第8編 ホールケーキ

1 ホールケーキ


冷蔵庫の真ん中を、いまだに陣取るケーキの台紙。こびりついたクリームの瑞々しさはどこにもない。歯形を増やしたプレートチョコをそっと置いて、目を閉じた。



2 稲妻


目玉が最初に裏切った。心は人の話を聞かず勝手に体を震わせる。最後の頼みは耳だけど、もともと震えて役立たず。



3 レシート


鞄から出てきた三つ折りひらけてみると、舌まで届くラベンダー。何も知らないあの頃の試行錯誤が楽しくて。



4 10月


袖まくり汗を襟でぬぐい取る。空気はこんなに冷たいけれど差し込む日差しは許してくれない。



5 中秋


干からびたミミズに思うセミの声、記憶の住処へ隠居して。いくら耳を澄ませても響いてくるのは木の葉の悲鳴。



6 招き猫


手招く顔が不敵に見えて、じろりと見返し反撃し。子憎たらしさお互いさまで、徐々に距離を詰めていく。



7 ステージ


喉を通る刺激を待ちわびて、ただひたすら息だけを飲む。火照る体に深呼吸の鞭打って、上がるカーテン、開く口。



8 再起


空のグラスを傾けて、残ったワインに昨日を見る。酒にも食にも頼らない強い心が癒されて、明日よりも先の方へ目が届く。



9 かき氷


青、赤、黄色、色とりどりの誘惑がまき散らされて心をつかむ。リズムを立てて回る音、音色の呪いに頭が痛む。



10 猫


木陰から顔だけのぞく昼下がり。興味本位に手を伸ばし、触れればたちまち逆立ち毛、遠吠え一つこだまする。舎弟が百匹いるんだな

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