第9話 熱さの冷まし方

 午前中の授業を船を漕ぎながら乗り切るとお昼休みを開始するチャイムが鳴った。

 教室からは購買に走るクラスメイトが合図したように出ていき、お昼を持参している者はゆっくりと席を立つ。

 俺の前の席に座っている斎藤も後者らしくお昼を持参している。一緒にお昼を食べたことはないのでどんなお弁当なのか知らないが、クラスの男子と集まって教室で食べているのがいつもの光景だった。

 「だった」ということはいつもとは違うということであり、斎藤はお弁当を持つと教室を出ようとする。


「おーい、今日はここで食べないのか?」

「体育祭実行委員の会議があるんだよ。と、遅れそうだし行ってくるなー」


 斎藤と工藤君の会話を聞いて納得がいった。

 斎藤は我がクラスの体育祭実行委員で、先日の「百メートル走」「障害物競走」「一年対抗リレー」に出場する選手決めHRでも進行役を務めていた。

 俺には縁のないものだったので真剣には聞いていなかったが、斎藤が障害物競争、恋伊瑞が百メートル走に出場することは知っている。しかも二人は他者指名。

 ちなみに俺は全員出場種目以外に出番はありません。住んでる世界が違いすぎて泣きたい。


 まぁそんなこんなで、体育祭は来週に迫っている。


「はぁ」


 溜息を吐くと幸せが逃げるらしいが今の俺に逃げるほどの幸せはあるのだろうか。

 そんな大層なことを考えながら、最近昼食を教室で食べなくなった俺は廊下を歩く。

 着実にエリートボッチの道を辿ってるなぁ。


「結局ここに来ちゃうし」


 少なくとも幸せな思い出はない寂れたベンチ。驚くほどに人の気配がない。

 通学途中にコンビニで買っておいたソーセージパンの袋を開け齧り付こうとした瞬間。


「わー、この自販機終わってんじゃん」


 コンポタの種類に置いては世界一かもしれない自販機に嫌な顔を浮かべながら缶コーヒーを購入した人物は俺の横に座った。


「ね。そう思わない?」

「思うけど……。えっと……」


 ホワイトカラーにされているその髪は腰まで届き、近くで見ると少し青みがかっている。派手な見た目なのに、おっとりとした印象を与える整った顔立ちだからこそ、どこか地雷系を彷彿とさせる。黒マスクとか似合いそう。てか絶対似合う。


 そんな恋伊瑞のギャル友達の一人がこんな場所に現れた。


白波霞しらなみかすみね。相馬君」


 俺が名前を憶えていないのがバレていたらしい。

 足を組みながら缶コーヒーを開けた白波さんはそれを一口飲む。

 短いスカートで足を組んだので中が見えそうになったが、唇を噛みしめて目をそらした俺を褒めてほしい。


「てか相馬君いつもここで食べてるの?」

「最近はね」

「教室で食べればよくない? ここ遠いし」


 その言葉は胸を刺す。

 それが出来ないからここにいるんだよ。察してほしい。


「ふふ」


 おい、こいつ笑ったぞ。絶対わかって言ってる。


「で、なんでここにいるんだ?」

「んー、まぁ話があったからだよ。てか話を聞きたかったからかなー」

「話って」

「小和のこと」


 まぁそうだよな。

 白波さんがこのタイミングで俺に聞きたいことなんて恋伊瑞のこと以外考えられない。


「先週ここで小和とお昼食べたでしょ?」

「知ってたのか?」

「たまたま見ちゃっただけだけどね」


 先週ということは、俺が恋伊瑞に励まされたあの日のことだ。


「最近なんか悩んでるなーって思ってたんだけどさ。君とお昼を食べた日は、なんか嬉しそうに帰ってきたんだよ」

「嬉しそうにって」

「小和ってああ見えて男子への警戒心めちゃくちゃ高いんだよね。だから二人でご飯食べるなんて彼氏かとも思ったけど、そんな感じもしないし。相手は相馬君だしね」

「そうだけど、なんか棘があるな」


 しかもニヤニヤしているので絶対わかって言っている。


「まぁ嬉しそうにしてるしなんでもいっかって思ってたんだよ」

「うん」

「でも、昨日は目を腫らして帰ってきた」

「……」


 俺は何も言えずに黙ってしまう。

 沈黙をしたことで俺が関わっていると確信したのか、白波さんは足を組み直して口を開く。


「わたしと杏奈と小和ってさ、中学の時から仲良いのね」

「付き合い長いんだな」

「うん。それでね、小和って本当にキツイ時は全部ため込んで平気な振りするんだよ。大丈夫って言って」

「……みたいだな」

「でも、君の前では泣いたんでしょ?」

「……は?」


 その言葉に一瞬心臓が揺れたが、すぐに冷静になる。


「俺が泣かせたんだからそりゃそうだよ。……俺が、泣かせるまで怒らせた」

「それだよ」


 綺麗にネイルされた爪で俺を指差す。


「小和が泣くほど本気で感情をぶつける相手なんてわたしは知らないよ。例えそれが君の言うように怒りだったとしてもね」

「……そんなことないでしょ」

「あるねー。わたしたちにも見せないもん。わたしたちが心配しちゃうのわかってるから絶対にね」


 白波さんの言うようにそうなのだとしても、それは俺と恋伊瑞が悩みを共有していたからにすぎない。

 それ以上でも以下でもない。たったそれだけの関係。

 彼女は缶コーヒーを一気に胃へ流し込み空き缶となったそれをゴミ箱に捨てると。


「ありがと、もう行くねー」

「聞きたいことはもう終わったの?」

「小和が何に悩んでるのかとか他にもあったけどまぁもういいかな。あ、でも君と話して聞きたいことがもう一つできた」

「なに?」


 俺はその眼差しを真っ向から受け止めることはできなかったが、耳だけは彼女の方へ傾ける。


「君は小和に対して何で酷いことを言っちゃったの? 簡単にそんなこと言うタイプには見えないけど」

「それは……」


 その質問に黙ってしまう。

 あの時俺は感情に任せて思ったことを言ってしまった。でも、それを何故かと聞かれると……。


「ムカついたから」

「直球だねー」


 それ以外言葉が思いつかない。

 昨日の俺は頭に血が上り、思ったことを口に出してしまっていた。


 じゃあなんでムカついたんだ?


 あいつが全部自分の責任だと受け入れたからか? 辛い気持ちを押し殺して一人で抱え込んだからか?

 どれも違う気がする。あの時俺は恋伊瑞のことなんて考えていなかった。もし彼女の心情を考えていたらあんな言葉は出てこないはずだ。


 俺が苛立った理由は――


「そういうことか……。本当に自分のことしか考えてなかったんだなぁ俺」

「?」


 疑問に対する答えが見つかり、それに辟易してしまう。

 そんな俺の様子は傍目からみたら不審だったらしく白波さんが不思議なものを伺うように首を傾げた。


「よくわかんないけどまぁいいや。小和には君がいるってわかったからね。じゃあねー」


 そういうと、俺の返事なんて待つことなく去っていってしまう。

 なんというか掴めない人だったな。

 ただ恋伊瑞のことを大切にしていることは伝わった。


「でもごめん」


 これから俺がやろうとしていることはきっと誰も幸せにならない。

 恋伊瑞の気持ちなんて考えていないし、白波さんには恨まれるだろう。完全に自分本位で独善的な思考だ。

 だからこれは自分のための行動であり、決して誰かを思っての行動などではない。


 色々と考えている内に授業の終わるチャイムが鳴った。午後の授業をまるまるサボってしまった訳だが、そんなことを気にせずに廊下を走る。

 そして自分の教室に入り、目的の人物に声をかけた。


「斎藤、頼みがある」

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