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チャイムン

1.婚約者籤に外れた娘

 わたくし、フローレンスは「婚約者籤に外れた娘」と陰で呼ばれている。


 その日は迎えの馬車が遅れる知らせを受けて、学院の待合室に座っていた。


「先日のデートでこれを買っていただいたの」

 サマンサ・オーウェン伯爵令嬢が嬉しそうに、手首の銀のブレスレットを見せてくる。銀の繊細な細工の美しいブレスレットだ。

「まあ、ステキ。わたくしはね、このロケットを。もちろん、ジュリアス様の肖像画を入れてますわ」

 エヴァンジェリン・ボルドー伯爵令嬢のネックレスは、金の細いチェーンに花の意匠の卵型のロケットだ。可憐な容貌のエヴァンジェリン嬢によく似合っている。

「わたくしは建国祭のドレスを、今度一緒に作りに行きますのよ。ケント様は赤がいいとおっしゃっているのだけど、派手じゃないかしら?」

 とナタリア・サティー侯爵令嬢。

「きっとお似合いになるわ。わたくしは緑と黄色のどちらがいいか迷っていますの」

 とナイア・スコッティ侯爵令嬢。

「あら、建国祭のドレスは皆さん、もちろん婚約者がプレゼントしてくださるのでしょう。してくれなかったら恥ずかしいですわ」

 少しだけ皮肉っぽくサンドラ・エドウィン伯爵令嬢が言う。


 わたくし達はお年頃。あと半年足らずでアイビー女子精華学校を卒業する。この学校は良妻賢母を育成する、いわゆる花嫁修業のための学校なのだ。

 ここを卒業すれば、一流の花嫁修業をした太鼓判を押されたも同然だ。


 そして当然ここに通う者は婚約者がいるし、卒業すれば数年以内に結婚する。


 だから、この時期は婚約者が何をプレゼントしてくれたとか、婚約者が何を言ったとか何をしたとか、婚約者とどこへ行って何をしたとか、もう自慢のバトルが花咲くのだ。

 バッチバチのマウント合戦が火花を散らす。


 そういうわたくし、フローレンス・ブルースターもその一人だ。

 わたくしの家は侯爵家。同格のステイス侯爵家の長男、ランディ様と卒業の一か月後に結婚式を挙げる予定だ。

 今は冬季休暇直前。

 冬季休暇に入ってすぐに、この国の建国祭が催される。


 建国祭は華やかな行事で埋め尽くされている。

 夜会やお茶会はもちろん、自分の婚約者を自慢できる剣術大会や馬術大会や体術大会も催される。

 わたくし達女性陣は、婚約者自慢はもちろん、夜会でのドレスや装飾品を始め、昼間の催しの時に着用する防寒具までが自慢の対象になる。


 身に着ける物は、自分の家が自分にいかに厚く遇しているかを物語っているし、それが婚約者からのプレゼントならばなお自慢の対象となるし、自分自身の評価の対象でもある。


 三回ある夜会のドレスのうち最低一着は、婚約者がプレゼントしてくれたものでないと面目は潰れてしまうくらい重要だ。

 他の細々した装飾品も、自分の婚約者の格を語るものになってしまうのだ。


 わたくし達、お年頃ですもの。結婚を控えているのですもの。

 当然の心理ですわ。


「ねえ、フローレンス様」

 笑を含んでアランナ・マゴール侯爵令嬢が、わたくしに話を向ける。

「フローレンス様のそのブレスレットは、婚約者様からの贈り物ですの?とっても個性的ですわね」


 その途端、くすくすと笑い声が起こる。


「ええ、そうですわ」

 わたくしはにっこり笑って答える。

 ランディ様が贈ってくださったこのブレスレットを、皆様が笑っているのはわかっている。

 はいはい、わかりますわ。だってねえ、ちょっと見ないデザインですものね。


 色とりどりの球体の連なったカラフルな彩に、一際目を引くチャームはおどけた道化師の細工ですもの。


「その婚約指輪も個性的ですわね。普通はもっと透明度が高くて大きな石が使われますのに」

 唇の端を上げつつも、笑いを堪えるようにサンドラ様が言う。


 そうですわね。

 わたくしの指にはまった婚約指輪は、どんよりと曇った空模様のような色合いの不透明な石ですもの。大きさも控え目だ。

 皆様が大きく透明な宝石を、煌びやかに小さな石で囲まれた細工の婚約指輪をはめているなかで、わたくしの婚約指輪は異彩を放つかもしれない。


「確か、その黒い蝶々のチョーカーも婚約者様からの贈り物でしたわよね。いつも身に着けていらっしゃるけれど、お気に召していらっしゃるのね」

 アランナ様があからさまに笑いながら言う。

「ランディ様がくださったものですもの」

「そんな小さな、しかも黒い蝶々のモチーフなんて、ちょっと不吉じゃございませんこと?」

 アランナ様の言葉に、再びくすくす笑いが細波のように広がる。

「ランディ・ステイス様は、個性的な審美眼をお持ちですのね。そう言えば…」

 ナイア様が挑戦的に言う。

「今日、お召しのあの灰色の外套も婚約者様が?」

「ええ。先日買ってくださいましたの」

 再び皆様がくすくす笑う。


「フローレンス様は学校一、いえ、王都一の美女と名高い方ですのに、婚約者様は美しい花をつまらない土器の花瓶に入れるようなことをなさるのね」

 ナタリア様が険のある言い方をする。

「金の髪に葡萄のような緑色の瞳、百合のようなしなやかな体つき。年頃の王子が居たらそのお相手に望んだのにと言われるほどの美姫のフローレンス様なのに、婚約者様の籤には外れましたのね」

 くすくす笑いながら、優越感が見えるような目つきでナイア様が言う。

 確かにナイア様の婚約者のウィルソン侯爵令息は、美丈夫と言われる方だ。


「あの眼鏡をおやめになれはよろしいのに」

 とエヴァンジェリン様。

「目がお悪いから仕方がありませんわ」

 わたくしは受け流す。

「何かの研究をなさっているのよね?お話は合いますの?ご理解できていらっしゃる?」

 とサンドラ様。

「時々、何を言っているかわかりませんわ。ヨウリョクとかクウキテイコウとか」

 わたくしは笑った。

 皆様もくすくす笑いどころか、どっとい笑い崩れた。


「フローレンス様、お迎えの馬車が到着しました」

 ちょうどその時、学校のメイドが迎えの到着を告げた。

「では皆様、ごきげんよう」

 わたくしはにこやかに別れを告げた。


 その後ろを追うように、声も潜めずにわたくしの婚約者の評価が聞こえた。

「あのもっさりとした体つき」

「まるで熊ですわね」

「いつも乱れた髪」

「分厚い眼鏡」

「なによりもあのセンス」

 笑い声は長くわたくしを追ってきた。

 わたくしもくすくす笑った。

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