第1話 赤い稲妻 ― 悪意の王①

「この街で一番の名医を紹介するよ」

「………………どういう腹積もりだ? ニャオ」


 得意げな糸目の猫人びょうじんの提案をいぶかしむコング。その巨体は不信感を明確にあらわにし、周囲の空気を重くする。


「恩でも売ってねずみとの抗争に手を貸せってんじゃないだろうな?」


 チンが鋭く睨みを利かせてニャオを牽制するとパンとジーもそれに続く。


「俺達はお前らを助けたりなんかしねえぞ!」

「鼠とのいざこざは勝手にやってろ! 俺たちは関係ねぇからな!」


 警戒心をあらわにする彼らを平然と眺めながら、口元から生えた白く太い触毛ひげを親指と人差し指でまみ、先端に向かって滑らせるように撫で付けるニャオ。


「そんなことは全く考えてないよ。これはただの親切心。いたいけな少女が傷つけば手を差し伸べる、誰だってやることだよ。やって当然のことをやろうとしてるだけ。僕が言ってることはそんなにおかしなことかなぁ?」


 疑いの眼差まなざしをモノともしない糸目の猫人は、白々しさが透ける台詞を並べながら完璧な微笑みを崩さない。


 腹黒い猫人の魂胆は分からないままだが、何かを企んでいることを確信するコング一味。


 そんな彼らがニャオに気を取られている最中さなか、ビットは斜めに身構えていたジーの死角から近付き、背負われたまま気を失うアムの瞼を人差し指と親指で広げて、瞳孔の様子を観察していた。


 瞳孔は小さな拡縮を繰り返しながら紫の光を弱々しく点滅させている。比売巫女ひめみこの力による後遺症だと当りが付くものの、自分の知らない未知の症状にビットは眉をひそめ、僅かに狼狽ろうばいの色を滲ませた。


「おい! 何してんだ! アムに触んじゃねぇよ!」


 ビットに気付いたジーが背負ったアムを引き離すように後方に下がる。


 妹を心配する兄は警戒する猿人を無視して声高に口を開いた。


「ニャオ、妹を直ぐにその医者に診せてくれ」

「おい、勝手に決めてんじゃねえぞうさぎ

「そうだ。しゃしゃり出てくんじゃねぇ。それにな、アムはお前を兄だと認めちゃいない。デカい顔すんじゃねぇよ」


 チンとパンが喧嘩腰に凄み、ジーを守るようにビットの前に立つ。


「アムじゃねえ! イヴだ! 変な名前で呼ぶんじゃねぇ!」


 挑発されたビットも苛立いらだち始め、口論は本筋かられ始める。


「急いだ方が良いのなら、こんな所で言い争うのは不毛じゃない? 一旦落ち着こうよ、ね?」


 間に入るニャオが口を挟むも、ビットと三兄弟は冷静さを欠き彼の声は届かない。


「チッ」と、舌を鳴らすコング。この状況を前にして彼は決断を下す。


「お前ら! 聞け!」


 ドスを効かせた声は対立の喧騒を止ませ一同の視線を集める。

 兎の見立てなど信用に値しないと考えるものの万が一を考慮に入れた。


「アムを優先する。ニャオ、案内しろ」

「承りました」


 そう言って優雅に片手を広げ深々と頭を下げるニャオ。仰々しいお辞儀をする彼の口角が、誰にも気づかれないまま限界まで上がっていた。


 そんなやり取りの直後、部下らしき猫人の一人がびた態度でビットに近付き、彼の脱いだクロークを手渡した。気を利かせてわざわざ拾って来たのだが、―― なぜ自分の物だと知っているのか? そんな疑問が彼の脳裏にフッと浮かぶ。それは猫人が何時からこの場にいたのかを示す証拠だった。自分たちの戦いであるにもかかわらず高みの見物。なぜ猿があんなにも警戒していたのかを僅かながらに理解する。


 ビットはそんな考えを巡らせながら無言で受け取った赤茶けたボロボロのクロークをばさりとはためかせて再び身に纏った。


 しばらくすると三台の車が横付けされる。捕らえられたネネは拘束されニャオと共に、コングは巨体過ぎる故に一人で別の車両に、残りのメンバーが同じ車に乗り込むことになった。


 ビットたちが乗るのは、後部から出入りする天井の高い大型のボックスカー。後部座席は対面配置のベンチに改造されており、その側片に手際よくアムを寝かせた三兄弟は、少女の両端を陣取るように膝を組んで座った。アムに近付けさせまいとするその行為に、ビットは口の端を歪めて反対側のベンチに腰を掛ける。


 すると、その隣の空いたスペースに栗毛色の少年がピョンと跳ねて小さな尻を置く。


「………………チビ、なんでお前がここにいるんだ?」


 ビットが疑問を呟くと同時に、ボックスカーは低いエンジン音を響かせながらイースト通りを後にした。


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