開戦

16.ヴェスト・フェルツク

秒読み



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 西方戦役ヴェスト・フェルツク(せいほうせんえき)とは、1891年8月1日に行われたゲルマン大衆防衛軍によるクレプスキュール共和国全域への侵攻作戦。クレプスキュールの同盟国であった西方帝国が参戦したことにより、世界戦争が始まった。



 准尉になってから一年ちょっと経って、私は無事に少尉となった。

 スーツみたいな礼装も仕立てて貰ったけど、その話は後回し。

 もっと大事な話がある。


 やはりというかなんと言うべきか――大衆ゲルマンは他国への攻撃を開始した。その知らせを聞いた時、私は偶然アンナさんと一緒にいたんだけど、その時のアンナさんの悲しげな顔は……言い表せない。

 リヒトホーフェン卿、エリカにハンナ――エースたちは、今も最前線で活躍しているのだろう。

 腹黒でなにを考えているのか分からない卿、直情的だがそこが楽しかったエリカ、優しくて母性に溢れていたハンナ。

 今はみんな、国を冒して人を殺している。生まれた時から内戦をしていた彼女たちにとっては、それが日常なのだろうけれど。


 今回攻撃されたのはクレプスキュール共和国(フランスみたいな国)と、西方帝国(イギリスみたいな国)だ。よくある展開……なんだけどね。

 どうしてこうも歴史を辿っているのか、不気味だ。まあ、歴史を辿っているなら最終的に勝つのは我々だから、安心できるんだけども。


 ちなみに、(前世で言う)東アジア諸国は、この世界ではすごく仲が良い。魔物の脅威に脅かされていた時代から続く海上同盟がずっと続いているのだとか。

 ……頼むからそっちは平和でいてくれよ。


 我が国は大衆ゲルマンに対して批判を行い、平和維持部隊の撤収と禁輸を行った。

 お察しのとおり、両国共に殆ど影響はない。

 あの国にルーツを持つ人が悲しむだけではあるけど、やらない訳にもいかないだろう。


 だけど、外国のことは外国のこと。

 末端はいつも通りの生活をするほかない。

 ということで朝のブリーフィングだ。


「おはようございます〜」

「おはようございます!」

「あい、おはよ」


 リーリヤ少佐とミラーナ少佐は変わりない。私もちょっと寝不足なだけで、特に変わりない。

 今朝もミラーナ少佐謹製の朝食を食べたお陰で元気いっぱいだ。


「お隣のお隣さんは大変らしいけれど、私たちに変わりはないわ。けど、今日は大規模な演習を行うみたい。……リーリャ」


 平和主義の我が国も見て見ぬふりをすることは難しいらしい。というか、率先して世界の警察ポジションをやりたがるタイプの平和主義だから、我が国は風紀委員みたいなものだ。

 たぶん、裏では義勇兵とか送ってるんじゃないかな。


「ん? アタシ? カレーニナ少尉じゃねえのか」

「いえ、今回の演習は全員参加よ。けど、忘れてないかしら? あなたの連隊での役割を思い出しなさい」

「あー、航法士。……会議に参加して、師団に提出。はいはい、覚えてますよ」


 リーリヤ少佐は別のお仕事があるらしい。ミラーナ少佐からそのことを伝えられると、気だるげに頭を掻きながら外に行った。

 師団の会議に行くんだろう。……偉くなるとこういうお仕事が出ちゃうんだなあ。めんどくさそ。


「そして、エカチェリーナちゃん少尉!」

「はい!」

「あなたは私と一緒に演習に最初から参加よ。偵察飛行だけれど、できる?」

「もちろんです。航空学校で一通り習いましたから」

「流石『エースの第1期生』ね。頼りにしてるわ」


 ……なにそれ?


「え、なんですかその『エースの第1期生』っていうのは」

「あら、最近新聞読んでないのかしら? えっとね、ミロスラフくんだったかしら。演習ですごい活躍したらしくて、新聞の取材に答えたのよ。『我らエースの第1期生ですから、この程度は当然です。』って」


 ミールなに言ってんの!?

 どこに飛ばされたのか知らないけど、どうやら大活躍しているらしい。こないだはリョーヴァに会えたし、久しぶりに会いたいけれど……。


「そういえば、彼の航空隊も今回の演習に参加するらしいわ。会えると良いわね」

「そうですね。地上で話す機会はないでしょうけれど、提携できればいいなあ」

「私も祈ってるわ。それじゃ、師団の本部に向かって任務を受け取りに行くわよ」

「はい!」







 偵察飛行では、航空機間では無線を使うけど、遠く離れた地上に送信出来るほどにはまだ技術は成熟していない。

 モールス信号みたいな、トンツーで偵察結果を報告する。場合によっては写真で撮る時もあるけど、今回は違った。


 地上の敵陣を偵察する。

 兵力およそ一個大隊、機甲兵力、対空兵力ナシ。

 トンツートントントン。


 司令部からすぐに返答が帰ってきた。どうやら、近隣に襲撃機が展開しているから座標を送って攻撃させろとのこと。

 無線は……確か、これだったはず。くるくる回して周波数を合わせて、通信。


『あー、聞こえますか? こちら第21航空師団第33航空連隊所属偵察機』


 実は、こんなめんどくさいことをしなくても強引に割り込むことが出来る。

 それは敵も同じで、航空機同士の無線は簡単に割り込める。

 大衆ゲルマンの内戦を研究してた人によると、敵パイロット同士の罵り合いも結構あったみたい。


『感度良好。こちら第1航空師団第6襲撃航空連隊。攻撃か?』


 って、あれ。この声……。


『ミール?』

『あ、リーナ!? いや私語はよそう。座標の提示を求む』

『了解、座標3-4-3、D-E-G。進入160度。標的一個大隊基地。繰り返す――』

『了解した、3-4-3、D-E-G。160度。大隊基地。2分後に攻撃を開始する』


 やっぱりミールだった。航空学校にいた時の優しげな声とは違って、随分と落ち着いて低い声だったから気付けないところだった。

 無線越しだと声が変わるタイプなのかな。意外だ。


 2分後、襲撃機が進入してきて機銃掃射と爆撃を行った。

 山岳迷彩を施された襲撃機シュトゥルモヴィークだった。センスいいね。


 ちょっとだけ上空を旋回して、攻撃結果を確認。おおよそ破壊できてるね、さすが優等生。

 ミールに結果報告の無線を行う。


『標的破壊を確認。ありがと、ミール』

『破壊確認了解。指示が良かったよ、リーナ』


 演習中なので、もちろん無駄な雑談とかはできない。けど、これくらいなら許されるだろう。……アンナさんがいたらめっちゃ叱られそうだけど。

 リョーヴァもいるのかもしれないけれど、戦闘機と偵察機の関わりはあんまりない。

 道中護衛されることもあるけど、演習だとどこまでとかしっかり決められてるからね。無線で交流する必要もないのだ。


 ともかく、攻撃の成功で私の偵察任務は終了。

 前線基地に戻って、リーリヤ少佐とバトンタッチ。我が第33航空連隊は、2人が空で1人は地上のローテーションでやってる。

 これから3時間くらい休憩があるから、しっかり寝ておこう。

 我が連隊は寝不足が基本なので、隙間時間は昼寝することが半ば義務になっている。







 演習はつつがなく終わった。ミールと話せたのはあの時だけで、その後も何回か出撃したけど何もなく。

 ともあれ、忘れかけていた偵察飛行を訓練できたのはよかった。もしもの時に使えるかもしれないしね。


 最近はラジオを買ってきて、自室でいつも聞いている。大衆ゲルマンの動向が気になるから。

 ちなみに、この世界は第一次世界大戦を経験していない。もし大規模戦争になるとすると、これが初めての世界大戦――初めての総力戦トータラー・クリークとなる。

 そして、そんな総力戦をずっと、限られた領域で、20年近く続けていた国がある。

 ……彼ら以外は初めての事に適応するには時間がかかるだろうけど、彼らだけは最初から100パーセントのパフォーマンスを発揮し続けられる。


 大衆ゲルマンにとって、周辺諸国は食べ放題のバイキングみたいなものだろう。

 それも、我が国と合衆国が参戦したら崩れ去る砂上の楼閣ではあるんだけど。


 平和に暮らしたいなあ。命を掛けるようなことはやりたくない。

 死ぬのは一回で十分。

 できることならこの人生は、一億年くらい生きたい。

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