episode.11 絶望の中に
私が皆に責められながら部屋に押し込まれたその日、起きる気力も無くただソファに横たわっていた。部屋には明りもなく、事実上の監禁状態でしょう。
私が一体何をしたというのだろうか、こんな仕打ちを受けなければならない事をしたつもりはない。もう私には信じれるものはない、お父様も時間を作ったとはいえ落胆している頃。
私に下す沙汰を見極めながら。見方によっては実の妹を殺そうとしたようにも持っていけるでしょう、それが望みなのかしら?なら、良くてもこの国からの追放若しくは奴隷落ち。どっちにしろ私に未来は無い。
いっその事死んだ方が楽だと思えるほどに考えてしまう、この身を焼き焦がす程の炎を起こせば、少なからず全員に反撃できるでしょうか。
「それほどの炎であれば、この屋敷ごと」
そう呟いた瞬間に左手から赤黒い炎が灯っていた、魔力を込めたつもりもなく溢れ出るようにそれは流れていた。焦りはしなかった、ただただ揺らめくその炎を一点に見つめ続ける、初めて見たはずのこの現象はどこか身に覚えがありながらも美しく思え、初めて抱いた黒い感情に気応するかのようにも。
「綺麗ね、この炎」
これを一気に解き放てば望む結果をもたらすかも知れないが、その先にあるものを考えた時に虚しくなる。
「いっその事、一思いに殺してくれたほうが……」
人間追い込まれるとそんな事も浮かび上がってしまうのだと、驚きながらも自然と受け入れている自分に怖くなった。
「そんな事を仰らないで下さいな」
私は聞き馴染みのある声に驚きながらも声のする方へと視線を向けると、そこには天井裏から顔を覗かせている影が見え、薄暗い中で顔は見えないがその声からアリサだと確信できる。
「アリサ…かしら?」
「エレナ様、アリサでございます。今は説明している暇はありませんので」
そう言いながらアリサは天井裏から降り立ち、壁の方へと向かって歩いていった。そこで何やらゴソゴソとしているかと思えば、壁が静かに動きだした。
「さぁエレナ様、参りましょう」
「えっと、どこへ?」
「移動しながらお話しますので、さぁ」
その言動に少しだけ期待を寄せたくなってしまうが、果たして信用していいものなのだろうか。つい先ほど信じていたリュシアン様のように、いつ何時心変わりをして私から離れていくかと考えるだけで怖くなる。
「ありがとう。と言うべきなのかしら、でも私はその先には行きません」
「エレナ様?」
「最期に、お父様やリュシアン様が私にどのような判決を下すのか見届けます。それが、どんなに残酷な結末であったとしても」
これ以上何かに期待したくない、何かを信じたくない。もたらされた結果を素直に受け取り結末を迎えよう、私はもう疲れてしまったから。
幼い頃から決して幸せと呼べる人生ではなかった、友人や知人はおろか味方と呼べる者もいなかった。唯一の血縁者であるお父様も、その側近であるセバスも唯一話せる相手だとしても殆ど会うことすら叶わなかった。
私には煌びやかな夜会も美しく着飾るドレスも、素敵な王子様に並ぶ姿も過ぎたものだった。身の丈以上のものを望んだ結果がこれだ。私にとっての人生は、過ごした時間や努力は無意味に散った。
「人並みの幸せすら私には勿体なかったのね」
そう溢れた言葉と共に大粒の涙が頬を伝う、絶望と同じくして諦めを感じ、その瞬間に私の終わりは告げられた。流れる涙を拭いながらもアリサに告げる。
「アリサ、ここにいてはダメよ」
本心でありながらも来てくれたことには感謝していた、ここまで来てくれて何かをしようとしているのだから、これ以上私の問題に巻き込みたくもない。
「エレナ様ご無礼を承知で失礼します」
そう言いながらアリサは私の下へと駆け寄り、勢いよく私の胸ぐらを掴み、顔を寄せて近づけてきた。
「貴女らしくもない……私が何故ここにいるか分かりますか?」
「助けるためでしょうけど、私は望んで「私は、貴女に命を救われ貴女と共に過ごし、貴女の努力する姿を見続けてきました」
私の言葉を遮るようにして話を続ける、正直こんな事をされても嬉しくはなかった。逃げたって立ち上がったって信じてくれる人もいなければ、戻ってくるものも無いのだから、これ以上は辛いだけ。
「そんな貴方の為に尽くしたいと思えたのです」
静かに声を落としながらも力強い言葉が続いていた、私には勿体ない言葉に申し訳なく思えてくる。そこまで言われるような事をした覚えもないのだから。
「そんなに大層な事はしていませんよ」
「良いですか、貴女がご自身の事をどれだけ蔑もうがどれだけ悪く言おうが、私が側にいたいと思った貴女は私の中にしっかりと居続けています。それを否定しないで下さい、逃げないで下さい。まだ諦める時では無いでしょう」
「これ以上私に何を頑張れと言うのですか、もう何も期待させないで、希望を持たせないで。お願いだから……」
一方的な気持ちについ感情的に返してしまった。ここで大きな声を上げれば屋敷の誰かが飛んでくる、そうなればアリサにも危害が加わるかもしれない。
「いいですか、私は貴女に仕えるメイドです」
「だからといってここまでの危険を冒す必要は…」
そうしてアリサを否定する言葉を続けようとすると、胸ぐらを掴んでいた手を離し、優しく私の両手を握りながら暖かい声で私に続ける。
「貴女に生きて欲しいのです、まだ道はあるのですから今までの努力ごと否定しないでください」
先ほどから堪らえようとしても涙が溢れ続ける、アリサの本気の思いが視線を通して私の崩れかけていた気持ちを繋ぎ合わせてくれるように感じ、この暗い部屋の中でも伝わる熱意が心に暖かく響き渡っていく。
「それでももう、全て崩れ落ちてしまった。何も残されていないのよ」
「もう一度言います。私は貴女を救う為に来ました、私についてきてからでも遅くはありません」
「アリサを信じていいの?」
「私が信じられないと言うのであれば、無理矢理にでも引きずって連れて行きます」
そう言いながらアリサは天井から降りる時に使ったであろうロープを手に取り、私に見せつけてきた。
「ふふっ、酷い話ね」
それを見て思わず笑みがこぼれてしまった。気がつけば体は少しだけ軽やかになり、先程までの鬱屈としていた感情は薄れていったように感じる。私はその場で立ち上がりアリサに向き直り案内されるがままに壁の向こう側へと進んでいく。
「それで、これは何処に繋がっているの?」
壁を閉めてランタンに火を灯したアリサがこちらに明りを向けながら「旦那様のもとです」とだけ告げて奥へ奥へと進み始めた、私も後に続いて歩いていく。
お父様のもとへと向かっていると聞き少しだけ気持ちが昂った、こうして秘密裏に動くのであれば周囲に明かせない話をするつもりなのだろう。私もこのタイミングで聞けるのであれば、どうしても問いたい事がある。
しばらく通路を進み続けるとアリサが壁の前で立ち止まり、同じくして壁に向かって操作を始める。私の部屋と同じくして壁は開かれ、そこには見覚えのある部屋が広がっており、その先には私たちが入ってくるのを待っていたかのようにこちらを見つめながらお父様は立っていた。
こうしてお父様の姿を見ると急に話をするのが怖くなり、一歩が踏み出せずにいてるとアリサが軽く背中を押し出してくれた、勢いついた体は前に倒れながらもしっかりと一歩目の足で踏みとどまる。振り返ると満面の笑顔としっかりと立てられた親指をこちらに向けていた、ほんの少しだけど勇気を貰えた気がしもう一度お父様の方を見据える。
「お父様」
「エレナ……」
包み込む空気も、お父様の声や表情すらも以前と同じとはいかない。本当ならワインを片手に親子で気兼ねなく話したい所ではあるがそうはいかない。
「お父様、私は……生まれてきてはならなかったのでしょうか」
「っ!?何故そのような事を」
昔からどうしても聞きたかったけど、怖くて聞けなかった。肯定されてしまったその瞬間、私という存在がこの世から消え去ってしまいそうでそう考え込まなければならないほどにずっと孤独だった。
だけど今日、今日だけは後ろにアリサがいてくれる。
「お
さぁ、私は言い切った。どんな言葉でも受け入れる覚悟は出来ている、リュシアン様にも信じてもらえず追い詰められた私は、先程まで死んでもいいとすら思っていたのだからあれ以上に怖い事など無い。
「すまない、エレナ」
言い淀むお父様の口から出たのは、私が今一番聞きたくなかった言葉だった。
「慰めの言葉などいりません、分かっております」
「違っ、エレナ俺は」
こんな事にならなければならない理由があるのであれば聞きたかった、納得いかなくとも感情だけでなく原因がそこにいるのだと知っておきたかった。
「そういえば、私には本当のお母様もいらっしゃいませんからね。お父様が話したがらなかったので、今まで聞けずにいましたがそこに理由でもあったのだと……そう思わせておいてください」
先程、あれだけ泣いたので溢れることはない。ここで泣き顔を見せるのは負けたのと同じ、強く胸を張ってお父様と向き合う、散々私のことを放置していたのだ後悔するならすればいい。
「エレナそれは違う!」
「一体、何が違うと言うのでしょうか」
そう力強く問い詰めると、近づいてきたお父様は大きく息を吸い込み両腕で私の肩を掴んできた。さらなる緊張感が高まり、吐き出す息ととともに告げる。
「えっ?」
私が思ってもいなかった内容を、隠されてきた事を。
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