友情論
二里
友情論
「だからさ、やっぱり愛と勇気なんだよ」
「は」
「いや、そんな聞く気なさそうに言わないで。疑問形ですらなかっただろ」
「あのね、朝の六時半に電話なんかかけてきたら、どんな大変なことが起きたかと思うでしょ。それでいきなり訳のわからないこと言っといて『聞け』って何? 切っていい? ていうか切るね」
「待って待って、ごめんなさい。いや、土曜の夜からずーっと考えこんでてさ、気づいたら外がうっすら明るいし、お前なら起きてるかなーって思って。ごめん、寝てた?」
「起きて部屋の掃除してました。わたし働き者だし。まあ何か言いたいことがあったらどうぞ。聞き流してあげるから」
「流すのかよ。いや、考えてたのはイカロスのことなんだけどさ。勇気だけを友達にして飛んで行ったみたいな歌の奴」
「合唱でやったね。『勇気一つを友にして』でしょ? 全然話は見えてこないけど」
「でさ、奴は太陽に近づきすぎて死んじゃったけど、その心の根底にはきっと愛があったんじゃないかと思うんだよ。勇気だけを抱いてやることってさ、魔王と戦うとか子供の命救うとか、普通もう少し建設的なことだろ」
「その発想、普通?」
「それが太陽目指して一直線ってのは、イカロスにあったのは勇気だけじゃない。ひたむきな愛こそが彼のもっとも信頼する友だったのではないか、と。愛と勇気の二つがあってこそ、届かないものに向かっていく強さっていうか、憧れっていうか、そういうものが人の中に育っていくんじゃないかな」
「なんでそんなことを夜通し考えますか」
「聞いてくれるか」
「いや、いい……。あれでしょ、振られた?」
「そんなストレートに……」
「はいはい、泣かない。ま、愚痴にしては気が利いてる方じゃない? あとさ、愛と勇気も重要かもしれないけど、目標を達成するためには少しの想像力も必要なんだと思うよ。このまま突き進んでも、相手の熱に負けるだけだなーとか、的確な判断のための想像力」
「そういうもんかなあ。でも想像ばっかり働かせてるのも苦しいぞ。ていうか、意見を返してくれるとは思わなかった。ありがとう。」
「いいえ。それじゃ苦しくない程度に想像してみようか。わたしが休日の早朝から掃除にいそしんでいるのは何故でしょうか?」
「え、何かあるの? えーと、誰か人が来るとか? ごめん、じゃあ切った方がいいのか」
「残念。その気遣いも悪くはないけどね。掃除というかさ、捨ててたんだ、今」
「……何をですか」
「怒りという名の思い出を、です」
「言い方が怖いよ。え、何だよまさかお前も? そのー」
「言っておくけどね、こっちから願い下げだったっての。もうあんまり腹が立ったから早寝してやったら朝五時に目が覚めちゃったし。でもまあ、今日がいい天気だったのが救いかな。徹夜の人には眩しすぎるかもしれないけどね」
「なんだよ潔いなー。凄いな、お前。くよくよしてた自分が情けないような……」
「いいんじゃない? 変な話が聞けてちょっと面白かったし」
「そうか。あのさ、おれもこれから片付けするから、昼飯はどこか食いに行かない?」
「一緒にむかつく奴のことでも愚痴りあう?」
「愚痴りあおう。でさ、すっきり忘れようよ」
「日曜日だもんね」
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