第8話 前田よしと

すっかり暑くなった。近年は、毎年のように記録的な猛暑を観測する。夏休みの直前の長空北高校は、期末試験が終わって、生徒達も心が朗らかだった。学校の昇降口は1階と2階で二か所ある。1階の昇降口は、1年生と2年生が使う。2階の昇降口は3年生用だ。来客の玄関も2階だ。




1階の昇降口に背の高い男子生徒が4人いる。皆、180cm以上ある長身の者だ。長身の男子生徒4人は、浦川辺あやをナンパするために、この日に狙いを定めて情報収集などを繰り返してきた。あやが通る時間帯を完璧に待ち伏せしている。




そうとは知らずに、あやが、下駄箱にやってきた。雛菊さやも一緒だ。




「あやちゃん♡夏休みは、横浜の中華街♡鎌倉巡り♡横須賀のフラワーパーク♡一緒に行くの楽しみだね♡あと茅ヶ崎も二人で行ってみようよ♡」




「さやちゃん!茅ヶ崎は聞いてないぞ!おい!」




友情の名のもとに、あやとさやの関係も深まっていた。クラスで共に過ごす時間は長く、文芸部での活動もあって、さやはあやの明確な相方だった。確かに女性同性愛の好意をりおに抱いている以上、あまりにもさやと過ごす時間が、特に校外で多いのは、もしかして良くないことなのかもしれない。




さやは、上履きを下駄箱に入れて、靴を出す手が、止まった。




あやが、「どうした?」という顔をしながら、さやを見る。




さやは、




「大洗にする?」




と、下駄箱を見つめたまま言う。




「海って意味か!」




あやの心に、りおが過る。




夏の匂いが、二人の間を吹き抜けていく。




あやが、男の子を好きだったのは、本当に子どもの頃だった。小学2年生の夏休みに、主人公の妹役を務めるドラマのロケで、エキストラの男の子と食べた本場・大阪のたこ焼きが美味しかった。あやは、子どもなりにそのエキストラの男の子に恋をしていた。自分が上位の立場で。本当に子どもの頃であれば男子が好きだった。しかし、さやには秘密にしているが、今は女性同性愛者なのである。




毎年、夏の匂いで、夏を感じる。




他の生徒達が、通り抜けていく、下駄箱。




さやは、あやの反応から「海はダメなんだ」という理解が及んでいた。




その微妙な均衡を破ったのだった。




「浦川辺さん!ちーっす!同じクラスの松岡です!」




「ん?」




長身の4人組の男子生徒の一人だ。一番イケメンの松岡という男子生徒が急先鋒だった。




「カブトムシが美味しいお店が茅ヶ崎にあるんです!」




この切込み方が、練りに練った作戦だと言う。




「カブトムシが美味しいってどういうことですか?」




あやは、同じクラスで見た顔だったこともあり、不覚にもリアクションをしてしまった。




残る3人の男子が、足早に、あやのもとへ寄ってきて、口説き始めた。




「俺の上腕二頭筋も浦川辺さんと泳ぎたがっています」




と言いながらマッチョポーズをとる岡部という男子生徒。




「泳ぐって感じじゃなくて、砂浜を歩くって感じで」




と言いながらヘラヘラする松岡。




その他、とにかくしつこかった。長身の男子生徒4人は、あやと一緒に海が行きたくて、まずナンパの計画を練っていたのだった。








そこへ、




「バレー部はどうする気だ」




と声がした。




前田よしとだった。想外の出来事に、ぽかーんとする4人組。長身の男子生徒4人は全員男子バレー部の1年生だった。沸々と怒りを露わにする、よしと。すると、さやが、あやの腕をグイと掴んで「無視すればいいから」と言いながら、連れ去っていった。




よしとは、




「ほら、俺まで変な人だ」




と言った。小走りに、あやとさやを追いかけて、一言「ごめんね」と詫びた。




面識があったおかげか、さやは、笑って、立ち止まって、言う。




「大丈夫ですよ♡前田先輩より背高い4人組なのに、ありがとうございます♡」




あやは、そう言われたよしとを、ジッと見て、思い出した。長雨の日第7話のことを。




あやは、




「前田先輩。あの、ちょっといいですか?」




と言い、




「さや、ごめん、先に部室行ってて」




と言う。




夏の日差しが、昇降口を出た広場に照り付けて、汗がさやの頬をつたう。




「うん♡」




さやは、一人で文化部室棟に行く。薄い唇をキュッと結んで、早歩きをした。




あやは、少し間をおいてから、




「りお先輩と仲がいいんですか?やっぱり、本当は男の子が好きなんですか?」




と、単刀直入に聞いた。




張り詰めた太陽の光を背に、よしとは、じわっと汗が出てきた。




よしとは、顔色を変えずに、「信頼されてしまった」と思いながら、答えた。




「いや、神楽は女の子が好きだ」




厳かに言った。これは二人にとって重大な事実だから。ふざけ半分では言えない。そして、よしとは「なんで知っているのか?」までは、聞かれてはいけないと思った。




「俺は相応しい人に出会えたらいいなと思っている」と念を押したのだ。




あやは目を見開いて、よしとの目を見た。




張り詰めた太陽の光が痛い。




そして、頷いて、




「夏休み、どこかへ二人で行きたいです」




と言う。




よしとは「うん」と頷いて、「ある時、神楽を応援すると決めた」と言って、特にアドバイスなどせずに、去って行った。あやも、追いかけはしなかった。




ナンパをした1年生4人組は罰として、今日のメニューが校庭の走り込みだった。よしとが、先頭に立って、ヘトヘトになるまで走らせてやった。その後、暗くなった校庭で、よしとは4人に反省の弁を述べさせた。




肉体が自慢の岡部が、




「俺達、前田先輩への尊敬のほうを選びました」




と言う。




松岡は、




「期待されているのにすみませんでした。あと浦川辺さん、ゆずるっす」




と言う。




一部誤解があったが、よしとは、先輩らしく「今年の総合国体予選はお前らレギュラー落ちしたけど1年生だから仕方がない。選手権予選もあるから腐らないで欲しい」と言ったのだった。ちなみに残る2人は、井沢と新垣という名前だ。


つづく


ネオページ|また君に会うための春が来て

https://www.neopage.com/book/30065518320038800

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る