第1話 赤い稲妻 ― 影②

 ―― アイツだ!


 ビットは経験による洞察から誰が『頭』なのか瞬時に看破し、状況を的確に分析する。


 自分が動くと同時に『頭』を守るべく、進路をさえぎるように立った小太りの鼠人そじんと人型兵器。

 警戒すべきはこの二人。あとは取るに足らない雑魚ざこだと判断する。

 人型兵器の邪魔にならないように、傍観ぼうかんを決め込んでいる烏合うごうの衆。

 切羽詰せっぱつまったこの状況で守るべき何かを人に託すような奴らは、頭を潰せば何も決断できない木偶でくに成り下がる。

 そのことを、ビットは良く知っていた。

 

 ビットはわざと人型兵器の動線に入り攻撃を誘う。

 

 向かって来るビットに対して、人型兵器が咄嗟とっさに繰り出す最短経路の迎撃。

 それは、タイミングさえ合わせれば容易にかわせるバレバレの攻撃だった。期待通りの軌道で打ち放たれる鉄腕の突き ―― それをすり抜けるようにかわせば、その勢いのまま小太りの鼠人そじん照準ターゲットを変える。

 

 その太っちょの後方に、見える人影。


 そこを陣取る本命の標的が、手にする刀を腰にえ構えを取ったことを、ビットはしっかりと見ていた。抜刀の構えから推測できる、横に薙ぐ軌道。予測しやすいその攻撃を喰らうほど間抜けじゃない、と心の内でビットはわらう。


 マウの挙動に意識を向けつつ、小太りの鼠人そじんとの距離を詰め、攻撃を誘導するように間合いに飛び込む。予測通りに放たれる彼の拳を搔い潜り、ビットはあごめがけて拳を振り上げた。ズズの首から上が弾けるように跳ね上がる。脳を揺らす、しばらく動けないダメージを与え、人型兵器の追撃を牽制するため、その肥満体を後方へと蹴り飛ばす。


 そんな動きをしながらも、ビットは視界の端で刀を構える鼠人そじんの挙動を正確に捉えていた。


 研ぎ澄まされた静かなたたずまい。体幹を地面にえ、今にも抜き放たんとするオーラを感じる。

 ―― こっちが間合いに入ると同時に抜刀する魂胆が見え見えだ。だったら、その呼吸に合わせてかがんでかわし、スカしたツラに飛び膝をくれてやる。それでしまいだ。

 そう考えるビットが攻撃を誘うようにマウの間合いに入った、刹那せつな ―― 気付けば銀光くマウの刃が自分の首元に迫っていた。


 呼吸、起こり、機微きび、殺気。それらに代表される『攻め』の持つ先触さきぶれを、何一つ感知できなかった。


 横に薙ぐ単調な軌道。


 思い描いた通りの太刀筋にもかかわらず、既にかわせない所まで来ている。

 

 見切っていた。


 確実に見切っていた。


 見切っていた、はずだった。


 来ると知っていれば、攻撃はかわせる。


 先を読み、攻撃を誘い、誘導して、そうやっていつもかわしてきた。


 なのに、その道理をくつがえす ―― 来ると分かっていてもかわせぬ斬撃。


 時が止まったように、目に映る全てがゆっくりと動く。


 肉薄する鍛えぬかれた鋼の刀身。


 黒く沈む地鉄じがねに、白銀はくぎんかすみ掛かった光沢。


 美しく輝く波紋の刃が、今まさに首を刈ろうとしている。


 ビットの脳裏に死がぎる。


 跳ね上がる自分の頭部が宙を舞い、世界がくるくると回る ―― そんなビジョンを見せるほどの確かな死が。


 瞬刻しゅんこくいとま


 強烈な金属音と木材が砕ける音がビットの鼓膜を叩く。同時に弾き飛ばされ、彼は膝を突いた。

 

 何が起こったのか分からない。ただ右腕が、強く痺れている。


 長年にわたり戦場で磨かれた生存本能が、意志とは関係なく無意識に手甲をえた右腕を首元にねじ込んでいた。


 数拍おいて砕け落ちる手甲。


 呆然とする自分をいさめ、状況を把握するため、周囲に視線を配る。


 バラバラになった刀のつかの木片が近くで散らばり、なかごあらわになったむき出しの刀身が地面に突き刺さっていた。


 壊れた刀の持ち主に視線を移すと、その鼠人そじんは既に距離を取り、不満気に舌打ちをする。


 少女の見えぬ手を斬り伏せた時点で限界を迎えていた刀のつかは、凄まじい斬撃のスピードに耐え切れず、振り切る前に砕け散っていた。マウは目の前にいるうさぎを仕留め損なった自分に苛立いらだちを隠せないでいる。


 幸運に助けられ、九死に一生を得たことをようやく理解するビット。


 だが、安堵する間もなく後方から殺気を感じ振り向くと、そこには人型兵器の黒い影があった。


 振り上げた鉄の腕が、ビットめがけて降って来る。

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