エクスカリバー

「練潔執行隊、対象の無力化を開始する」


 その瞬間、小瓶から火が噴き出し手を包んだ。そして火はゆらゆらと手から伸び、剣の形状に変化した。


(無詠唱だと?いや、それは不可能なはず)


「……どんなトリックを使った。無詠唱の魔術行使は不可能だし、時間差にしても魔術は発動できないだろう」


「トリックなどではないさ。まず、洗礼十字師団は3つの部隊に分かれる。我々の後方支援を行う福音浄化隊、全線で戦う我々練潔執行隊、そして我らの魔術の詠唱のみを担当する特化部隊、詠唱聖歌隊だ。詠唱聖歌隊は隊員一人一人が、自身の魔術を詠唱に特化させている。それでこういった無詠唱まがいの芸当が可能になる」


 隊員は炎の剣の切っ先を藤次に向けた。


「さて、解説も終わったことだし、大人しく拘束されろ。異端の魔術師」


 藤次はその発言に僅かながら反応した。それは藤次を、この場にほんの少し留まる気にさせた。


「……時間は掛けてやらないぞ、三下」


 藤次は腰を落として構えた。


「へえ、まさか丸腰で戦う気とは冗談が上手い」


 藤次はそれに答えることなく、地面を蹴って目の前の隊員に突っ込んだ。それに隊員は炎の剣を構えたが、思わず圧倒された。


(速すぎる!略式詠唱の時点で大佐の出力を超えているのか?)


 その時、藤次は身体能力が常人の20倍にまで上がっていた。藤次はギリギリかわす隊員を無視して、反対側の建物に飛び移った。そして足を止めるとすぐに振り返った。


(距離を取った?何をするつもりだ)


 隊員はその間合いに何か悪い予感を感じた。


「おい、ターナー。ここ一帯の魔術防護に漏れはないだろうな」


 ターナーと呼ばれた隊員は炎の剣を下ろすと、端末を確認した。


「触覚プロテクトも使ってるんだ。これ以上ないほど完璧な状態さ」


「そうか…」


(あそこから部屋の荷物を取りに戻るとしても距離が遠い。それに別動班もその荷物を回収しに向かっている。奴の取りうる選択肢はそう多くないはずだ……)


 隊員はいまだ動かない藤次を見据えるとその動向に注目した。


 藤次はホテル屋上で藤次を待ち構える隊員たちを見ていた。


(一度距離を取ったが、これからどうする。相手は俺よりずっと対魔術師戦に慣れた、BCDの戦闘員たちだ。それが複数人も魔術を使用して俺だけを警戒している)


 藤次は懐の本を思い出した。


(触媒として機能するのはあと一つ。それも日本語翻訳の第6版。触媒としては弱いが、これを使うしか状況は変わりそうにないか…)


 それに時間も無い。藤次は周囲を確認した。どうやら特殊な魔術防護がなされているらしく、効果範囲内の物理的ダメージは無効化されていた。さらに一般人が魔術行使を目撃する心配も無い。昼間の市街地戦に対応しているのだろう。少なくとも建物や一般人が巻き込まれる心配は無さそうだ。


(…タイミングは今しかないか)


 藤次は小声で詠唱を開始した。


『彼の地に降り立つは大いなる神性 往きて四方は導かれ、刻む時は停滞せん


 その誓約に従い 聖なる光は…』


 それと同時に懐から本を取り出すと、とあるページを開いて片手に持った。


 それを見たBCDの隊員たちは、すぐにそれを阻止しようとした。


「行くぞ!詠唱を完了させる前に無力化させる!」


 隊員たちは炎の剣を構えて屋上から飛びあがると、藤次に向かって一斉に切りかかった。だが、一歩遅かった。


『清書光臨』


 その言葉と共に、藤次は右手に持っていた本のページを空いた手で触り、何かを握るしぐさをした。そして、切りかかってきた隊員たちを避けるように屋上から飛び降りた。そして、何かを握りこんだ左手を本から引き抜いた。


「なんだと!?」


 その手には、曇り一つなく輝く一振りの剣が握られていた。藤次は地面に着地すると、すぐさまホテルの中に入った。


「まずい!別班の連中に至急連絡しろ!屋上から取り逃がしたと!」


 屋上の隊員たちはホテルの途中階のガラスを破って中に侵入した。


(なんとか成功したか。あとはこれがどれくらい保つのか、だな)


 藤次は非常階段を駆け上がりながら左手に持つ剣を横目で見た。藤次が具現化したのは、日本語翻訳版『アーサー王物語』の第7版で、手に持っている剣は作中に出てくる聖剣、エクスカリバーだった。


(原本とはかなりの違いがある以上、触媒としての効果は薄い。強度や切れ味、魔力的威力もあまり期待は出来ないだろう)


 切り合いはできるだけ避けたい。そう思ったのもつかの間だった。階段を上がり最上階の扉を開けた瞬間、藤次は腹部に向かって発砲されていた。


「ッ……!」


 藤次は間一髪、エクスカリバーで撃ちだされたゴム弾を両断すると、強い衝撃を手に感じながらよろめいた。


「今だ!間を置かずうち続けろ!」


 BCDの別働班は、携帯していた自動拳銃を藤次の首から下を狙って打ち続けた。


(まずい、焦った…!)


 藤次はまたもや数発、弾を切り伏せた。それでも防ぎきれなかったゴム弾が体を掠めた。さらに一発、みぞおちに弾が当たった。


(これは……!)


 藤次はその場に膝をついた。


「対象に命中!効果あり!」


「そこ2人、拘束具を持て!」


 数名の隊員たちが藤次の元にゆっくりと向かってくる。藤次は剣を床に突き刺すと、それを支えになんとか立ち上がった。


(この状況……一撃で全員を倒すしかないか)


 そして剣の切っ先を目の前に向けると、両手で柄を握った。


(できるだけ的を絞る!)


 藤次は意識を剣に集中すると、魔力を一気にその刀身に流した。それに気づいた隊員たちはすぐ立ち止まったが、すでに手遅れだった。藤次の込めた魔力はエクスカリバーを介して指向性を持ち、魔力の巨大な渦となって廊下に立つBCD隊員たちを吹き飛ばし、ホテルの外壁をぶち抜いて巻き込まれた隊員たちを外に排出した。後に残るのは細切れになったカーペットやぼろぼろになった壁だけだった。それと共に、一気に膨大な量の魔力を流されたエクスカリバーは粉々に砕けた。


「上手くいったか!」


(急いで荷物を取りに行くぞ)


 藤次は荒れた床を走っていくと、最奥のスイートルームにたどり着いた。藤次がカードキーでドアを開けると、室内は手つかずの状態で残っていた。


(なんとか間に合ったのか……)


 藤次はすぐにクローゼットから荷物を取り出し、触媒となる本をコートに入れた。


(今日中にはけりをつけたい。まずはレインの居場所を突き止めて救出する。その為には……)


 藤次はすぐさま魔術を使ってその場から姿を消した。

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