第9話 模試 後編

模試の合間の休み時間。


北条セナは、支倉ハイムに、


「二学期最初の模試ですな~!」


と笑った。


前田よしとも、


「出来た?」


と聞いて来た。


ハイムは、


「前田君は出来たの?」


と言って、妙に濁したような口調だ。


セナは、


「『出来た?』って聞く人は出来たんだよ」


と言う。


「前田君は私立は受験しないの?」


「私立は併願しか受けないよ」


「バレーボールの強い私立高校とか興味ないの?」


「バレーボールは好きだけど高校で思いっきり青春して大学はきちんと有名大学に行くつもり。都内私立大学の進学実績の厚い都立高校で、かつバレーボールの強い学校が長空北高校だったんだよ」


「えぇ~!前田君も大学の事を考えているんだ!」


セナは、


「いやぁ~!大学なんて先の事は絶対考えてないよ~!言ってるだけだよ~!」


と言う。


3人の中では唯一当落線上の偏差値にいるセナは全力で高校受験をしなければ。どこか余力のある二人を羨ましがらず、嫉妬もせず、ひたむきに勉強するセナだった。ハイムはそんなセナの心情が何となく読み取れるから、親から打診されてた日根野谷高校に志望校を変更しようか少し悩んでいる事は打ち明けられそうになかった。やはり決断した時に言えば良いかなと思った。




セナは、


「併願の私立高校で推薦を貰うためにも模試は入試の一部だから真面目にやろうよ」


と言った。確かにその通りだった。模試の好成績を私立高校の学校説明会に持っていくと、所定のシートに記入するよう言われ、その後に推薦入試(併願)を受験すると必ず合格が貰える。セナ達が受験するレベルの私立高校でも学校によってはそのようになる。


よしとは以前から、


「私立で行きたい学校は無いからなぁ…」


と言っていた。しかしこの場はセナの気持ちを考えて発言には気を付けようと思ったのだ。ハイムも、親の打診で長空北高校よりハイレベルな日根野谷高校に行くよう言われていたが「行きたい高校」という考え方をあまりせず、成績でなんとなく高校を選んでいたから、よしとの発言はチクりと胸に刺さるのだった。しかしセナに「セナはなんで長空北高校に行きたいの?」と聴くのは少し難しく感じていた。あんなに行きたがっているのに、聞いてはいけない気がした。




穂谷野は、少し離れた所から見える3人の輪が羨ましかった。自分も勉強が出来たら混じっていられる輪の中に、好きな女の子がいる。模試の合間の休み時間は独りで過ごす者も多かったから、そこまで苦では無かった。学校の友達でも近くにいればよかったのに、会場の建物の他の階だろうか、しばしの孤独だった。




しばらくすると休み時間が終わって、皆受験票の座席がある教室に帰って行った。3限目以降は理科、社会、英語で昼前に全てが終わる。


少し早い冬服と夏服の混じった試験会場で時が流れ、模試は終わった。ハイムは残る科目も丁寧に解き、高得点の手応えと共に模試を終えた。


模試の5教科が終わると解答と解説の冊子が配られた。問題用紙は持ち帰れるから、解答と問題用紙にメモした者は家で自己採点が出来る。




帰り足のハイムに、穂谷野は、


「支倉さんは来るとき何で来たの?」


と聞いた。


ハイムは、


「セナの家の車で送って貰ったんだよ!帰りも迎えの車が来てくれるんだ。今日はセナのお父さんが日曜日の用事も予定も無くて、そんな風に協力して貰えたんだ。『大事な模試だから』って言って貰えて有難いよね!」


と言った。


穂谷野は、


「そっか…」


と言うと、


「学校の友達いるかな…」


と言って、模試の問題用紙と解答と解説の冊子を鞄に入れた。


ハイムは、


「男の子達で集まって帰れたらいいね!じゃあね!学校でね!」


と言って廊下に出て行った。




穂谷野は試験会場の教室で、ハイムの歩いて行った場所をジッと見た。まるで足跡が残っているかのように。ここを歩いて行った女の子が好きだと言う事を、背中に貼りついた感情のように手に取る事が出来る。そんな事ばかり考えていてもいけない気がしたが。




好きな女の子と仲良くする者がいないわけではないだろうとも思った。彼氏や彼女のような関係にあって仲の良い男女も中学3年生ともなれば、十数組くらい学年に居た気がした。そこに自分とハイムがもしも加わって、教室や廊下や、校内の様々な場所で仲が良ければ幸せな気持ちになれるかもしれないと思った。


いま自分とお話をして、スタスタと教室の前の出入口から出て行ったハイムは、自分より背が低くて、小さくて、可愛い。自分は剣道をやっていて、剣道は武道で、強い弱いがあって、精神も肉体も鍛えて来たのだ。




穂谷野は小学校の頃から剣道道場に通って、順調に昇級していたものの中学は初段で停滞した。ずば抜けて強い剣士ではないかもしれないが、それだってハイムを好きになる際に、自分が持ち合わせている特長だと十分に言えるはずだ。それでも9月から中学3年生の学年全体が部活動から受験勉強に、価値観や人間関係がシフトして行く中で、自分とはハイムより明確に劣った者だと言わざるを得ない環境が出来ていた。




このまま封印させてしまおうかな。


春に可愛いなと思った時もそっと箱に閉まった大切な気持ちだから。


箱を開くつもりなんてなかったじゃないか。


あの頃に戻るだけ。


そんな事より支倉さんの言う通りに自分の高校生活や将来設計に誠実になる事の方がよっぽど支倉さんへの気持ちを正しく昇華した姿だと言えないだろうか。




そんな風に思っていたら、ハイムがまた出入口から顔を出した。


「穂谷野君!前田君が、よければ一緒に帰ろうって!皆集まってるみたいだよ!」


ハイムの声が自分を呼んで、穂谷野は鞄を抱えて小走りに教室の前の出入口から廊下に出た。


廊下にはよしとの他に、熊谷、磯貝やその他学校の面々が集まっていた。


よしとは、


「穂谷野!熊さんも、磯貝も、他も皆集まって来たから、カレー屋で昼でも食べて帰ろう!カレー屋で模試の自己採点をしよう!」


と言って嬉しそうだった。




熊谷は、


「来るとき近所の酒屋で買った週刊少年ジャンプもあるぜ?カレー食って帰ろうぜ!」


と言うと、とりあえず今日の模試が片付いていつもより朗らかな表情になって、穂谷野に笑った。熊谷も穂谷野がそこまで嫌いというわけではないようだったし、少し気まぐれな所のある男子だった。




磯貝は、


「模試の自己採点をカレー屋でやるのは僕と前田の嗜みだったんだけど、二学期から模試受ける人がドワッと増えて、大集団になって感慨深いな」


と言った。磯貝はジャンプも読みたそうにしていた。




ハイムは、穂谷野に、


「よかったね!」


と言うと、セナと一緒に帰って行った。




男子達は駅前のカレー屋に集結して、模試の答え合わせをしたりジャンプを回し読みしたりした。

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