寂れた神社でずっと片思いの初恋をやり直したい!と願ったら思ったら、彼女になって自分を攻略するハメに

潤み

第1話

 春の朝、薄桃色の桜が咲き誇る境内に、ひんやりとした風がそっと吹き抜ける。

 

 ……そろそろ、客の一人でも来てくれたら暇をつぶせるのに。

 なんてことを考えながら、私は舞い落ちる花びらを一枚一枚集めるように、竹ぼうきを丁寧に動かす。

 ふいに、背後から震えるような声。

「み、巫女さん……あの噂って本当なの? どんな願いでもかなうって聞いて来たんだけど」

 私は竹ぼうきを持つ手を止めて、そっと振り返る。

 肩にかかる長い髪が滑り落ち、顔にかかった一房を指でそっと払いのけた。

 

 そこには、いかにも緊張した様子の少年が立っていた。

 不安げに、どこか疑うような目でこちらを見つめる。

 

「ええ、その噂は本当です。ですが、願いを叶えるには……」

 私が言い終わる前に、少年は大慌てで鞄から財布を取り出し、片手で勢いよく私の手に押し付けた。


 「どうせ金額次第とか言うんでしょ!? それならこれでっ」

 

 ──何でもお金で解決すると思ったら大間違いですよ、少年。

 

 

「……こほん、この神社に祀られている神様は、金銭ではなく別のものを求めているのです。なので、これはお返ししますね」

 ずっしりと重い財布を、そっと少年の手のひらに返す。

 

「じゃ、じゃあ何が必要なの!? 早く、早く教えて!」

 息を荒げ、震える手で私の袖を掴む。

 よっぽど早く、どうしても叶えたい願いがあるのだろう。

 私の次の言葉を待ちきれない様子だ。

 

 たとえその願いが危ういものであろうとも、お客様に叶えたいと願う気持ちがあるのなら、手助けをするのが私の役目だ。

 簡潔にお客様の質問に答えるとしよう。


「……この神社で願いを叶えるためには、願いによって、人によって、異なる試練を受けていただく必要がございます」

 ふと、過去にこの神社を訪れた者たちが頭をよぎる。

 交通事故で亡くなった娘を蘇らせたいと願い、事件当日まで時を戻されて、救えるまで何度も繰り返す試練を課された男。

 

 不治の病の母を救いたいと願い、一年の間代わりにその痛みを自らが引き受けることになった青年。


 そして、私。私は子供の頃に好きだった子と恋仲になりたいと神に願った。

 他に比べると、あまりにもくだらない内容ではあるけれど……。 

 その結果、私は今、ここにいる。


「さて、どうしますか? 願いを叶えるのであれば、本殿の中へと案内致しますが。もちろん、帰りたければどうぞご自由に」


「……で、でも……」

 少年は視線を彷徨わせながらも、その場から足を動かそうとはしない。

 彼の足はまるで地面に根を張ったかのように動かず、帰る気配など微塵もなかった。

 不安よりも、願いを叶えたい気持ちの方が勝っているのだろう。

 

 

 それなら、少し後押し……になるかは分からないけれど。

 「なら、過去の事例をひとつお教えしましょうか? 不明確な試練が気がかりなのでしょう?」


 その瞬間、少年の体がびくりと震える。

「べ、別に気にしてないけど! い、一応……一応聞かせて! 」

 不安を押し殺すように、震える声で途切れながらも言葉を絞り出した。

「ええ、もちろんです。……こほん」

 私はゆっくりと、過去の出来事を思い出す。

「……これは、十数年前に神社を訪れた、とある男の話です」




 ◇◇◇◇

 

 暖かな朝の光が、ぼんやりとした頭を覚まさせる。

 俺は無理やり体を起こし、固まった筋肉を解すべく両腕をぐっと上に伸ばした。

 重いまぶたを無理やり開……

 「……え?」

 

 ……夢でも見ているのだろうか。


 起床後一番、視界に飛び込んだのは、俺が住んでいる無機質な六畳一間の空間とは程遠い光景だった。

 可愛らしい桜色のラグが床に敷かれ、明るい色の箪笥の上にはいくつものぬいぐるみが整然と並んでいる。

 学習机の上に色とりどりの教科書が散らばるところを見ると、この部屋の主はどうやら学生のようだ。



 そして、部屋の壁に立てかけられた鏡には、細身の可愛らしい女の子が――。

 

 可愛らしい女の子⁉

 

 とっさに周囲を見渡すも、この部屋のどこを見てもその少女の姿はない。

 おそるおそる、もう一度鏡に目を戻す。

 映っているのは……俺ではなく黒い髪を肩まで伸ばした少女。


 近くで見ようと鏡に近づこうとしたその瞬間、カチャリと扉の音が、部屋に響く。

 

 反射的にそちらへ視線を向けると、扉の向こうにはふくよかな女性が立っていた。


 ……誰?


 見知らぬ女性は一瞬もためらわず、そのまま部屋に足を踏み入れる。

 この部屋の持ち主だろうか。

 にしてはこの部屋の雰囲気とは随分と不釣り合いに思う。

「そろそろ起きなさい……って起きてるじゃない珍しいわね」


「……え~っと?」

 どうやら彼女は俺の事を知っているようだ。

 

「どうしたの? 変な顔しちゃって……ほら、早く支度しないと遅れちゃうわよ」

 妙なほどに馴れ馴れしい。誰かと勘違いしているんじゃなかろうか。

 少しおかしな人って可能性もあり得る。

 出来るだけ刺激しないよう、落ち着いて対応しないと。

 冷静に、冷静に……。

「えっと、どなた、ですか?」

 

「どなたって何よ、よそよそしいわね」

 彼女は困ったように眉をひそめ、不審そうな表情で俺をじっと見つめる。

 居心地の悪さを感じ、目をそらそうとした瞬間、先ほどの鏡が視界に入ってしまう。

 鏡に映っているのはこの部屋の現在の状態。

 女の子みたいな部屋の中に、目の前の女性と、俺好みの少女ただ二人。

 記憶している俺の姿は部屋のどこにもいなかった。

 

 ……。


 …………。


 ……これは、夢に違いない。

 

 そんなこと起こるわけが――。


 まだ、可能性はある。あの鏡が壊れたりとかしてるかもしれないし……。

 そうだ、目の前の女性に、証明してもらおう。

 男だって。俺が男に見えるって。

「あ、あの……。お、俺って、男の子に、見えます、よね……?」

 震える声で問いかける。


しかし、返ってきたのは期待していた言葉とは程遠いものだった。

「変な夢でも見たの? 美波ちゃん、あなたはどう見ても女の子よ?」


……嘘だ。

……嘘だ。そんな、わけない。


「えっと、で、です、よね~……」


自分でも笑っちゃうくらい、情けない声が出た。冷や汗がじんわりと背中を伝うのを感じる。


「ちょっと大丈夫? 顔、真っ青よ?」


心配そうに覗き込んでくる目の前の女性。


「え、ええっと……だ、大丈夫、です、はは……」


きっと、夢だ。夢なら、いつか覚めるはずだ。

目が覚めたらきっと……元の自分に戻っているはずだ。


「……まぁいいわ。弁当はそこに置いておいたから忘れないでね、早く制服に着替えて降りてきなさいよ」


そう言うと、彼女はさっと部屋を出て行ってしまった。

 

……頬を、つねる。 痛い。

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