死霊魔術師の俺が教会で聖人認定されそうになって困っています

ウユニ

プロローグ

 ゴブリンは憤慨した。

 この少女だけは、決して生かして返すわけにはいかないと。


 先手を取ったのはゴブリンだ。一抱えほどのこん棒を大きく振りかぶる。鈍重にして緩慢、しかし、当たれば必勝。ゴブリンにとって、分かりやすさは何よりも素晴らしい。

 迫るこん棒を、ひらりと少女は躱す。

 踊り子のような身のこなしに逡巡はない。分かりやすさはときに、相手をも利する。しかし、少女とて、攻め手に欠けていた。

 ショートソードの間合いでは、ゴブリンの振り回すこん棒の内側に飛び込まねばならない。それは、無理なリスクを背負い込むことになる。


 一振り、二振り、ゴブリンは粗雑な攻めの手を止めない。一方的に攻撃できる。それが、彼の脳みそで理解できる勝つべくして勝つ方法でもある。

 十振りも重ねた頃、ようやく、ゴブリンは膠着を理解した。ともすれば、彼はすぐに、腰布から錆びたダガーを取り出した。その一振りはゴブリンにとって自慢の一振りであり、相手を強敵と認めた証でもある。


 そして、武器の変化は少女にも可能性をもたらした。途端、間合いが逆転したのであった。


 主導権は少女にあった。

 ゴブリンの間合いの外から、舐めるように刃を振るう。必殺の一撃ではなく、牽制の一撃を幾重にも繋げていく。


 精緻に重ねられた舞踏に、ゴブリンの足元が追い付かない。一歩、また一歩と後退を続け、もつれた足に大きな隙が生まれる。

 少女は隙を見逃さない。喉元への一突き。不可避の突撃に、回避は間に合わない。

 しかし、ゴブリンは決死の力で反撃を行った。


 死に物狂いの一撃に、死神が微笑んだ。

 少女とゴブリン、両名が膝を折り、倒れる。



 血濡れた地面に、二つの影が横たわっている。

 そこに、第三の影が落ちた。



 死と云うのは得てして理不尽なものである。


 俺はゴブリンの凶刃に伏した仲間を見て、祈りを捧げた。アーメン。



 続けて、ごにょごにょと死者蘇生の魔法を詠唱する。

 詠唱はまだ大きな声ではできない。当然だ、異世界に来て三日、魔法の詠唱をするにはちと年齢が行き過ぎた。俺は高校生だ。中二病を卒業したばかりである。宴会芸をやるような歳になれば、いっそ大声で魔法の詠唱もできよう。しかし、俺はまだナイーブな年頃だ。

『迎え火』


 うん、魔法名はいい、センスに合う。が、詠唱、貴様は駄目だ。


 魔法によって、少女がむくりと起き上がる。

「おおー、流石、神様」


 そして、つい先ほど、ゴブリンと死闘を繰り広げ、刺し違えた少女が、ルクス・ハルバード十五歳だ。

 ゴブリン一匹とって馬鹿には出来ない。俺の立場ならきっと、刺し違えることもなく一方的に嬲られるだろう。


 なにより、この精神力には恐れ入る。死とは酩酊に似ている。自分と外との境界をゆっくりと塗りつぶされる感覚は恐怖という他ない。それを齢十五で克服するには、もっと世の中の酸いも甘いも知りつくさねばならないはずだ。


「神様!」

 ルクスが両手を胸の前で組み、目を輝かせる。

「次のゴブリンを探しに行こ?」


「なぁ、神様と呼ぶのはやめないか?もっとこう名前で…………」

「うん?」


 一つ残念な点があるとすれば、この娘は俺のことを神様だと思っていることだ。日本のような多神教ならまだ洒落で済む。しかし、一神教の宗教国家でやるジョークだと、命を張らなければならない。

 頭が危ういのか、度胸が据わっているのか、俺はこの娘は本当はロリババアなのではないかと疑っている。


「なぁ、ルクスやっぱり帰らないか?」

「どうして?」

「いや、あんまりボロボロになられると、俺が怒られるんだよ。昨日だって、ギルド職員さん全員が泣きながら叫んでたじゃないか。もうこの子を解放してって。俺もうこの街で生きていけないよ」

「私がお世話するから、大丈夫」

「嫌だよ。街中に入ると、町民全員が俺のこと睨むんだぞ?」


 ルクスの服を見れば、それはもう凄惨な血の痕が見て取れる。少なくとも致命傷、警察が見たなら快楽殺人の線を疑うレベルだ。


「ほら、これ着て」


 用意していたローブを差し出す。ルクスは渋々受け取り、血まみれの服の上から羽織った。状況は改善されるどころか、むしろ不審者っぽさが増した気がする。


「後三匹!ダメ?」


 ルクスは眼を潤ませて、こちらに頼みこむ。涙目で頼まれても、その服装で街中を歩かせるわけにはいかない。


「帰るぞ」


 渋々付いてくるルクスを連れ、街の門へと向かう。遠くからすでに、門衛のダンディーなおじさんと目が合ってしまった。まずい、殺気だっている。


「今日という今日は、許さんぞ小僧!」


 頭の中で接敵BGMが鳴り響く、門番が現れた!


 きっと、門番にはルクスと同じ年頃の娘がいるのだろう。最近はつんけんしてきた娘にも、父親としての威厳を見せねばならない。しかし、やっぱり娘には甘えて欲しい。ちょうど、父親の在り方に悩む時期だ。

 だからこそ、ルクスに自分の娘を重ね合わせ、耐えられなくなったのだろう。


 泣けてくるじゃないか。本当に泣けてくる、いろんな意味で。


「待って!」


 ルクスが俺と門番の間に割って入る。

 両手いっぱいに広げ、立ちふさがる彼女のローブの裾は、血で染まっている。


「嬢ちゃん邪魔だ。そんな奴守る価値はねぇよ。拷問でも受けてるんじゃねぇのか?俺が解放してやっから、どけ」


 ルクスは一筋の涙を流した。

 彼女の見てくれはお世辞抜きで可愛い。短く揃えられた銀髪に、蜂蜜色の瞳、豊頬で深雪の降りたような肌。妹に似てなかったら恋していたに違いない。危ないところだった。

 しかし、美しい見目もあって、その涙は様になっていた。こちらまで伝わってくるような悲哀を感じるのだ。


「違う、違うの」

「ああ?どういう意味だ」

「たった一人の家族だから…………」


 なにやら意味深な言葉に、門番は動揺を隠せない。もちろん、ルクスの嘘だ。彼女は家族ではない。日本生まれ日本育ちの俺に、こんなサイコパス系美少女の妹はいない。

 しかし、ルクスに対して、妹がいるという話をしたのは迂闊だった。彼女は嘘をでっち上げたのだ。



「そうか、ごめんな」

 門番は言葉を溢すと、職務に戻る。


 彼は俺を射殺さんばかりの勢いで見つめ、射殺さんばかりの勢いで入場許可証を確認すると、射殺さんばかりの勢いで門を開いた。


 門の内側には、街の喧騒が宿っている。

 喧騒を生み出す人々が、皆、俺を睨みつけているように見えるのは、きっと気のせいだ。







 ギルド某所、スイングドアを開けた先に待っていたのは、黒づくめの集団であった。黒いローブは秘密警察のような立ち位置として教会に雇われていることの証拠である。異端審問官もそうであるし、奇跡官、聖遺物管理官など、所属は多岐に渡るはずだ。


 なぜ、俺がこんなにも詳しいかといえば、異端審問官に多大なるお世話になっているわけで、ともすれば、この集団は異端審問官ではないのだろう。いやはや、そもそも俺に用があるというのだって思い違いかもしれない。


 俺は壁に張り付くようにして移動し、依頼品の納品へと向かう。

 ギルド内、全員の注目を集めているようにも思えるが、いたいけなる自意識の暴走に違いない。前髪の長さを気にしつつ、納品所へとやってくると、獣人の受付嬢が立ちはだかった。


「人でなしさん。早くあの人たちの下に向かってください」

「人でなしさん、と呼ぶのを止めてくれって」

「日々の行いが悪いからですよ。納品物は受け取りますから、はい、依頼かんりょー。それじゃあ、あの人たちにはお引き取り願うように伝えてくださいね?」


 振り返ると、一列に並んだ黒づくめの集団がじっとこちらを見ていた。

 彼らの頭領らしき人物が、ゆっくりと前へ出る。


「特級奇跡の使用が確認された。よって、聖人認定保護規定により、捕まえさせてもらおう」

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