第11話 精神感応

「……ミア、どうにかならないかな?」

「そうねぇ、あの子が居ればいいんだけど、あっ」

「どうしたんですかぁ?」


 ひょっこり現れたのは、艶やかな黒髪をショートボブにした可愛らしい女の子。服装からして魔法省の職員だろうか? 清楚で真面目そうなルックスは、一目見ただけで好感が持てるものだった。


「おお、リゼットじゃないか! よく来たのう、何の用じゃ?」

「マルタン様のお手伝いをするよう、上から言われまして―」

「そうかそうか。どれ、お菓子をあげよう」

「わぁい、ありがとうございますマルタン様」


 まるでお爺さんと孫のようなやり取りに、場の空気が一気に和んだ。頭を撫でられて嬉しそうに笑う女の子を見て目を細める姿は、さっきまで聖女様にすごい剣幕で食って掛かっていた姿とは全く別の顔を見せていた。


「で、では、案内させていただきますマルタン様。こちらへどうそ」

「うむうむ、じゃ行こうかリゼット」

「マルタン様はお先にどうぞ。私は特級魔法使いであるマルタン様の素晴らしさを聖女様たちにしっかりとお伝えしてから行きますので」

「ふふ、ほどほどにするんじゃぞ」


 タイミングを見計らい声をかけた男性職員に連れられ、マルタン様が上機嫌で建物の中に入っていく。女性職員はぱたぱたとこちらに走ってくると、


「ありがとー、リゼットちゃん。助かったよ」

「そんな、お気になさらず」

「あっ、ミア。一階の会議室だからね」

「はいはーい」


 慌ただしく再び建物の中へ走っていった。若い職員の研修の一環なのだろうか? あの偏屈な老魔法使いの世話をするのはなかなか大変そうだった。随分フランクな感じだったが、ミアと仲が良いのだろうか? さすがミア、コミュ力高いなー。そんなことを気楽に考えていると、


「はい、どうぞ」

「?」


 リゼットと呼ばれていた女の子が、急に何かを差し出してきた。一体何だろうと見ると、それは先ほどマルタン様が彼女に渡したお菓子だった。


「いえ、それはマルタン様があなたにお贈りになったものですから――」

「いえいえ、どうぞ。私このお菓子あまり好きではないので」

「あっ、そうすか……」


 彼女の突き放したような冷たい口調に怖くなり、ついお菓子を受け取ってしまう。やけにいい笑顔なのが逆に怖いんだけど? 確かにお菓子も年寄りが子供の好みとか考えずに買ったような、微妙に若者が喜ばなそうな物だけどさぁ……。いや、っていうかさっきとキャラ違くない?


「いやぁ、助かったわリゼット。あのおじいさんしつこくてさぁ」

「まったく、魔法省の上もあなたたちも私を介護係か何かだと勘違いしてません?」


 清楚で真面目な感じの子だと思ったのだが、意外とつんけんした子でビビるわ。女の子って怖い……。


「それで、こちらの方は?」


 見慣れない顔を不審に思ったのか、リゼットがミアに尋ねる。いや、さっきお菓子貰ったんですけど? そう考えると、ゴミ箱みたいな扱いだったのかと気付いて震えた。


「ああ、紹介するわね。新しく聖女様のサポート役になった、ジャン・ルクレールよ」

「へぇ、あなたがあの二コラ様の秘蔵っ子の……、よろしくお願いしますね」

「よ、よろしく」


 さすがはおじさん、ここでも有名人らしい。いや、それはいいんだけど秘蔵っ子って何だ? 別に俺はおじさんみたいな超人じゃないぞ? そんな秘蔵されるほど勿体ぶった存在じゃないからな? 色々気になるところはあったがとりあえず無難に挨拶しようと差し出された手を取り、相手の瞳を見て――


「っ! レジスト!」


 間一髪のところで状態異常に抵抗する魔法を繰り出す。二人の中間で、ガラスを引っ搔くような硬質な音が弾けた。一歩後ろに飛び退き、リゼットと目を合わさないように気を付けながら、身体全体を視界に収めて警戒する。


「さすが、やりますねぇ。お見事です」

「……どういうつもりですか? 冗談でかけていいような魔法ではないはずですが?」


 彼女が使った魔法は精神感応系の魔法だった。しかも今のはそれを応用したもので、相手の精神を支配して操るような非常に危険な魔法だった。魔法にかかれば致命的なそれは、おじさんの訓練の中でも特に厳しく鍛えられ、相手の魔法を解析し効力を発揮する前に即座に抵抗することを反射的にできるまで身体に叩き込まれたものだ。あの訓練がなければ、もう心も身体も支配されていたのかと思うと冷や汗が止まらなかった。


 ミアとは親しい素振りだったが、実際は聖女様に敵対する勢力の者だろうか?  このまま距離を詰めて昏倒させるか、先に聖女様たちを守りつつ逃がすべきか? 要人を護衛するという経験がなく、どういう行動を取れば最善かわからず歯がゆい思いをしていると、リゼットがポケットから一枚の紙を取り出した。魔導具かと警戒するが、それは全く別のものだった。


「勘違いしないでくださいね、私は敵じゃありません。一種の試験ってやつです」

「ごめんねー、ジャン。こういうのは不意打ちでやらないと意味ないからさー」


 ミアが手を合わせて謝るのを見て戸惑いながらも紙を受け取ると、それは王と枢機卿の名前による命令書だった。いつどこでどのような魔法をかけるかが端的に書いてあり、釈然としないものはあったがとりあえず胸を撫で下ろした。


「王様や枢機卿様は認めてくださってるんだけど、やっぱり反対する人もいるみたいでね。仕方ないからこういう試験をすることになったみたい。あっ、もちろん私たちも認めてるからね」

「ごめんなさい……」

「お気になさらないでください、私のような若輩の新参者が信用されないのは当然のことですから」


 気まずそうにする聖女様を見て、逆に心苦しくなる。俺がもっとおじさんみたいにすごい人だったなら、聖女様にこんな表情をさせずに済んだのかと思うと自分が情けなくなった。


「ご謙遜を、私は本気で魔法をかけたのにあれだけ見事に防がれるとは思いませんでしたよ」

「リゼットは修道院時代の同期の友達でね、希少な精神感応系の上級魔法使いなの。他にも何人か国の機関に同期の友達が居るから、会ったらその子たちのことはよく覚えておいてね。魑魅魍魎ちみもうりょうの跋扈する政府の舞台裏で、必ず信頼できる味方が居るっていうのはとっても心強いことだから」

「なるほど……」


 確かに、敵か味方かわからない人間が多い中、絶対的に信頼できる味方が居るというのは聖女様を御守りするうえで大きいだろう。自分もよく心に留めておこうと噛みしめていると、再びリゼットに手を差し出された。


「では改めて、申し遅れましたがリゼット・ソレルです。これからよろしくお願いしますね」

「うっ……」


 敵ではないとわかってはいるものの、それでも警戒して相手の瞳を見ないように、手を握るのを躊躇している自分を見て、皆が笑った。一転して和やかな空気になり、気付けば俺も笑っていた。


「ジャン・ルクレールです、よろしくお願いします」

「おーい、リゼット! そろそろ終わったかのう? ワシの素晴らしさを全部教えていたら日が暮れてしまうから、そこら辺にしといておくれ!」

「もう、まったく面倒なおじいさんなんですから……。はーい、今行きまーす!」


 挨拶の余韻もないままに、建物の入り口で騒ぐマルタン様のところへ駆けていくリゼット。


「あの人のお世話するのはなかなか大変そうだな……」

「そうね、でもほら見て?」


 駆け寄ってきたリゼットの頭を、慈しむように撫でるマルタン様。頭を撫でられて少し伏せられた顔、本性を知っているだけに不服そうな顔でもしているのかと思ったが――、小さな子供のような屈託のない笑顔だった。


「亡くなったらしいけど、おじいちゃん子だったみたいよ。意外と満更でもないんじゃない?」


 性格キツそうだったけど、思ったよりもいい子かもしれないな。

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