33.三日目 / 害虫駆除

 首都を攻撃しているV2ロケットらしき兵器はこの国では『ラケータロケット』と呼ばれるようになっていた。いくつか不発弾があったらしく、それを見た人がラケータと呼び始めたことから広まったという。

 そしてそのラケータだが、一日に3回くらい首都に打ち込まれている。被害はそう多くは無いらしい。ただ、いつ死ぬか分からない恐怖というものに晒され続けている。

 軍事的にはあまり意味はなくても、人民の心に大きな傷を付ける兵器だった。……悪魔め。

 そう遠くない未来に、シェルショックPTSDが問題になりそうだ。


 いつ死ぬか分からない恐怖という点では私たちも恐怖を感じなければならないものの、空戦の時に感じるのは高揚感が殆どだった。気がついたら、心は半分くらい壊れていた。

 でも笑顔の方が大事だから仕方ないよね。地獄を生き抜くなら楽観的に行かないと本当に死んじゃう。


 さあ、今日も頑張ろう!







『ていうか昨日、地上のヤツから二つ名で呼ばれてなかったか、少尉?』

『え、そうでしたっけ?』

『聞き間違いじゃなければな。ま、歩兵なら休暇の時に首都で会うこともあるだろ。詳しく聞いてみろ』

『そうですね、そうします』


 今日は襲撃機部隊の護衛だった。残念ながら、ミールがいる連隊ではない。一緒にやりたかったなあ。

 敵の地上部隊は首都のすぐ側まで迫っていた。他の場所ではこのような一点突破は行われていないらしく、大衆ゲルマンも我が国も、この攻勢が運命の分かれ道になっているらしい。

 なお今回は私たちだけではない。たった3機で護衛は無理だからね。


『首都から襲撃機が出撃するなんて。随分と押し込まれちゃってるんですね』

『そのようね。例の機甲師団よ。補給も来ないだろうし後続が来ないで包囲される危険も高いでしょうに、危険を顧みずに突出できるなんて本当に精鋭なのね』

『16個師団全部投入されてんだろ? この隙にこっちも攻勢……と思ったが首都が攻撃されてちゃそんな余裕もねえのか。どうすんだろうな』


 地上を見ると、敵の機甲部隊が目に入ってきた。対空戦車も居るようで、近付いてくる襲撃機に向かって機関砲を放っている。

 上空には敵の航空機が数え切れないほど飛んでいた。結構本気のようだ。この攻撃を止められないと、首都は危ない。


『敵戦闘機、多数です。敵の攻撃機も居ますね。どうします?』

『他の分隊長と通信するわ。ちょっと待ってね』


 ミラーナ少佐に判断を仰ぐと、私に答えてから少しの間私たちの無線から外れた。エンジン音が響く中、リーリヤ少佐が口を開いた。


『にしても、今回の敵は蚊柱みてえだな。そこまでして機甲師団の損害を減らしたいのか』


 蚊柱……言い得て妙だった。

 大衆ゲルマンの戦闘機は細長くて、エンジンの音も私たちのより甲高い。私たち第33航空分隊では彼らを指す言葉は『イモ野郎』だけど、他の部隊では『ヤブ蚊』だったり『バカトンボ』だったり、羽虫になぞらえて呼ぶところも多い。

 ちなみに、敵からは私たちは『白兎』。他の部隊だと『不良品』(未塗装の機体に乗ってるかららしい)、『野蛮人』、あるいはシンプルに『イワン』。

 名前で言うと、こっちからだと敵を『フリッツ』って呼ぶこともある。

 実に紳士的な話し合い文化だね。戦後にはラップみたいに花開いてそうだ。


『機甲師団は大衆ゲルマンの陸軍にしては珍しく本国人のみで編成されてるらしいですからね。空軍と同じくらいの力の入れようですよ』

『そして内戦を戦い抜いたエリート師団か。嫌な相手だぜ』


 雪原を走るゲルマン機甲師団が戦闘を開始した。私たちの国の戦車師団と、防備を固めていた歩兵部隊とぶつかり始めた。

 襲撃機の攻撃も始まる。私たちは指示が来てないからまだ待機。だけど、すぐに行くことになるだろうから気分だけはアゲておく。やってやるぞ!


『話が付いたわ。彼らが突入して敵の提携を崩すから、外から敵機の数を減らしてほしいって』


 ミラーナ少佐が通信に復帰した。

 今日は珍しく、私たちが雑魚処理をするらしい。命の危険が少なくてラッキー。

 もう何機も落としてるエースになっちゃったけど、別に戦うことは好きじゃない。

 空戦は楽しいけど、嫌いだ。


『お、先鋒切らなくて済むのか。楽でいいな』

『とはいえ機甲師団の護衛ですから、きっと敵もやり手ですよ。気を付けていきましょ』

『そうね。リーリャ、油断は禁物よ』

『ラーナもな。まだ本調子じゃねえんだから』


 ミラーナ少佐の魔眼の反動はまだ残っていた。一週間程度で治りそうな感じ……と言っていたからそこまで深刻でもないんだけど、今は戦時だ。

 平和な時なら視界不良は危険だから一週間飛行禁止になるんだけど、今はそんな贅沢も言っていられない。私たちで最大限サポートしよう。


 スロットルを押し込んで、エンジンの回転数を上げる。私の鞭に応えて機体は大きく嘶き、敵に向かって走り出す。

 味方が突入して、蚊柱は散った。けど、堕とすべき虫は元気に空を飛んでいる。

 害虫駆除の時間だ。


《――! ――……――!!》


 いつも通りに敵は無線に割り込んで叫んでいるのだけれど、その数が多すぎたせいでライブの時の歓声みたいになっていた。


『くく、この数だと混線しまくって何言ってんのかわかんねえな。今日はサボっちまうか』

『敵も聞こえないでしょうからね。数を減らしてあげて、聞こえやすくしてあげましょうか』


 速度を上げようとして前に目を移すと、ミラーナ少佐の機体が少し下がっていっているのが見えた。

 問題のない範囲ではあるのだけれど、あの少佐がこうしたミスをしてしまうのは珍しい。


『おいラーナ平気か? 高度下がってるぞ』

『え? あら、ごめんなさい。上の方があんまり見えなくて』

『今は計器をよく見とけ。感覚のが信頼できるってのはよく分かるけどな』

『そうするわ。ふふっ、リーリャに注意されるなんて久しぶりね』


 リーリヤ少佐に注意されて、ミラーナ少佐の機体の高度は安定し始めた。

 敵部隊に近付いていて、戦闘はすぐに始まる。


 敵戦闘機が私たちに気がついて、一直線に突っ込んできた。混戦状態だから興奮していたのだろう、僚機も付けずに突出してくるものだから対処も簡単。

 少佐たちが敵機を誘うように両脇に旋回した。そして、選んだのはミラーナ少佐の機体だった。

 お腹をがら空きにして少佐の機体の後ろに付こうとする敵機に照準を定めて、機関砲を撃つ。

 赤い曳光弾は敵の胴体とコックピットを粉々にした。


『1機撃墜です』


 昨日は私がビリだったけど、今日は私がトップバッターだ。やったね。


『今日は少尉が最初か。やるねぇ』

『リーリャは無駄話してないで後ろをよく見ときなさい。撃墜』

『うお、いつの間に。助かったぜラーナ』


 ミラーナ少佐もなんだかんだで好調だった。しっかり撃墜を重ねて……そういえばもうエースじゃない?

 編隊を組み直して、もう一度群れからはぐれた敵を狩りに行く。

 味方陣地の後方にまで突出した敵だ。格好の獲物だった。


 けど、だからこそ全員ちょっと油断していた。

 気が付いた時には敵機はすでに攻撃できる位置に居て、ちょうど私たちの死角になっていた上方から襲ってきた。

 敵が向かっているのはミラーナ少佐の機体だった。視界が不良だった少佐は、私たちよりも一拍遅れて敵に気付いて――


『少佐!』

『ラーナ! 上だ!』

『まずっ――!』


 無線から、割れるようなノイズが聞こえてきた。

 ミラーナ少佐の機体のエンジンが射撃されて、黒煙を上げて火を吹いた。そして地上へと墜落していく。


《てめぇっ! よくもラーナを!》

《白兎1機撃墜、賞金は貰ったぜ。ハハ――》


 煽るための無線が割り込んできたけど、すぐにノイズになる。

 ミラーナ少佐を撃墜した敵機は、リーリヤ少佐によって火だるまに変わった。


『くそ、ラーナが!』

『落ち着いてください少佐! 大丈夫です、脱出してます!』

『あぁ!?』


 だけど、不幸中の幸いだった。

 火に包まれる戦闘機からミラーナ少佐は冷静に脱出して、パラシュートを開いていた。

 そんなミラーナ少佐に襲いかかろうとした敵機は私がしっかりと堕とした。

 これ以上、絶対に死なせない。手の届く場所にいる人はみんな守ってみせる。


『しかもここ、味方より後ろです! 大丈夫ですよ、助かります!』

『……そうか、良かった。スマンな少尉、動揺しちまった』

『まだ安心するには早いですよ。襲撃機を援護して敵地上部隊を撃退しませんと』

『そうだな。――よし、やってやるか!』


 ミラーナ少佐の無事を祈りながら、私たちは本来の任務へと戻っていく。

 我が家祖国に蔓延る害虫はまだまだ居る。空にも、陸にも。

 駆除しないと。







 ミラーナ少佐は無事に基地へと搬送されていた。

 機甲師団の撃退にも成功して、私たちは無事に任務を遂行して基地に帰投した。

 そして帰投して行く場所はもちろん病院。リーリヤ少佐が車をひったくってくれたから、最短時間で到着だ。


 訓練中に怪我をしてここに来た時は何回かあったから、久しぶりの訪問だった。

 結構混んでいるんだろうな、と予想して向かったものの、私が航空学校に通っていた頃とそう変わらない。この基地に駐留しているのは第1独立親衛航空連隊だけだから、エリートしか居ないわけで――滅多に怪我もしないんだろう。

 あるいは、堕とされて生き延びる事自体が非常に幸運なのかもしれない。


 ミラーナ少佐の個室を教えてもらって、ノックをして扉を開けた。

 少佐はピンクの長い髪をベッドに垂らしながら、上半身を起こして窓から外を見ていた。

 窓からは夕日が差し込んでいて、奇抜な髪色なのに、深窓の令嬢って感じ。なんだか上品なんだよね。


「ラーナ!」

「リーリャ。きゃっ」


 外から見る限りあまり怪我がなさそうなミラーナ少佐を見て、リーリヤ少佐はすぐに抱きしめた。

 胸元に頭を埋めていて、ミラーナ少佐は困ったような顔をしながらリーリヤ少佐の頭を撫でていた。


「ミラーナ少佐! 元気そうで良かったです!」

「心配かけちゃったわね。やっぱり、視界不良で飛ぶなんて無茶はいけないわね」

「本当だぜ。……生きててよかったよ、ラーナ」

「……でも、怪我が無いわけじゃなかったの」


 下半身に掛けられていたシーツを取ると、赤く爛れた脚があった。


「火傷よ。……って、見てわかるわね。幸い手術が必要ではなかったけれど、一ヶ月か二ヶ月は安静ですって」

「……そうか。治るんだよな?」

「お医者さんが言うにはね。けど、歩いちゃいけないって。痛くて歩きたくても歩けないんだけどもね」

「毎日見舞いに来てもいいか?」

「もう。嬉しいけど、忙しいんだから無理しないでよね?」

「約束だ。それに、ラーナが基地に居るってんなら守る気力も尚更上がるってもんだ」


 ミラーナ少佐が戦争から離脱することになった。二ヶ月程度だけど。

 ……にしても、二ヶ月か。それまでに首都から敵を追い返せているといいんだけど。ちょっと時間が足りないかもしれない。


「ミラーナ少佐、他に身体の不調はないですか?」

「ええ。ぴんぴんよ。けどお手洗いだったり入浴に介助が必要らしいから、それがちょっと恥ずかしいわね」

「……アタシが手伝う。他のヤツに見せたくねえし」

「ふふ、それじゃあたくさん私に会いに来てちょうだい」

「もちろん。いつも以上に一緒に居てやるぜ」


 それからも温かい病室で3人でいろいろ話を続けた。戦時中なのに、むしろ平時よりも穏やかな時間だった。

 あっという間に日が暮れて、面会時間は終わりになった。


 ……リーリヤ少佐! 駄々をこねないでください! 一緒に泊まれませんって!

 ほら、ミラーナ少佐も困ってますよ……。

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