episode.14 犠牲の上に

リュシアン様と先生の言動は不可解すぎる、ここで取り乱しては以前に感じた無力感に苛まれる事になる、落ち着いてこの場をどうにかする方法を考えなくては。お父様は完全に冷静さを欠いている、アリサも私を守ろうとその一心で動いているだろう。


「王よ何事ですか!!」


扉の向こうから兵士の声が聞こえる、私は助けを呼ぼうとしたが思い留まる。一部始終を見ていたのはこの現場にいる人だけ、果たして私達の訴えに意味はあるのでしょうか、屋敷の中であった時のように。


「兵を集めよ!オーエンス伯爵が王に刃を向けた!」


私が考えている隙にリュシアン様が声を上げる、それに応えるようにして扉は開かれ外にいた二人の兵士がこちらを覗く。王を介抱する王太子、牢に捕らえられたお父様。現場は火を見るより明らかだった。


「お前、すぐに兵を集めよ!!」

「はっ!!」


そうして入り口を防ぐようにして兵士は剣を抜き構える、いよいよ言い逃れすらできなくなってしまった。抜け道は断たれて、残されたのは現場証拠のみ。


「アリサ、逃げるわよ」

「エレナ様っ!?」


もう四の五言っている暇はない、私は魔力を練りお父様を牢から出す事を考える。それを防ごうと先生も同じくして魔力を練りこちらに手のひらを向けるが、アリサが誰よりも速く動き出し先生を抑え込み、その隙に《フレアボム炎焔ノ爆撃》を唱え、岩の牢を破壊する。


立ち込める爆煙の中、お父様が、勢いよく飛び出しリュシアン様に向かっていく。互いに剣を打ち合い激しい剣戟が繰り広げられていた、私も入り口にいた兵士に向かってもう一度|フレアボム《炎焔ノ爆撃》を放ち、それを無力化させる。


「リュシアン貴様ぁっ!どういうつもりだ!?」


怒号と共に二人の剣は激しさを増していく、何か話をしているようにも見えたがこちらには聞こえてこない。私は出口を確保しアリサとお父様を呼んだ。


「お父様、アリサ!兵士が集まる前に今は!!」

「ぐっ、あぁぁぁっあああ」


剣を交えている最中、頭を押さえながら苦しみだした一瞬を狙ってリュシアン様の剣を勢いよく打ち上げ、お父様は距離を取り私の方へと向かって走ってくる。アリサも同じくして先生を壁に向かって投げ込み、勢いよく衝突させていた。


「ぐっぁあっ……はぁーっ、はぁーっ……エレ…ナ」


絞り出したような声でリュシアン様が私の名前を呼んだことに驚いた、お父様は「逃げるぞっ!」と声を荒げ私の手を引っ張る。


そこから部屋を出るまで振り返ることをしなかった、前だけを見据えて走り出していたがリュシアン様の声が頭にこびりつく。それでも振り返ることはできない。振り返ったらきっと、すべてが終わってしまうから。


そうして部屋を飛び出ると大量に金属のぶつかる音がこちらに向かっていた、恐らくこの城の兵士達がこちらに向かってきているのだろうと推測できる。私たちが向かっている方角から聞こえるその音とぶつかるには、そう時間はかからなかった。


今は敵とはいえ何の罪もない兵士たちを手に掛けるのは気が引ける、お父様はそんな考えを断ち切るかのように勢いよく突っ込み、兵士たちを薙ぎ倒していく。


「エレナ、アリサ。今は生き延びることだけを考えろ、余計な情は持ち合わせるな!!」


アリサはその言葉に従うようにして真っ先に飛び出して行った、私は目を閉じ深く息を吸い込みながら気持ちを切り替える。次に目を開けた時、転がっている兵士の剣を手に取り容赦なく斬り伏せながら突き進む。


鎧を着ているおかげか致命傷にはならなくも、気を失う程度には力を込める。「敵を通すな!」「これ以上進めるな!」「ここで抑えろ!!」などと叫び合う声が聞こえるが構わない、今の私達を止めることなど誰であっても許さない。


しばらく突き進んだ頃兵士の数が極端に少なくなったことに気がつく、思えばこの城に入った時もそうだがここには人が少な過ぎる気がしていた。


「リュシアン殿下は寸前まで正気を保っていたが、あそこで崩れたそうだ」


走りながらお父様が端的に説明をしてくれた。


「最悪に備えて城の人払いを済ませたと言っていた」


最後に私の名を呼んだあの瞬間が本当に意識を保っていられた限界だったのだろう、飲み込まれた寸前で意識を取り戻しお父様に伝え、私の名を……。


「そう……ですか」


そうして城を出てセブンスの馬車が見えた、幸いな事に兵士の手は及んでいなかったようで数名だけが周辺に横たわっているのが確認できた。


「旦那様、もしや……」

「あぁ、最悪の結果になった。取り敢えず話していた通りに一旦向かうぞ」


お父様はこの事も想定しており、セブンスとは打ち合わせをしていたのでしょう、その言葉だけで馬車を走らせる準備をするために御者の席に登っていった。


「エレナ様っ!!」


アリサが叫ぶと同時に近くを何かが通り過ぎていった。体を突き飛ばしていなければ、通り過ぎたそれは私に直撃していただろう。ここまで来たとはいえ、油断ならない状況に変わりはないようだ。


「ここは私に任せてお二人は馬車に!!」


そうしてアリサがナイフを構えた先には、先ほど投げ飛ばしていたはずの先生が見えた。


「逃がしませんよ」

「私が抑えますので!早く!!」


そう言うと先生は石で形成された矢を展開しこちらに向かって放ってきた。先ほど飛んできた正体は先生の魔法によるものだったらしい、アリサは素早くナイフを振りその全てを叩き落とした。


「エレナ乗れ!!」

「アリサァっ!!」


私はお父様に引っ張られるようにして馬車に連れ込まれた、扉を閉めた瞬間に馬車はアリサを背にして走り始める。あのままでは先生どころか城の兵士に囲まれる事態になりかねない、それでも私たちを逃がすためにあの場に残る決断を下したのだ。


振り返ることは許されない、戻る事は出来ない。そんな想いを抱え、無情にも馬車は音を鳴らしながら進み続ける。


しばらく走り出した頃、セブンスよりもう少しで王城を抜け出せますと伝えられた。ここは王城を中心としその周囲に巨大な庭、そしてその周りを囲むように王壁がそびえ立っている。それを越えるための門が近づいていたらしい。


「旦那様!」


ホッとしたのも束の間、セブンスの声と共に進行方向を馬車の窓から遠くを見つめると一つの集団が目に入った。その集団は身の丈ほどの盾を構え始めていたのでこれ以上馬車で突破する事は難しい事が私でも理解できていた中、お父様が下した決断は。


「セブンスすまない、頼めるか」

「何をおっしゃいますか、ここで散れるなら本望というものです」

「お父様何を……」


お父様は私を抱きかかえ馬車から勢いよく飛び降りる、転がるようにしてその場で倒れ込むがセブンスの操作する場所は関係無いかのように突き進んでいた。すぐに立ち上がったお父様は私の手を引きながら庭の中を横断する。


「立て、行くぞ!」

「お父様、まさかっ!」

「言うな!!」


そうして遠くの方で激しく馬車が衝突する音が聞こえた、馬車は激しく横転し馬の鳴き声も上がる中、こちらに意識を向けないかのように激しい戦闘音がこちらまで響いていた。それは今まで見てきた戦闘の中でも一番に激しく、安心して進んでほしいと伝えるかの様に。


「すみません、行きましょう」


お父様はそれ以上何かを話すことなく何処かに向かって走っていく。


暗闇の中身を隠しながら走り進み、向かった先は等間隔にそびえ立てられていた塔の一つだった。王壁に組み込まれていたこの塔は周囲を監視する目的なのだと思う、ここを登って壁を越えるつもりなのかしら。


「まだ走れるか?」

「えぇ、大丈夫です」


泣くのは後悔するのは後だって出来る、残していった人達の想いを無駄にしない為にも私には突き進むしか無かった、生き延びれさえすればどうにでもなる。そう自分に言い聞かせながら、震える足を抑えつける。


そうして私の思っていた通りに塔を駆け上り頂上に向かっていく、前を走るお父様を必死に追いかけながら。頂上に着いた時、この国を一望できるほどの絶景が広がっており、こんな状況でなければ美しく眺める事が出来ただろうと哀しく思えてしまった。


「リュシアン様と見たかった……」

「まだ諦めるな」

「……はいっ」

そうして頂上に着いたお父様は塔の下を覗き見る。

「お父様、まさか?」

「あぁ、そのまさかだよ」


そうすると側に転がっていたロープを下に投げ落とし降りる準備を整える、有事の際に素早く下に降りれるようにと各棟にロープが用意されていたそうだ。兵士ならば降りる訓練をするらしいが、私にはそんな事する機会は勿論無かった。


お父様に渡されたグローブを手に通し、ぶつけ本番の降下が始まる。


「大丈夫だ、ついてこい」

「……は、はい」


それなりの高さとしたが暗闇で見えない恐怖に足下が掬われそうになるが、何度も何度も自分に言い聞かせる。こんな恐怖は残された者にとって軽いものだと、お父様が先導してくれている分安心もあると。


私は意を決してロープを手に取り勢いよく降りていく、途中渡されたグローブで減速を繰り返しながら真っ直ぐに。地面に降り立つ寸前にお父様が受け止めてくれた、私はロープから手を離し地面に降り立つ。


「よく頑張った」

「もう二度とごめんですね」

「屋敷に寄りたいとこだが、そんな余裕はないだろう」

「一体何処に向かうのですか?」

「すまない、説明している暇はないがこの国を出る」

「この国を?」


そうして再び走り始める。次に向かうはこの国を出るために関門を越えなければならない、そこから先私たちはどうなるのだろうか。そんな忍び寄る不安に襲われそうになりながらも足を動かし続ける、今はただ生き延びるために。

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