2 アシュリー = オルブライトは、ついに目覚める(アシュリー視点)
第2話
「アシュリー、いま暇? 暇だよね? 見てほしい物があるんだ」
「暇じゃなーい。お前が俺に寄越した仕事が盛りだくさんでーす」
「なら、いったん休憩しようよ。君、働きすぎだしさ」
「いやだから。これ、お前が俺に寄越してる仕事なんですって。城下の整備やら国境付近の整備やら、どのタイミングでどれぐらいの作業員が必要か、担当者に書類出さないとなんだってば」
「うん、ごめんね? だからこれ見て?」
「聞きなさいよ、人の話を……」
俺の執務室へ友だちん
「何これ」
「お見合い用の肖像画、縮小版。この
「あー、いいねー、綺麗よねー」
「この
「わー、すごいすごーい、超びじーん」
言いながら肖像画の上に持っていた資料を置こうとしたら、アレクの手で制された。
「国王権限を最大限活用して君のお見合い相手を探したっていうのに、それはあんまりじゃない?」
「権限の使い道、だいぶ間違えてね?」
「間違えてないし、普段使わないんだからいいの。あと、君だからこそ使いたいんだ」
改めて、しゅぱぱっ! と並べられた肖像画。
「そんなさぁ、カードを広げるみたいに並べられてもー」
「見やすいようにしてあげてるんだよ。分かったら順に見ていって」
「順番にねえ……」
仕方なしに肖像画を一枚、また手に取る。
「今回は五人もいるんだ。会ってもいいと思う
「確かにどの子も綺麗だし、可愛いけどさー。何度も言ってんでしょ? 俺、結婚とか興味なーい」
「何が気に入らないの」
「だってこの子たち、俺と対等に戦えないもん」
「この国に、君と対等に戦える男もいないよ」
「そんじゃこの話はこれでお終い」
「なら質問を変えよう。どういう
「裁縫だとかダンスが上手な子より、剣の腕が立つ強い子が好き」
「君の好みをとやかく言うつもりはないけど、そういう子は違う意味で探すのが――あ! だったら、女性限定の武闘大会を開くのはどう!? 競技場使っていいから、大々的に!」
「だーかーらっ。権力の無駄遣いはやめましょーよってば。あと、お金の無駄遣いもやめてー」
「税金使うつもりはないし、お客さんも入れて、入場料を貰えばいいんじゃないかな。競技場内外でも、屋台を出してさ。集客数も望めるし、優勝者は君の伴侶になれるとなれば、すごい騒ぎになるよ!」
「超名案とか思ってるんでしょうが、それ、国を挙げてのお祭りになってんじゃん。俺の人生、祭りの結果で決めるのは勘弁してー」
「じゃあどうすればいいのさ!」
「なんで逆ギレ!? 俺の人生だって言ってんでしょうよ!?」
「だって君は僕の大事な右腕であり頭脳であり、誰よりも信用してる騎士団長であり、幼馴染のお兄ちゃんなんだよ? 今すぐ引退されたら困るけど、幸せな結婚生活を送ってほしいんだ。ずっと、苦労をかけっぱなしだし……」
「そこで、年下の幼馴染っぽいところを出されてもー……」
「だって……」
不意に、アレクが神妙な面持ちになる。
「僕の望みに付き合わせたせいで、おじさん……君の父親も――」
「あ、そういうのはなしにして。親父も俺も、アレクの考えに賛同しての現状ってやつなんだし、そこはぶり返さないでちょーだいよ?」
「……とにかく。僕は君に、一般的な幸せもあげたいんだ。それには伴侶を見つけるのが一番でしょう?」
「そりゃどうもっつーか、そんならこっちも言わせてもらいますがっ。俺だって、お前の相手を見つけてからじゃなきゃ結婚出来ませんて! だいたい国王より先に結婚してる騎士団長とか、ありえませんて!」
「そこは年功序列で! 君、その可愛い見た目で忘れられがちだけど、もう28だよ!? 世間一般的には、子供が数人いたっておかしくない年齢だよ!?」
「童顔なのはそっちもでしょうが! ていうか俺の伴侶探しで国民の自分への興味をそらそうとか、せこいことしないでくれますー!? どー考えても、国王の伴侶探しのほうが俺より重要事項ですから!」
ビシッ! と鼻先に指を突きつければ、アレクが軽くのけぞった。
「お前もその顔使って、恋人のひとりやふたり、今すぐ作って来なさいよ! もしくは自分でいい
「どっ、童貞とかは関係ない! それ言うなら、アシュリーだって月光を集めたふわふわな金の髪に、
「これまでの人生で、そこまで願う女の子に出会えてなくてね!」
「僕にだって好みはあるし顔で選ばれても嫌だし、貴族の気位ばっかり高い女性は嫌だ!」
「はい来た本音! 話はこれで終了! 分かったら出かける準備する! 国王陛下直々の本日の見回りは、山側にするって言ってたじゃんっ。いい加減行かないとでしょー?」
脇に立てかけておいた剣を腰に下げれば、アレクも渋々と頷く。
「分かった。けどね? 僕としては本当に、君に伴侶を作ってほしいんだ。それは忘れないで」
「心に留めてはおきますよー」
いやまあね。アレクの言い分も理解は出来るのよ。
この国の、初婚の平均年齢から俺はずいぶんと経っちゃってるし。奥さんがいれば、何かと助かる身分なのもさ。
(でもねぇ……。伴侶に関しては、マジで俺より先にアレクでしょ)
アレクはもう、俺と初めて出会った頃とは違う。何も出来ずに悔しがっていた、小さな背中じゃない。
「あの小さかったアレクが立派になって」と感動するぐらい、美丈夫な青年に育ってくれた。
(アレクこそ伴侶を見つければ、国民が望む完璧な国王陛下なのにね)
グーベルク国国王陛下「アレクセイ = チューヒン」は、王家筋である「チューヒン家」のひとり息子だ。
とはいえ、一応、かろうじて王家の血筋が流れていますっていう程度で、王位継承権の序列順位で言えば、末席も末席。
普通なら国王になれるはずもなく、彼の両親も王位に興味のない、平民と同等の思考を持つ素朴で優しい夫婦だった。
(国王の親だっていうのに、今も田舎で質素に暮らしてるもんなぁ。そういうのも、アレクの人気が高くなる要素か)
前国王までのこの国がひどすぎた分、アレクへの期待が高いのは仕方ない。
(ま、
俺たちが、まだ年端もいかない頃。前国王が病気になり、余命幾ばくもないとなった時。実権を握り我が物顔で国と民を使役していた貴族や大臣たちは、次代も自分たちの意のままに操れる国王をと画策。
そこで、まだ幼かったアレクに白羽の矢が立った。早いうちから城で生活させ、ある程度不自由なくさせておけばこれまでどおり問題ないと考えたわけだが、結局、これが貴族にとっての大誤算。
(隠してただけで、アレクって小さい頃から頭良かったんだよね。年下なのに、俺と同じレベルの問題解いちゃった時あったもん)
そんな俺は「オルブライト家」という、武術に秀でた一家のひとり息子。とくにじーさんが、剣を使った接近戦を得意とする人だった。
彼が有名になったきっかけは、祖国の王が森で敵襲を受けたところを、たったひとりで最後まで守ったからだ。その強さに国王も感心し感謝もし、近衛府の地位を与えられてからというもの。じーさんの強さを聞きつけ、弟子入りする者たちが後を絶たず。
そういう弟子の中からも腕前を買われ、各国で「御親兵長」「親衛隊長」「近衛師団長」に選ばれるようになり。
貴族や、果ては国王までもが「オルブライト家の免許皆伝を受けた者を雇えば、寿命が百年伸びる」と口々に言い出し、黄金を積み上げてでも自分の命を守ってもらおうと雇いたがるほどとなった。
その本家血筋である俺の親父は、アレクが王位継承権のトップに躍り出た際チューヒン家に雇われた。家族で移り住んでからは、俺がアレクの子守役を受けたのが馴れ初めってやつ。
(俺からしてみれば育てやすい、いい子だったんだよね)
ただアレクは、周りの評価と実際の人物像がだいぶ違った。
周りの評価は、「あんなに大人しい本ばかり読むような子では、チューヒン家も彼の代で途絶えるのでは」って感じ。
俺の評価は「アレクって頭いいなー。あと、何気に剣の腕前すごくね? 将来有望、面白そうだし一生ついてくー!」みたいな?
だからふたりでよく、この国の未来について夜も遅くまで話をした。こうすればよくなる、ああすればよくなる。あの頃のそれは、俺たちにはまだ夢物語だったけれど。
(お馬鹿な貴族のみなさんのおかげで、大逆転ってね)
こっちが密かに準備してるなんてまったく気づいておらず、ほぼ計画通りに革命は始まった。
成人と同時に王位を継承した瞬間、アレクは豹変。俺も「
(つかこの二つ名、革命中だけかと思ったら、いまだに呼ばれてるんですけどー。仰々しくて嫌なんですけどー?)
「
ただ「
「世界が壊滅する時、この世を焼き尽くしてしまう大火が劫火でしょう? 君自身が、まるで炎のような勢いで駆け抜ける
(納得いかねー。アレクのほうが、俺よりよっぽどおっかないのにさ)
なにせあいつの二つ名は、「
ざっくり訳すと、「普段おとなしい奴ほど怒らせるとすっげー怖い」って感じなわけで。今も本気で憤怒すると俺ですらなだめるのに苦労するんだから、他の奴が抑えられるはずもない。
それでも国王となったアレクは、素晴らしい指導者だ。優しく、厳しく、この国を守ってる。
見回りだって騎士団員が毎日行っているのに、アレクは自分の目でも見たいと一ヶ月に数回、必ず城を出る。民の現状を直接目で見て、耳で聞こうと努めていた。
そんな彼のため、俺も騎士団長として存分手助けすると誓ったとはいえ。色々と苦労をかけたからって「僕が君の伴侶を見つけてあげる!」といった宣言は、大迷惑以外の何物でもない。
ま、こっちもほぼ同じ返しをしてるわけで、この牽制は今後も続きそうだな。
「ここからは馬では入れそうにないね」
「ぅんじゃ、歩いて奥まで行ってみますか」
たどり着いた山の中腹。見張り役の騎士団を数名その場に残し、残りの数名は一定の距離を保ってついてくるよう指示を出す。
そうして進みだした、整備されていない山道。アレクが邪魔な枝を剣で切り落としながら、心配の声をあげた。
「国境までのもともとあった
「国境付近の警護をしっかりさせてるし目撃情報も被害報告もないし、それに関しては心配ご無用──なんですが」
「ですが?」
「隣国さん、ここ数ヶ月、天候不順が続いてたらしいのよ。そのせいで向こうの山に住んでた猛獣……イノシシ、熊とかがこっちまで餌を取りに来てるのか、猟師からの目撃情報が急激に増えてる。十中八九、冬ごもり前にお腹を満たす必要があるからでしょうけどもー」
「国民が怪我したとか、何かしらの被害は」
「今のところ、なーんにも。ぅんでも時間の問題じゃね? てことで、不用意に国境側の森や山奥へ入り込まない。商売としての狩猟目的や山菜取りも、なるべくひとりでは入らないようにって、注意喚起はしたよ」
「さすがアシュリー。早めの対応、ありがとう」
さらに奥深くへ進んで行くと、聞こえてきた水音。
(川が近いな。水を飲みに来た獣の足跡を確認して――……ぅん? この音なんだ?)
背後のアレクと、さらに後ろにいる団員たちへ、手で「止まって」と合図を送る。
ふたりで少しだけ来た道を戻って、それでも小声で状況説明。
「なんかね、川の流れと違う水音が聞こえるのよ」
「獣じゃなくて?」
「獣が水浴びしてるとか魚を狩ってるにしては、逆に水音が小さい気もすんのよね」
「人間の可能性は」
「秋も始まったこの時期に? ……ま、ないとは言い切れないか。ぅんじゃ、アレクは団員たちとここにいて。まずは俺が確かめて来る」
「気をつけて。僕もこのまま、
「はいはーい」
枝を踏んで音を立てないよう、注意して進み。
茂みや木々の影を見て、向こう側から隠れる場所に身を潜め目にした光景に、度肝を抜かれる。
(マジかっ。山奥とはいえ女の子がひとりで水浴びとか、すんごい度胸だなぁ……)
川の中でしゃがんでるし、こっちに背を向けているから顔までは分からない。
裸ではないにしても、タンクトップと下半身も下着のみで体を洗うってのは、普通なら「馬鹿じゃね?」とかさ、呆れるんだけどね。
そうならないのは、ちゃんと理由があった。
(背中に剣を背負ったままだし、腕に覚えありってとこか。しかも、だいぶ用心深いとみたね)
焚き火の準備はしていても、先に火を点けていない。煙や匂いで、人がいると周囲へ知らせない配慮だと思われた。
(体つきも、いい具合に筋肉質で――……お?)
長い髪を洗っていた彼女が、ちゃんと立って気づく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます