第20話 服を買いに①
普段は使わない路線に乗ると、だんだん窓から見える景色が見慣れないものに変わってゆく。
街に活気が増えていくにつれ電車に乗る人も多くなるが、本数があるからかおしくらまんじゅうになることはない。さすが都会。
そんなこんなで見慣れた街を飛び出して右も左もわからぬ遠い街へ到着した俺は。
「もうオシャレな気がする」
原宿駅に足を踏み入れていた。
「まだ駅出てないのになによそれ。てか十分くらい待たされたわよ」
「まだ集合時間前だから許してくれ」
後ろから声をかけてきたのは今日の頼みの綱である恋伊瑞だ。
今日はパンツスタイルなようで、デニム生地の短パンに軽そうなTシャツという夏コーデといった感じで似合っている。
そんな彼女は出会うなり俺をジロジロ見ると。
「洋服前回と一緒じゃない……。本当に洋服持ってないのね……」
「申し訳ないです」
まさか映画行った時の服を覚えられているとは。恋伊瑞の言う通り、上から下まで前回と全く同じである。だってこれしか無いんだもん!
「まぁいいわ。そのために原宿まで来たんだしね。そういえば相馬はもうお昼食べた?」
「いやまだ食べてないな。どっか行くか?」
時刻は十二時を回ったところだ。夏休みのお昼時とかどこもかしこも人で溢れている気がするが、多少待つくらいならば苦ではない。
「うん。私行きたいところあるのよねー! 相馬がいるなら絶対行こうって思ってたところ!」
その笑顔は照り付ける真夏の太陽よりも眩しく、思わず目を背けてしまった。
だからきっと、この暑さも夏のせいに違いない。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「行きたいところってマックかよ……」
恋伊瑞に連れられて来た場所は全国展開しまくっている学生の味方、マクドナルドだった。
原宿にまで来てマックってどうなのかしら。いや、変にお洒落な喫茶店とか連れていかれるより全然マシなんだけどさ。
「てゆうか、ラーメンに続いてマックまで来た事ないとか言い出さないよな……?」
「来た事くらいあるわよ! 中学の時に霞と杏奈と一回だけ……、ってなによその顔は!」
「悪い、驚きを隠せなかった」
「あんただってスタバ行ったことないくせに! 頼み方わかんないくせに!」
「お次でお待ちのお客様どうぞー」
そんなことを言い合っていると、店員さんに呼ばれる。
一番先頭にいるのは恋伊瑞だ。なのに動こうとしない。
「呼んでるぞ?」
「……一緒に来て、頼み方わかんないから」
「……はい」
そんな顔で言われたら断れるわけがない。
二人でレジへ行くと、広げてあるメニューを見ながら。
「どれ注文したいんだ?」
「これ」
「セットでいいか?」
「相馬と同じのでいいわ」
「了解」
なにこれ恥ずかしい!
店員さんが優しい目で見つめてくるのが更に拍車をかけてる!
恋伊瑞も頬赤らめて下向いちゃったし、お前あれか。初めての店とか一人で行けないタイプだろ。
「テリヤキのセットを二つ。サイドはポテト、ドリンクはコーラとアイスティーでお願いします」
「かしこまりました~」
なんとか注文をしそれぞれが品物を受け取った。
店内を見渡すと、タイミングよく席が空いたので即座に確保。これで一息つける。
「相馬ありがとね。その、アイスティーにしてくれたり」
「まぁいつも紅茶飲んでるし」
そして二人して飲み物を一口。乾いた喉に炭酸がよく染みる。
「って違う違う。やり切った雰囲気になったけど本題はこれからだ」
「安心して、お店はもう決めてあるし。後は服を選んで買うだけよ」
なんとも堂々とした態度だ。さすが原宿を指定しただけはある。最初近くのショッピングモールって言ったら全否定されたからね。
一つの不安要素はクリアした。後は残り一つの不安要素を恋伊瑞に相談しなければ。
「それはありがたいんだけどさ、財布に三万円しか入ってないんだけど足りますか……?」
俺は服に詳しくないが、お洒落な服に一万二万と目が飛び出るような金額が付いていることは知っている。知ってはいるが、俺の貯金を全部合わせても三万円しか用意できなかった。
そんな相談を受けて恋伊瑞は呆れる――ことはなく、ニヤリと笑う。
「想定済みよ。あんたが大金用意できるわけないもんね」
「マジで!?」
「マジよ。学生向けの安くてお洒落なお店があるから、これ食べたら行くわよ!」
「本当に助かる」
そんな夢のような店があるのか。少し不安だが恋伊瑞の案内なら間違いないだろう。
「私も一つ聞きたいんだけどさ」
「うん?」
「あんた、椎名さんが来ること知ってたの?」
食べていたポテトを噛まずに飲み込んでしまった。
恋伊瑞は笑うでも怒るでもなく、ただ淡々と聞いてきた。
「知らなかったよ。グループを見て初めて知った」
「ふーん。じゃあ洋服を買おうと思ったのも、椎名さんがいること知ったから?」
「え? いや普通に着ていくのなかったし、ダサいとか思われたくないじゃん……」
情けないと思いつつも、服選びを手伝ってもらう時点で遅いので正直に話す。
「ふ、あははは! なにそれ、ダサすぎる理由ね!」
「悪かったな! だから本当に頼むぞ!」
「はいはい」
何がおかしかったのか急に笑い出す恋伊瑞。
恥を隠すために無理やり嚙みついたハンバーガーの味は、なぜかいつもより美味しく感じた。
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