森の中で
海湖水
森の中で
私は森の中を歩いていた。
周りは闇に包まれており、スマホのあかりと月あかりを頼りに進んでいる状態だ。
一歩進むごとに、体がズキズキと痛む。腕を触るとぬるりと赤い液体が付いた。怪我をしているようだ。
「ここ……どこなんだろ……」
私は必死に思い出そうとしたが、頭がズキズキと痛むだけだった。自分の名前も、何故ここに来たのかも、一切を覚えていない。
ズボンのポケットを探ると、一枚の名刺が出てきた。名前を見ると「船橋明子」と書いてある。恐らく、自分の名前だろう。ここに書いてある電話番号に電話しようかとも考えたが、森の中では電話はつながらなかった。
とりあえず森から脱出しなければ。私は痛む体を動かして森の中を進んでいく。
日が昇るまでこの場にいるという事も考えたが、出血しているのならば早く森から出て治療したい。
「あ……車だ!!」
私のいる場所から10メートルほど先に車が止まっていた。電気は付いておらず、人も乗っていない。ここで降りた人がいるのだろうか。いや……
「これ……私の車か?」
このような森の中で、夜中に人が車から降りるなんて考えずらい。となれば私の車かもしれない。
私はすぐにズボンのポケットを探る。もし私の車ならば車のキーを持っているはずだ。しかし手は何も掴まなかった。
先ほど名刺を取り出した時にポケットを一度確認したではないか。それにも関わらず、ポケットを探した自分の状態に、私は恐怖を覚えた。
とりあえず、この車はつかえない。しかし、車の先の道は少しづつ開けていた。
大丈夫、もうすぐ人のいるところにつけるはずだ。車が通れるほどの道ならば、さすがに安全だろう。
そんなことを考えながら、少し開けた道を、周りを見渡しながら進む。
道が開けてから数分、藪に小さなカードが落ちていることに気が付いた。
「なにこれ……車の免許証?って私のやつじゃん!!船橋明子って書いてあるし!!」
藪に落ちていた免許証には、確かに私の名前が書いてあった。私はついでに免許証に貼られている自分の写真も見る。特に特徴も何もない、普通の顔だ。
自分の顔はこんな感じなのか。そんな風に、少し落胆した。
その後もポツポツと、有名なジムの会員証や財布などが地面に落ちていたり、木に引っかかっていたりした。私はそれらをすべて拾い上げながら道を進んでいく。
拾い上げるごとに不気味さが増していく。
なぜ、免許証や財布などの、貴重品が散らばっているのか。なぜ、拾うそれらの貴重品が血でぬれているのか。そんなことを考えていると自然と身震いしてしまった。
「って、うわぁ!!」
森の中だからか、私はぬかるんでいる地面に足を滑らせてしまった。地面に打ち付けられて、悶絶する。
「イテテ……あれ?」
その時、私の目に信じられない光景が映し出された。倒れこんだ前にあった、水たまりに浮かぶ私の顔が月あかりで照らされる。
そこに映っていたのは、先ほど拾った免許証に写っていた写真とはまるで違う顔だった。
私が思わず顔をゆがませると、真似するかのように水たまりの顔も動く。
水たまりに映っているのは確かに私だ。
だがそれなら、私は何者で、何故ここにいるのか。
船橋明子とは誰なのか。
思わず不安になった私はその場から逃げ出すように駆け出して行った。
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