第5話 ハリネズミ
2022年4月29日。あやは、りおの書いた小説のコピーを、大事そうに本棚に閉まった。りおを心から尊敬する気持ちをメッセージに出来たらいいなと思った。せっかく交換した携帯電話アプリの連絡先をこのまま寝かせておくのも、勿体ないと思って。
「あやです」
「りおです。よろしくね」
とだけ履歴がある、メッセージアプリのトークルームをジッと眺めた。可愛い先輩で、知的で優しいという長所があるというの認識を、伝えようか、伝えまいか悩んだ。いま変に思われたら、良くないぞと思った。
本心を言えば、りおが、女性同性愛者であるかどうかを、根掘り葉掘り聞きたい。「真剣にレズビアンですか?」「本当ですか?」などと問い詰めてしまいたい。そのように問い詰めて「私も真剣にレズビアンですよ」の一言を言えば、それで一本勝ちではないかなと慢心も沸いてくる。容姿は私の方が優れている。しかし焦ってはいけないという気持ちもある。
「先輩の小説は大切にしておきます。読ませてくれてありがとう...」
この後に続く文字を悩んだのだった。「ございます」は使いたくないなと思った。ここでそのようなメッセージを送れば、一生そのような距離感になるような不安が襲って来た。やはり容姿の優れている自分がリードしないと進展しないかなと思った。
「で~す!」
メッセージを送ると直ぐに既読がついて、
「可愛い」
とりおから返事が来た。
「りお先輩も可愛いです」
「えぇ~」
あやは、しくじったと思った。関係性を発展させようとしたら、驚かれてしまった。ガードが固いのかなと思った。少し慎重になろうかなと思った。
連休前の穏やかな陽気に、照り付ける太陽も反射するコンクリートの熱気がどことなく夏の足音を感じさせる。これから5月になって、6月の梅雨が来て、7月には気温30°を超す日が続いていく。春らしい春が終わろうとしている。
出会いの春。
一年の四季を、互いが抱く感情を認めながら、血の通った時間で育てていくもの。その愛情の卵を手に入れたようなものだった。女性同性愛者として、これまでパートナーを得たことのない二人は、互いに愛情の卵を孵らせることができるのだろうか。
朝の陽気に包まれた、ゴールデンウィークの文化部室棟は少し賑やかだった。お昼に、軽音楽部が文化部室棟の屋上でライブを行うらしく「文化部の皆さん、見に来てください」と文化部室棟の各部室を訪ねて挨拶周りをしていた。
連休中の文芸部は、1年生部員と2年生の神楽りおが休まず登校し、共同制作を行っていた。今年の共同制作はリレー小説で、主人公はハリネズミだ。この日の昼休みは、軽音楽部のライブを聴くため、部員一同、屋上へ上がることにした。物理部は、連休中の制作課題だったラジコンのロボットが完成した。今朝から文化部室棟の廊下でお披露目をしていた。皆、青春を謳歌しているのだ。
共同制作『ハリネズミ』は、丁度さやが書く番だった。
「そろそろ恋人を登場させてあげようかなって思っているよ♡」
「それだったら木の葉の裏に隠れていたとか、猫に襲われそうになっていた所を助けるとか、現実の男女の恋愛のメタファーのように書けたらいいんじゃないかな?」
「う~ん♡もっと幻想的に書きたいな♡」
そう意気込んで、さやが続きを書いた。
ハリネズミのハリーは、夜中、巣穴で寝る前に、目を開けたまま、いつも独りぼっちの自分に気がつきました。ハリーがお星さまに『可愛い恋人が欲しい』と願いをかけると、お星さまが言いました『諦めない心があればきっと叶うはずだよ』すると流れ星が水平線の彼方に落ちていき、ポシャンと泉に落ちました。ハリーは『泉に行けばお星さまがくれた恋人に出会える』と信じて、明朝から旅に出ました。(中略)やっとの思いでハリーが泉に辿り着くと、ハリーと全く同じ動機で泉にやってきた沢山のハリネズミ達が群れを成していました。ハリーは「これでもう寂しく暮らす必要はないな」と思いました。
あやは、悩みに悩んで、続きを書いた。
ハリーは可愛いと思ったハリネズミと結ばれて、二人で仲良く暮らしていく約束をしました。すると泉に落ちたお星さまがハリーを連れ去って行きました。(中略)ハリーの恋人は、お星さまを追いかけていき、握りこぶしで叩きました。
そして他の部員達が、続きを懸命に書きあげて行った。
りおは嬉しそうに、
「あやちゃんの回は凄く可愛い」
と満面の笑みを浮かべ、
「そもそも、主人公のハリネズミの性別を決めていないよね。このまま性別不詳のまま、読者に悩ませるように書くのも面白いんじゃないかな?」
と言う。
さやも、面白いと思い、
「よーし♡そうしよう♡」
と言う。
りおが、
「起承転結の『転』にあたる部分だと思うから、ここから終盤に向けて一気にストーリーを加速させたいね」
と言った。そのように上級生らしくコメントをして午前中を締めくくった。
文芸部の部室では、先輩・後輩でいるべきかなと、あやは思う。メッセージのやり取りで、少し臆病になっていたこともあって、部室では、りおを目で見て心を癒していた。大きな丸眼鏡に大人しいショーカット、胸は少しある華奢な身体が可愛らしい。「好き」だと言える時がくるまで、愛情の卵を大切に温めておこうと思うのだ。優れた容姿の慢心ではなく、りおがまた心を開いてくれる時を虎視眈々と狙う心で。
昼になると、皆立ち上がって、文化部室棟の屋上へ向かった。屋上へ行くと、文化部室棟の生徒達の他にも、野球のユニフォームを着た野球部をはじめとする運動部の生徒達がいた。屋上にいる生徒達は、あやに気がつくと「あっ!」という感覚のリアクションをするものの、入学式の時のような、好奇の目でジロジロと見る事は無くなっていた。いまは男女を問わず、元芸能人で子役タレントだったあやを「可愛い」「綺麗だ」などと、心の中で気に入っている者ばかりだった。
文化部室棟屋上の30名くらいの人だかりに混じって、バレー部2年の前田よしとがいた。よしとは、りおを見つけると、歩み寄って来て、話しかけた。
「お!神楽!神楽も聴きにきたんだ?」
と言った、よしとは、あやとさやにも挨拶をすると、
「俺、なんかすごい場違いな感じ!あっちで聴きます!」
とそう言って、別の人だかりにヒョコヒョコと移って行った。
さやは「面白い人だね♡」と言った。
りおは、仕方が無いから、よしとについて簡単に説明しておいた。男子バレー部で1年生の9月からレギュラーだったこと。ポジションはセッターで司令塔だということ。りおとは1年生の頃から同じクラスで、よく話した、男子の友達だと言うことを伝えた。
あやは、もしかすると、りおはよしとが好きなのではないかと疑念を抱いたのだった。あまりにも流暢に、よしとについて説明するものだから。
りおは、昨年も体育祭で大活躍だった事に加え、今年の体育祭でもきっと大活躍だと、思う事を伝えた。
赤い髪の軽音楽部部長がマイクで挨拶をした。
「こんにちは。ギターのKENです。今日この日のために屋上に集まってくれて...」
そう言いかけると、後ろからニット帽を被った男子生徒がスタスタと歩いてきて、ギターのKENからマイクを奪った。
「みんなありがとう!」
ニット帽の彼がボーカルだ。そして「ギュイーンッ」とギター音が響くと、楽曲「気持ち悪くならなきゃテンション上がらないでしょ」を演奏し始めた。
「大丈夫♪大丈夫♪虹を信じている♪僕たち♪」
どこかで聴いたような感覚の若干ある楽曲だった。
そしてライブの最後にニット帽のボーカルからマイクパフォーマンスで
「浦川辺さん!文化祭も聴きに来てくれたら!きっと『嫌いじゃない』って!」
と、あやは言われたのだった。
つづく
ネオページ|また君に会うための春が来て
https://www.neopage.com/book/30065518320038800
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