう。

 なので一番頼りになりそうな白波さんを期待の目で見ると、ふいっと目を逸らされる。

 あなたでも無理ですか……。


 どうしたものかと悩む中で、いきなり足へ衝撃を受けた。

 普通に痛い。

 メンバーに見えないように机の下で的確に脛を蹴られた俺は、その犯人である森川さんに視線を送る。

 帰ってきたのは笑顔だけであったが、俺には分かる。


 俺が何とかしろってことですか……!?

 いやいや無理だって! 眼だけ笑わずにガンを飛ばしあってる二人を何とか出来るわけないですよ!

 

「ふふ」

「――!」


 今度は音が鳴るほど強く蹴られた! 暴力! これ暴力だ!

 手を高らかに上げて抗議を申し立てたいけど、残念ながらそんな勇気は無いのだ。

 くそ、やるしかないのか!


「あー、その。なんですか、海の家今日も混みそうだな!」

「「醤油は?」」


 俺は台所にある予備の醤油を泣きながら取りに向かった。

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