いじめられていた女子が異世界から帰ってきて、世界征服完了した件について。
@Soul_Pride
1. 少女、帰還。
────我ながら、血迷ったものだと今になって後悔する。
朝、教室に入って罵詈雑言が書き殴られた落書きと花瓶が置かれた自分の机を見た瞬間にそう思う。
クスクスと聞こえる圧し殺した笑い声。流し目でその方へと見れば……このクラスでのトップカーストの女子グループが、俺を見て嘲笑っている。
何が面白いんだ、こんなこと。やられる方はたまったものじゃない。
椅子を引いたら、画鋲が上向きに並べられてテープで貼り付けてある。
泣くぞ。しまいには泣くぞ。俺、メンタルそんな丈夫じゃないんだからな。
泣いたらそれこそ図に乗らせることになるから、堪えはするけど。
……左隣の席を見れば、俺よりも酷い有様になっている机と椅子。始業十分前の今になっても、その席の主は登校してきていない。
サボりか。となると今日一日は、矛先が俺に集中するわけだ。
……ああ、憂鬱だ。
文章に書き起こせばたったそれだけのことだが、人和はこのことを激しく後悔した。
らしくもないことをして酷い目に遭う。変な正義感に駆られた衝動的行動は身を滅ぼすと身をもって実感している。
そのような経緯がある以上、いじめられた前任者がクラスにいる。
──
彼女の黒いストレートの髪を腰まで伸ばした、大きい丸眼鏡でも隠せない程に輝く化粧っ気の少ない清楚系正統派美少女という容姿は、入学したての一年の頃から男子の注目を浴びた。その上、自己主張をあまりしない大人しい性格が男心を擽っていた。
彼女がいじめられたきっかけもまた、特別なものではない。いじめ主犯のトップカースト女子の一人が、男子からの人気の高い静を目障りと思った。勝手な偏見と嫉妬で“調子に乗っている”と決めつけて、いじめの対象にした。
いじめが始まったのが一年の夏休みの手前頃。年度が変わっても同じクラスになってしまい、現在も続いている。
無論、現在までに彼女も黙ってばかりでいたわけではない。教師、家族に相談した。いじめを受けていると告白し、証拠も提出した。
……だが、いじめは終わらなかった。否、悪化したと言っていい。
学校側が問題を表に出させないためにいじめを隠蔽、保守的な対応をして見なかったことにしている。さらには彼女の親が不運にもいじめをしている女子の親と上司部下の関係性であるのもあって握り潰されている。
静はどうしようもなく詰み、絶望した。
日に日にいじめは悪化の一途をたどり、その過程で美しかった黒髪はいじめによって切られてベリーショートになり、服の下で見えない箇所は殴る蹴るの暴力で痣や怪我が絶えず、可愛らしかった容姿もまた度重なるストレスによって目の下の隈が濃く、肌も荒れ、血色も悪くなり見る影もない。
醜い姿となった彼女に、周りは増長する。醜いから、気持ち悪いから、そういった理由でいじめに加担していく。
一番手っ取り早いのは無視だ。誰も彼も無反応、いないものとして扱う。手を汚さずに出来て罪悪感が薄く感じ、いじめに参加している気にもさせない。
担任も含めたクラス全員が、静を無視するようになっていたのだった。
……そういった意味では人和もまた加担していた一人ではあった。
席替えで隣になったせいで静がいじめられている光景を間近で見続けてきた。見て見ぬふりをし続けてきた。
目撃者がいるのに堂々と行われる目の前のいじめの光景。いないものとして扱われている目撃者。果たして無視しているのは自分なのか、あるいは自分が無視をされているのか。
それが不快に映るものであることには間違いなく。同時に学校全体に取り巻く雰囲気や空気が全てが嫌で仕方なかった。
人和にはもう、学校が蛆やゴキブリなどの害虫が蠢く糞の山にしか見えなかった。
……故、五月の頭、ゴールデンウイーク明けの日に、我慢の限界を迎えた。
「もうやめてやれよ」
人和が言った言葉はたったそれだけ。
言いたい言葉はもっと多くあったが、なんとか一言に抑え込んだ。
直接いじめていた女子グループは思いもしなかった方向から水を被ったかのように一瞬驚いたが、人和を見てなんだコイツかと見下した顔になる。
そして返って来る“は?ウザ、キモ”の端的な言葉の三連バースト。案の定な返答で、人和の予想の範疇を超えなかった。
人和は学校内の交友関係はほぼほぼゼロで、孤独を苦にしていない。むしろ他人と接することに大きなストレスを感じる。故にカーストから外れた存在、あるいは上位勢には最底辺と位置づけられていた。
いないも同じ、空気君。人和の名前を憶えているのかすら怪しい。しかしそんな空気君に正論をぶつけられれば逆ギレする生き物が、彼女たちだ。
空気は空気らしく何もするな喋るな存在するな。それができないなら死ね。声を上げることすらが自分たちに対する侮辱である。……それが彼女たちの論理だ。
──その翌日から、人和もいじめの対象に組み込まれることになった。
教科書、愛読書は破られ捨てられ、文房具は壊され捨てられ、机は悪意に満ちた罵詈雑言の見るに堪えない落書きに花瓶と花。椅子を引けば画鋲が敷き詰められて、下校時には靴を隠されているか土や砂利が大量に入れられている。
人和は静を庇ったことを生涯後悔する。
左隣のドロップアウトした先達の席を恨めしく睨む。今日は静は休んでいる。度々休むことはあったが、今日もそうなのだろう。
なんで自分がこんな目に遭わなければならないのかと現状を呪う。
悪いのはいじめをする女子たち。人和もそれは百も承知である。
……殺そうか。武器を忍ばせて、頭を一発殴ればそれで終わりだ。人一人の人生で複数の人生を潰す。割が良いじゃないか。
黒い発想を抑えきれない。現状が続くなら、殺人を厭わない危険な状態になっている。
授業中に殺人計画を練り上げ続けて、昼休みに入る。
スポーツバッグに入れた弁当を取り出して昼飯にしようとすると……中身が既にない。
まさかと思い教室の隅のごみ箱の中を見れば、やはり弁当の中身が捨てられていた。
はっとなって女子グループが集まった方を見れば、人和を見て嘲笑っている。
(殺す)
……もう、駄目であった。今殺す。道具なんて要らない。自分の肉体と今教室にあるものだけで殺せる。椅子や机でぶん殴れば十分な凶器だ。
──黒い衝動のまま人和のスイッチが今にも切り替わる瞬間に、教室の戸が開く。
「……どうしたの、人和くん。今にも人を殺しそうな眼をして」
竜崎静が、そこにいた。
彼女は、いつもと違っていた。トレードマークの丸眼鏡は外しており、長く綺麗な黒髪に整った化粧っ気の少ない整った容姿……いじめられる前の清楚系正統派美少女の姿をかつての姿を取り戻していた。
立ち姿も、度重なる暴力によって痛みで引きずった足ではない。まっすぐな、凛としたと表現するに相応しい美しさだった。
……だからこそあり得ない。昨日までは乱雑に切られたベリーショートの髪で、見るも無残な醜い姿だったはずである。一日という短時間で髪がそんなに伸びるわけがないし、かつての姿を取り戻せる訳がないのだ。
「人和くん、お昼まだ食べてない?」
「え、ああ」
「一緒にどう?ちょっと作り過ぎちゃって」
そして人和が強烈な違和感に感じているのは、彼女はこんな社交的な性格ではない。
彼女の全てを知っている訳ではないが、いじめられる前であってもあまり喋ることはなかったはずだった。それほど物静かで口数の少ない、名は体を表すを地で行っていた人間であった。
「よいしょっと」
さして大きくもない学生鞄から、まるでどうやって入ったかわからない風呂敷に包まれた大きな五段の重箱が出て来る。明らかに鞄に入るような大きさでないものがいきなり出てきて、人和が……否、クラス中が瞠目した。
そしていつの間にか、人和と静の落書きや彫刻刀で彫られた机が新品同様になっている。席に座っていた時には確かにあったそれがない。
「座ったら?」
「お、おう」
人和が座る最中に、静は席を寄せてくっつけて重箱を広げた。
その中身は高級食材や調理に手間がかかるだろう料理が美しく盛り付けられていた。宝石箱、と例えてもいいくらいの代物に圧倒されていると静から箸を手渡され、『好きに摘まんでいいよ』と言われる。
「いただきます」
「い、いただきます」
ペースが握られっぱなしで、静につられるように食事前の挨拶。
おそるおそる、中身を見渡して比較的安価そうなかまぼこに箸を伸ばして、口に運ぶ。
口に広がる美味。そして脳に弾ける多幸感。こんな魚肉のすり身を味わったことはない。
次々と他の料理も口に運んでいき、どれもこれもが味わったことのない美味さに脳が焼かれる感覚を味わった。
……気づけば、多く詰め込んであった重箱全部の中身が空になっていた。
ハッとなって人和は静の顔を見るが、彼女はニコニコと満面の笑みを浮かべている。
「その、すまん。竜崎の弁当なのに」
「いいの。そんな美味しそうに食べてくれるなら私も嬉しい」
「ご、ごちそうさま」
「はい、お粗末様」
こんなにも充実した食事は初めてだった。腹だけでなく、心が満たされるという感覚を際立って覚える程。
殺意に呑まれた黒い衝動も消えるくらいに、幸せなひと時を過ごした。
いじめられているという現状すら人和は今、忘れていた。
「美味しかった?」
「お、おう」
「良かった。また、作ってこようか?」
「いや悪いって……」
「遠慮しなくていいよ」
「……頼む」
「うん」
次の約束もする人和だが……視線を感じた。
いじめ主犯の女子グループが、青筋を立てて人和と静の二人を睨みつけていた。
何を幸せそうにしている、と神経を逆撫でさせている。ゴミとゴミが集まってもっと見苦しいゴミになった。
調子に乗っているから、という勝手な理由付けで理不尽な暴力を是としている。その判断基準は彼女たち独自のものであり、主観と偏見に満ちている。
「おい、陰キャ二匹が。付き合ったのかゴミ同士で」
クラスの中で中層カーストに位置し、あわよくば上位カーストに入りたいと思っているお調子者の男子が二人に絡みに来た。
率先していじめに参加する、女子グループのパシリに使われている便利枠で道具。人和も静も、この男の直接的な暴力を受けていた。
人和は殺意を漲らせる。悔いはない、もう十分だ。先ほどの弁当は最後の晩餐には上等過ぎるくらいだった。
座っている椅子をそのまま武器にしてこの男子の頭をかち割り、そのまま女子グループへと突撃する。
彼女を殴ろうとする瞬間が行動の合図──。
「うるさい」
……が、それはなくなった。
その男子の、首から上が突如として消失した。
呆ける間もなく、まるで最初から人間でなかったかのように血も何もなく、出来の悪い人形のようにバランスが取れずにクラスのお調子者だったものは倒れた。
「……は?」
誰かから、そんな声が出た。
まるで現実感のない光景が目の前で起きたことに、クラスの誰もが首なし人形と化した彼に視線が集中した。
ただ一人、竜崎静だけが我関せずと言わんばかりに広げていた重箱を片付けていた。
誰も動けず悲鳴すら上げられない沈黙が支配する。
「……なぁ、竜崎」
「ん?」
「お前、どうした?」
沈黙を破ったのは人和。そして、ここにいるクラスの人間の代弁をした。
あまりにも変わった静。そして不可解な現象が立て続けに起きている。
……そもそも、目の前にいるものは本当に竜崎静であるのか?とすら人和の中で疑問に上がっている。
いじめられているという情報が抜けたまま別の誰かが彼女に成り代わった……その方が説得力がある。
静はただただ、微笑むだけ。
「まるで別人のよう、って言いたいの?」
「ああ」
「うーん……」
変わった理由、経緯。あるいは本当に竜崎静なのかを人和に問われ、静は考え込む。
困ったようで、それでいて嬉しそうでいて。困惑と喜色が入り混じった表情を浮かべる彼女には、可憐さと得体の知れなさを同居させていた。
「ふふっ」
……結果、静の内の天秤は嬉しさと喜びの方に傾いた。
「嬉しいなって」
「何がだよ」
「私のこと、見てくれてたんだって」
今と、そして昨日以前の自分が違うことくらいには人和は静を見ていた。
それがとても、彼女にとって嬉しかった。
「……見てないフリを、見捨てていただけだ」
「けど助けてくれた」
「助かってないけどな」
「────ううん、助けてくれた」
万感の思いが、籠った言葉であった。
ズシリと、重いものがのしかかった感覚。教室が、校舎が……世界全てが、軋みを上げる程の重力が局所的にかかっていた。
誰も、動けなかった。人和と静の二人のいる場所こそが世界の中心で、世界で最も高い場所であるかのように……この瞬間、二人以外の世界中の誰しもが立つどころか座ることすらできずに、地面に倒れ伏したのだった。
その周囲に起こっている異常を、人和は認識できない。
ただただ、静だけを見つめ続けていた。
「私がどうした、って話だよね。私は私、竜崎静」
「イメチェンにしては変わり過ぎな気がしていてな」
「臆病でいるのと、我慢するの、やめたんだ」
臆病と我慢、とは。静にとってのこの二つとは、一体なんなのだろうかと人和は考えを巡らせる。
いじめられているこの現状を耐えていることか。あるいは、自己主張をしなかった性格のことを指しているのか。
「サボろっか。今日」
「は?」
「はい、決定」
強引に静に手を取られる。一体なんだと人和が言う前に……異常に気付く。
「ここ、どこだ……?」
──今いるこの場所は、2年B組の教室ではなかった。
「ようこそ。私の部屋へ」
その部屋は、女子の部屋であった。
女の子らしい色合いと装飾がされた家具や調度品、ぬいぐるみといった可愛らしいものが置かれ、何より年頃の女子の匂いが鼻孔を通して脳を刺激し続けている。
部屋の主である静は、ベッドの上に腰かけていた。
「……俺たち、学校にいたよな?」
「ちょっと移動しただけよ」
「移動の過程がわかんなかったんだが?」
気づけば一瞬で、教室からここへと移動していた。
瞬間移動、あるいはテレポート。そんな技術が実証されたとは聞いていないし、未だフィクションの域を出ていない。
異常なことは連発していたが、これは最大の衝撃だった。
静はトントンと自分の隣を叩いてベッドに座れと促す。
おずおずと人和は座ると、女の子の匂いが一段と濃くなる感じがした。
「…………色々と聞きたいことは沢山あるが、竜崎静本人でいいんだよな」
「そうよ」
「何があった?」
「色んなことが」
「……説明になってないぞ」
「一言で言い表すとそうなっちゃうし、詳しく説明しようとしたら人和くんの読んでいるハードカバーの本が何千冊あっても足りないかな」
「極端が過ぎる」
「ごめんね。じゃあわかりやすく説明すると……」
微笑みながら。懐かしむように、恨めしく思うように、それこそ筆舌しがたい表情で、静は語る。
「昨日の夜から異世界を転々としてきて、数えるのも馬鹿らしくなる年月を経て、色んな知識や力や技術を得て、今日の朝に帰ってきた」
「………………わかった」
「信じるんだ?」
「信じざるを得ないというか。それでも感情と常識が邪魔してる」
大がかりな手品やトリックでは説明がつかない現象が立て続けに起き続けている。
だったら完全なオカルトや超能力の方が信じられると人和は結論付けるしかない。
「……悪かったな、色々聞いて」
「あなたには、隠すことはないから」
「それだ」
「なに?」
「なんで俺に関わる?俺はただ、一声かけた程度で」
人和と静は、隣の席のクラスメイトと同じようにいじめられていた、という接点しかない。話したことはほぼほぼない。少なくとも人和はそう思っている。
だから疑問に思った。いじめを止めたとは言い難い、たった一声かけた程度で弁当を男子に振舞うだろうか。女子が自室に男子を招く程のことをするのか。超常的な力を手に入れた経緯を話すのだろうかと。
こんな自分に、好意を持たれる根拠があるわけがない。
──何故、柱人和なのかと。
「そのたった一声が、どれだけ私の救いになったか」
静が、人和を抱きしめる。
女の子の匂い、鼓動、柔らかさ。それが間近に、より濃く伝わってくる。
その時点で、人和の脳がオーバーフローしていた。
「──ありがとう。ずっと、ずっとこれが言いたかった」
「……お、おう」
抱きしめられながら、感謝の言葉を告げられる。
何故、人和なのかという疑問に静はこう答える。──人和でなければ意味がない、と。人和じゃなきゃ嫌だ、と。
ただただ、人和は照れくさくなってしまう。同年代の女子に真正面から好意を向けられ礼を言われ慣れていないために、ドギマギしてしまうばかりであった。
「……ねえ、人和くん」
「な、なんだ」
「私に、できることってない?」
「急にどうした」
「お礼、し足りないなって。なんでもあげるし、なんでもしてあげるよ?」
「……なんでもってなんだよ。大雑把過ぎる」
「じゃあ、手始めに」
唇が、重なる。
……脳味噌が、比喩抜きで豆腐のように崩れ落ちた。
崩れてボロボロになって、溶けてペースト状になって……型に注がれて固められた。そんな感じがした気がしていた。
「────私はどう?」
「……まず、友達から、で」
「ふふ、一歩前進だね」
「竜崎さん、いきなり──」
「静って呼んで。友達でしょ」
「……ファーストキスだったんだけど」
「私もよ。……あ、別の初めても欲しい?」
スカートの裾を摘まみ上げて、下着の見えそうなギリギリを攻めた。
決して小さくない、むしろ大きい方に入る豊かな胸を、人和の胸板に押し付ける。
綺麗で可憐な、それでいて蠱惑的な静の魅力を、たった一人へと向けている。
「……まだ、いいかな」
「私は、好みじゃない?」
「そんなことは……」
「欲しくなったら言ってね?いつでもあげる」
「は、はは……」
理性を総動員し、首の皮一枚になるまで酷使したのはこの瞬間が初めてだった。
人和も年頃の男子だ。煮え立った性欲も持っている。
……この誘惑を耐えきったのは、そこを踏み切ったら後戻りできないと直感が働いたのだ。
──否、もう既に手遅れだということは薄々わかっていたのかもしれない。
「んんー、じゃあ何がいいかな。なんでも言って、人和くん」
「……なんでも、いいのか」
「うん」
「俺たちの、いじめられている現状をなんとかしてくれ、なんて」
「それじゃあだめ」
「いや、それじゃあダメって」
「これからずっといじめられないように、くらいしなきゃ」
静の提案は、人和も腑に落ちた。
いじめを受けるということは、コイツは格下であると喧伝されること。何をしたっていいと、舐められているも同じだということ。
一度いじめを退けても、同じようにいじめが繰り返されることがあっては意味がない。
やるのならば、徹底的にだ。
「……やろう。俺たち二人が、二度といじめられないように」
そして叶うならば、平穏な学生生活を取り戻す。その権利が自分たちにはある。
……人和は決意に満ちた目で、静にゴーサインを出す。
「人和くん」
「ん?」
「大好き」
「は!?おま!?」
「私のことも考えてくれる人和くんが、本当に好き。……ああ、もう、どうしよう。人和くんが欲しくなった時にって私が言ったのに、体が火照っちゃう……」
紅潮した頬で、自分を抑えつけるように自分で抱きしめて、呼吸を荒げる。
今度は静が、理性を総動員する事態となった。
下腹部が熱い。濡れる。人和の目の前で、淫らになりたい。
「……お、落ち着け、静……」
どもりながら、躊躇しながら、おずおずと彼女の名前を呼びながら、人和は背中をさすって落ち着かせようとする。
慣れない女子の名前呼び、女子の体。これが正しい行為なのかすら人和にはわからない。
さする度に、名前を呼ぶ度に、ビクッと痙攣するように静の体が跳ねる。
……それでも段々と落ち着いたようで、呼吸も小さく規則的になっていく。
「ありがとう、大丈夫。落ち着いた」
「お、おお、良かった」
「……あと、ごめん。やり過ぎるかも」
「──は?」
────突如、静の部屋の壁が宇宙に模様替えし、眼下に青い母なる地球が輝いている。
また瞬間移動か何かと人和は思ったが判断材料が少なすぎて確定できない。
現時点で呼吸できていて無重力の影響を受けていないうことは、地球と何ら変わらない環境だということだ。
静が異世界で得てきた力、知識、技術がどういったものか、人和は何も知らない。
「……思いついたこと、片っ端から言っていい?」
「いいわよ」
「部屋ははじめから、宇宙にあったってことでいい?」
「あら正解」
「……もしかしなくても、静って地球を丸ごと滅ぼすこととかできたり?」
「すごいわ、人和くん。今の私、如何にして銀河を滅ぼさないように苦慮しているところよ」
人和の推察は全て合っていた。センスは自分の遥か上をいくかもしれないと、その洞察力に静は心底驚く。
──今、静は自分から漏れ出た膨大な力を大いに無駄遣いしながら発散させようとしている。
巨象が蟻を踏んでも潰して殺してしまわないような、そんな次元の手加減を静はしていた。
別に滅ぼしたって構わないのだが、人和の手前そんな格好悪いところは見せたくない上、万一滅ぼしてしまったら嫌われてしまうかもしれない。その思いが静に超絶の技巧を発揮させていた。
「──うん、これが最善かな」
「静?」
「人和くん。これで確実にいじめ問題は解決するわ」
「え、お、おおう。すげえな。良かった」
「────だから、私と一緒に世界を支配しましょう」
「……なんて?」
「■■■■■■■■■■■■」
言語化不可能な言葉をポツリと一言、あるいは何十時間もかけてか、そんな矛盾が成立する現象を静の口から吐き出された。
「
どこからともなく、光が集い、瞬く間に形を作っていく。作り上げられた結果光が弾けて、その全貌が明らかになる。
──それは、ドラゴンであった。ファンタジー物の漫画やアニメ、ゲームに出て来るような、四肢と翼があるドラゴンであった。
……いつでもビー玉程度の地球を握り潰せてしまう程の手を持つ、超巨大なドラゴンであった。
あんぐりと、口を開けて呆けるしか人和にはできなかった。
「カメラよーし、えーっと、んん゛、マイクテス、マイクテスっと……」
隣で、身だしなみと喉のチェックをする静。
これからするのは世界に対する宣戦であり、恭順の要求だ。そういった意味では、正装である制服は正しい装いであるのは間違いなかった。
威圧、たっぷりに。いくつもの世界を渡り、いくつもの世界を征服し、いくつもの世界を滅ぼしてきた、彼女にとってのいつものスタイルをここで発揮した。
……そこにいたのは日本の女子高生、いじめられっ子の竜崎静ではない。
“不可侵”“触れてはならぬもの”“The Elder”“邪龍神王”“ドラゴン”“αΩ”──等々、数々の忌み名で語られる異世界からの帰還者、シズカであった。
『全人類に告げる。貴様らの生殺与奪の権利は私、竜崎静と契約者柱人和が握った』
『我々の要求は唯一つ。我々の恙なく続く穏やかな生活だ』
『それが破られた時、警告なく地球ごと太陽系を跡形もなく滅ぼす』
『貴様ら人類は、我々の平穏を死守せよ。それだけが貴様らの存在意義である』
『重ねて告げる。貴様らの生殺与奪の権利は私、竜崎静と契約者柱人和が握った』
『我々の要求は唯一つ。我々の恙なく続く穏やかな生活だ』
『それが破られた時、警告なく地球ごと太陽系を跡形もなく滅ぼす』
『貴様ら人類は、我々の平穏を死守せよ。それだけが貴様らの存在意義である』
一方的に、理不尽な要求だけを捲し立てて、静の宣告は終了する。
全人類人質宣言、なんていうものを隣で聞いていた人和はただただ固まったままだ。
「……何してんの?」
「いじめられなくなる絶対の方法って何か知ってる?」
「……ご教授願います」
「力の差を示すこと。それも圧倒的な力の差。手を出そうなんて考えも及ばせないくらいに示せば、誰もいじめようなんて思わないよ」
「…………それでも手を出してきたら?」
「人類って愚かだねーって人類みんなが思うことになるんじゃないかな?」
あっけらかんと、そう言った。
その時になってしまったら本気で静は地球を滅ぼす気でいる。おそらくはあの、地球すらビー玉程度になっているサイズ感が狂ったドラゴンによって滅ぼされるのだろう。
ほんの少し、ほんの少しでいいから、今日から人類は賢くなってくれと人和は猛烈に願う。
────柱人和は竜崎静を庇ったことを生涯後悔する。
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