第7話 約束
「「お、面白かった……!」」
エンドロールまでしっかりと鑑賞し、人の波に攫われるように映画館を出た俺たちは、二人して同じ言葉を口から出す。
ネットで話題なるだけあって、そのストーリーは最高の二文字だった。学生である主人公とヒロインが共に困難を乗り越えていく過程で紡がれる恋模様が晴れやかであり、切なくもあり、なによりも美しかった。
それこそ俺の人生の中で、一番二番を争う映画だった。
映画開始直前は周りがカップルだらけで肩身が狭く、少しの殺意すら覚えていたが、話が進むにつれそんなことはどうでもよくなって、というよりも頭の中が映画のことで一杯になってしまったほどだ。
「あー、私もあんな青春送りたかった……」
「それなぁ」
青春胸キュン映画ということもあり、それはもうふんだんに「壁ドン」や「顎クイ」「頭ポンポン」といったシーンが使われている。
そんなシーンが訪れる度に恋伊瑞は「はぁ」やら「わぁ」やら、口を押さえて潤んだ瞳でスクリーンを見つめていた。
派手な見た目でそんな乙女みたいな反応をされると、隣にいる俺は気が気じゃない。正直、滅茶苦茶可愛かった。「これがギャップ萌えってことなのか……」とか考えてしまう始末。意外と乙女趣味なのか。
あぁでも、人生初彼氏だったって言ってたし、考えてみれば意外ではないのか。
わかるわかる。最初は恋に恋をしちゃうよな。ソースは俺。
そしてそうだと知りながら、いまだに恋に恋している俺には救いが無い。
失恋日から約一週間くらい。恋伊瑞と前を向くと約束をしたが、今椎名さんのことを思い出してしまうのは仕方のないことだろう。
映画のように感動的なシュチュエーションは起こらないにしても、椎名さんと普通の青春を送れる可能性はあったのだから。
タイトル『世界一の恋』。この作者は俺とは違い、キラキラした青春を謳歌しているんだろうな。
「この後どうするの? 特に予定がないならスタバいかない? 期間限定のブラックストロベリーラブスウィートスプリングフラペチーノがあるのよ」
「それはいいけど。え、なんて?」
「そ、じゃあ行きましょ! スタバって二階だったわよね」
そう言うと、エスカレーターに乗って下の階に行ってしまう。
「あ、おい待てって!」
俺は恋伊瑞の姿を見失わないように後を追った。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「俺スタバ来るの初めてなんだけど」
「は? マジで言ってるの?」
「いやマジだけど」
「えーこわ」
そこそこな行列に並びながら、なんとなしに話し始めたら思いっきり引かれた。
てか怖いってなんだよ。
店内を見てみると、ノートパソコンで仕事をしてるみたいな顔をして動画を見ている男性や、数ミリ単位でスマホの位置を調整しながら写真を何枚も撮っている女子高生など、人が沢山入っていて席は満席だった。
もともと俺たちは店内に居座るつもりは無かったのでそれはいいのだが、いかんせん人の多さには眩暈がする。
パッと見た感じ若い女子が多いけど、これはあれか? 恋伊瑞が言っていた期間限定の商品目当てなのか?
「あぁそうだ。ここは俺が奢るから」
「は? なんで?」
「いや、映画のチケットくれたし」
「だからそれはいいって説明したじゃん! しつこいわよ」
「俺が払うのは映画代じゃなくてスタバ代だし、お返しだから。映画面白かったからな」
「そんな屁理屈みたいな……。はぁ、もういいわよ。ありがと」
「こちらこそ」
期間限定商品は税込み九百円ちょっと。高校生の財布には痛い出費だが、悪い使い方ではないよな。
「でも頼み方分かんないから教えてくれ。なんか特殊なルールがあるんだろ?」
「一瞬かっこいいと思ったのが馬鹿みたいじゃないの。ないわよそんなルール、普通に頼むだけだからね」
そんなことを話していた時――
「マジで? それで告白されたの?」
「本当に佐久間はモテるよなぁ! 殺そうかな」
「やめろって。告白は断ったし、今フリーだからお前らと遊んでるんだろ?」
いやでも目立つその顔立ちとスタイルは、男子三人で歩いているにも関わらず、誰もがその男に目が引き付けられる。
恋伊瑞の元カレである佐久間光輝は、部活帰りなのか制服姿で歩いていた。
俺たちの通う高校から二駅で来ることができる場所なので、同じ高校の奴らに会うのは不思議なことではないにしても、よりにもよってそれが佐久間とは最悪すぎる。
俺と同じタイミングで佐久間に気が付いた恋伊瑞は、顔を伏せながら俺の陰に隠れた。
「そ、相馬……」
「わかってる」
今にも消えてしまいそうな声量で名前を呼ばれた俺は、恋伊瑞が佐久間の視界に入らないように壁になった。
悲しいことに俺は学校で有名人ではない。もっというとクラスでも俺の名前を知っている人のほうが少ないだろう。つまり、佐久間が俺のことを知っている可能性はゼロに等しい。
狙いは当たったようで、佐久間を含む三人組は俺のことなど一瞥もせずに通り過ぎた。
しかし、ほっとしたのもつかの間。その三人はスタパの列に並びだしたのだ。
そして俺はこの時のことを後悔する。
なんでもっと早く、この場から恋伊瑞を連れて離れなかったのかと。
「そういえば佐久間って最近彼女できたって言ってたよな。どうなったん?」
背中がゾワリとした。
佐久間の取り巻きである坊主頭が、今一番触れてほしくない話題を話し出す。
「あー、別れたよ。ついこの間に」
「早っ! 可愛いって言ってたのになんで別れたの?」
「いや、なんかビッチって噂で聞いたから。無理でしょ、ビッチとか」
――は?
意味が分からなかった。だが、今俺が考えるべきはそんなことじゃない。
俺が聞こえたということは、隣にいた恋伊瑞にも聞こえてしまっているのだから。
その瞬間に、恋伊瑞は列を抜けて走り出してしまった。
「あ、こい――」
恋伊瑞! とは呼べなかった。俺が名前を呼んでしまったら気づかれてしまう。
俺は無言で追いかけるしかなかった。
彼女を追って人をかき分けながら走り、駅前でやっと追いつくことに成功する。
追いついたというよりは、止まっていた恋伊瑞にたどり着いただけだけど。いや、こいつ足速いよ……。
「はぁはぁ……。おい、恋伊瑞!」
「……ごめんね相馬」
「いや、謝られるようなこと何にもないけど」
「ほら、奢ってくれるって言ったのに無しにしちゃって。あと、今日こんなことに付き合わせちゃって」
「それは全然いいよ。それよりも、その、大丈夫か?」
「うん! 平気よ、平気。大丈夫!」
それは酷いくらいに、こっちが泣きそうになるくらいの、作り笑顔だった。
「……恋伊瑞」
言いたいことは沢山ある。でも、俺が言ったところで何が変わるんだ。むしろ恋伊瑞を傷つけるだけかもしれない。
「え、あはは。なに暗い顔してんの? 私は平気よ! もう振られてるし、あんたと泣かないって約束もしたしね!」
「そ、そうか……そうだな……」
「そうよ! あはは。はは……」
あぁ、なんで俺は。
「はは……。約束、したんだけどな……」
なんで俺は、恋伊瑞を笑わせることすら出来ないのだろうか。
「……ごめんね、相馬。約束、破っちゃって……」
その言葉に何も言えず、その涙を止めることすら出来ずに。
恋伊瑞が駅に向かって走る姿を見ていることしかできなかった。
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