俺の妹の倫理観は、まちがっている。
それが同じ学校に通う俺―――
まぁ、兄目線じゃなくて客観的に見て評価をするなら、彩華は容姿端麗で成績優秀。運動神経も抜群。そんな三拍子が揃った上に、人当たりも良くて誰とだって仲良くなれる完璧人間。
そのせいもあってか、彩華に告白する男どもは後を絶たない。同じ学年の男子だけでなく、全学年の男どもから好意の目を向けられている。
しかも風の噂で聞いたんだが、なんと同性にもモテているらしい。なんでも後輩の女子生徒から告白を受けたとかなんとか。そんな展開、リアルでも起こり得るんだな。
ゆえに、沢越彩華はとにかくモテる。本人の知らないところで、周りの奴らが勝手に牽制しあっているくらいには。傍目から見ている俺からすれば、悲惨としか思えないのだけれども。
ただ、あいつは誰からの告白も受けないでいる。どれだけの相手に告白されようとも、ずっと断り続けていた。
どうして断り続けているのか。それとも誰か他に好きな人でもいるのか。その答えは―――
「ねぇ、ねぇ。お兄ちゃん♪」
ある日の夜。俺が自分の部屋で黙々と勉強をしていると、急に扉が開いたかと思えば、そこから妹の彩華が顔を出しながらそう声を掛けてきた。
「……なんだ、彩華」
俺は振り返りながら返事をする。すると、妹はいつものように満面の笑みを浮かべて近づいてきた。つか、勝手に入ってくるなよ。許可出した覚えは無いぞ。
そして鼻歌混じりに俺の傍に近寄ろうとする彩華。その笑顔にはどこか無邪気さを感じる。しかし、同時に嫌な予感を覚えた。
大体、こういった時のあいつは決まって、ろくでもないことを口にするのだ。だからこそ、警戒心を強める必要があった。
とりあえず、俺は持っていたシャーペンを机に置いてから、彩華の方に向き直る。
「それで、何の用だ?」
俺がそう尋ねると、妹は待っていましたとばかりに目を輝かせながら口を開いた。そして満面の笑みを浮かべて言う。
「えっとね、お兄ちゃんにお願いがあるの」
「ほう、お願い」
「だからね、私のお願い……聞いて欲しいな」
そう言ってから彩華は俺に向かって微笑む。愛嬌溢れるその笑みは、見るものを虜にする魔性の微笑みだった。
こんな笑顔を見せられたら、きっと他の男どもは二つ返事で承諾してしまうだろう。それだけの力が、こいつにはあった。
だから、俺は―――
「え、嫌なんだが」
普通に断ることにした。だって、こいつの頼みを聞いてやる義理なんてないしな。
「えーっ!?」
すると、それを聞いた彩華は不満げに声を上げた。まぁ、こういった反応をしてくるのは予想の範疇だから、特に気にはしない。
「なんで、なんで!? どうして聞いてくれないの!?」
「いや、逆になんで聞いてもらえると思ったんだよ」
「だって、可愛い妹からのお願いなんだよ?」
「自分で可愛いとか言うな」
「そんな私からお願いされたら、お兄ちゃんはお兄ちゃんらしく、私のお願いを聞いてくれるよね?」
「面倒だから嫌だっての」
俺はそう返すと、再び机に向かって勉強を再開する。すると、背後からまた「えーっ!?」という不満げな声が聞こえてきたが今度は無視した。
しかし、それでも諦めきれないのか彩華はしつこく食い下がってくる。
「ねぇ、お願い! お兄ちゃん!」
「……あのなぁ」
俺はため息を吐くと、顔だけを彩華の方へと向ける。すると、目の前にいる妹はいつの間にか涙目になって俺を見ていた。
お、なんだ? 情に訴えかけて、俺の同情を誘おうってか? それでも無理なものは無理だぞ。
「お兄ちゃん、お願いだから聞いてよぉ……」
「……」
「ねぇ、お兄ちゃんってば……」
「……あー、ったく。分かったよ。聞くだけ聞いてやる」
「ほんと!?」
俺がしぶしぶそう言うと、彩華は嬉しそうな表情を浮かべながら顔を上げた。さっきまでの表情と違って、今は喜びに満ち溢れている。
はぁ……まったく。本当に現金なやつだ。……しかし、俺もまだまだ甘いな。無理だと言っていても、こうして結局は耳を傾けてしまうのだから。
「で、お願いってのはなんだ?」
「えっとね……」
俺が尋ねると、彩華は目を輝かせながら口を開いた。
「お風呂沸かしてきたから、今から一緒に入ろうよ♪」
「よし、今すぐ帰れ。とっとと帰れ。さっさと帰れ」
俺はさっと立ち上がると、意味不明な妄言を口にした妹の肩を掴み、部屋の外に押し出そうとする。しかし、妹も負けじと抵抗する姿勢を見せた。
「ちょっと、お兄ちゃん! いきなり何するの!?」
「それはこっちのセリフだ。お前こそ、急に何を言い出すんだ」
「何って、別に普通のことを言っただけだよ」
「あの発言は普通じゃねえよ。お前の普通の基準、どうなっているんだ」
「どうもしてないよ。だって、兄妹でお風呂に入るのって、当たり前の話なんだから」
「おい、どこの次元の話をしてんだよ。つか、なんで実妹と一緒に風呂に入らにゃならんのだ」
「私とお兄ちゃんとの愛を育むためだよ」
「なに言ってんだこいつ」
普段の頭の良さが微塵も感じさせない発言に、思わず頭を抱えてしまう。実妹と風呂で愛を育むとか、どこのエロ漫画だよ。
「とにかく。お前は今、思考が毒電波にでもやられているんだ。きっとそうに違いない」
「そんな訳ないじゃん。私の頭の中は、常にお兄ちゃんでいっぱいなんだから」
「そうか。もう、取り返しのつかないレベルまで脳細胞が死滅しているんだな。可哀想に」
「お兄ちゃん、ひどい! ……でも、そんなお兄ちゃんも好きだよ。むしろ大好き♪」
「うぜえ」
そして運動神経抜群からくる、無駄な体幹の良さを発揮させて抵抗する馬鹿な妹を、俺はなんとか部屋から押し出した。そしてすぐさま扉を閉めて鍵もかける。
「あ、ちょっと待ってよ! お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」
扉の向こう側からそんな声が聞こえてきたが、俺は今度こそ無視を決め込むことにした。というか、あいつマジで馬鹿だろ。何を考えているんだか。
それから扉をドンドンと叩く音も聞こえてくるけど、それも無視する。しばらくして、ようやく諦めたのか叩く音も聞こえなくなったので、俺はホッと胸を撫で下ろした。
……と、まぁ、こんな感じで。あいつがどうして告白してくる相手を断り続けているのか。誰か他に好きな相手でもいるのか。
その答えは、口にするのも嫌なんだが……俺のことが好きだから、誰も相手にしていないということだ。つまり、極度のブラコンが理由という訳だ。
完全無欠の美少女のくせして、どうして一番重要な倫理観が終わってしまっているのか。これが分からない。
「はぁ……」
俺は深々とため息を吐いた後、あいつのせいで中断させられていた勉強を再開することにした。邪魔者がいなくなったから、これでようやく集中して取り組めそうだ。そうして俺はまた、黙々と勉強に勤しむのであった。
ちなみに余談ではあるが、彩華が先に風呂を済ませて、しばらく経ってから俺も風呂に入ったのだが。まさかというか、案の定というか、諦めていなかったあいつが俺と一緒に入ろうと、風呂場に突撃してきたのは言うまでもない。
ただ、それを予知して鍵を掛けておいたから、乱入未遂で終わったけど。それですごすごと帰っていったと思ったら、せめてもの抵抗なのか俺の着替えと脱いだ服を回収されるという、意味不明な出来事もあったが。
そしてその後、俺の部屋に勝手に入り、ベッドに潜り込み、奪っていった俺の衣服の臭いを嗅いでいる妹の姿を目にしてしまい、俺はドン引きした。
あいつ、マジで終わってる。
続かない。
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