トップシークレット☆後日談 東京~神戸・淡路島 新婚ラプソディ 【糖度高めバージョン】

日暮ミミ♪

ブーケは誰の手に?

 ――六月。梅雨入り後の貴重な晴天の中、わたし・篠沢しのざわあやと夫・みつぐの結婚式が、ここ東京とうきょうしん宿じゅくにある結婚式場で執り行われていた。


 ここはわたしが会長を務める大財閥〈篠沢グループ〉の所有する式場で、大きなシティホテルも隣接している。


 わたしたち夫婦も、昨日婚姻届を提出してきたその足でそのホテルにチェックインし、今日は朝からこの式場に来て、それぞれ式の準備を始めた。そして午後の結婚披露パーティーが終わると、そのまま新婚旅行のために品川駅へ向かう予定にしている。行先は海外ではなく、新幹線に乗って兵庫ひょうご県の神戸こうべ淡路あわじしま方面だ。


 ちなみに、貢は篠沢家の入り婿むこになってくれた。わたしが両親の一人娘であり、また先代会長だった亡き父の後継者でもあったためである。

 彼はわたしの初恋の相手だった。二年前の秋、当時十七歳だったわたしは当時は総務課の平社員だった八歳年上の彼に生まれて初めての恋をしたのだ。


 それからは色々なことがあり、わたしが会長に就任してからは、彼は会長付秘書としてわたしのことを公私ともに支え続けてくれた。

 わたしたちは昨年のバレンタインデーを機に両想いとなり、交際をスタート。その後、彼が過去に抱えた女性へのトラウマも二人で乗り越え、今日ここで晴れて夫婦となれたのだ。



   * * * *



「――新郎・篠沢貢。あなたはめる時も、すこやかなる時も、妻・絢乃を愛しみ、うやまい、共に歩んでいくことを誓いますか?」


 式は慣例どおりの式順で、そして和やかなムードの中進行していく。


「誓います」


 神父さんの前でそうキッパリ宣言した彼を、わたしは頼もしく思った。衣装選びの時には、わたし以上にゴネて担当スタッフを困らせていたけれど、その末に決まった白のタキシードが細マッチョの体によく似合っている。今は辞めてしまったらしいけれど、昨年夏からキックボクシングを習っていたのだそう。


「新婦・篠沢絢乃。あなたは病める時も、健やかなる時も、夫・貢を愛しみ、敬い、共に支え合うことを誓いますか?」


 実は神父さんのこの言葉は、一般的なものにじゃっかんのアレンジが加えられている。この式場の持ち主(つまり、わたしのことだ)の結婚式なので、特別にそうなったらしいと、わたしたちの式を担当してくれた女性ウェディングプランナーから聞いた。


「誓います」


 わたしも堂々と、神父さんと彼の前で宣言した。

 この結婚式はきっと、天国の父も見てくれている。母もわたしと彼の恋の行方を温かく見守っていてくれた。わたしは絶対に、彼と幸せになる、……ううん、わたしが彼を幸せにする! そう誓ったのだ。

 

 わたしたちは、宣誓せんせい台に載せられている結婚宣誓書にサインをした。

 その後、指輪の交換をして――。このプラチナ製の、シンプルながら遊び心のあるデザインの結婚指輪は、四月に二人で選んだものだ。


 わたしの指に指輪をはめるのはこれが二度目なのに、貢の手は小刻みに震えている。横でわたしのブーケとショートグローブを預かってくれているかいぞえ人の女性も、ハラハラしながら見ていた。


「……ねえ貢、もしかして緊張してる?」


 周りには聞こえないように小声で訊いてみると、彼も小さくコクンと頷いた。


「こういう時は、〝カボチャ〟じゃなかったっけ?」


「……はい?」


 わたしのアドバイスに、彼は目が点になった。


貴方あなたが教えてくれたんだよ。覚えてないの? 緊張してる時のおまじない」


「……ああ」


 彼もやっと思い出してくれたらしい。これは十七ヶ月前、わたしが会長就任のスピーチをする前に、緊張していたわたしに彼が教えてくれたおまじないだった。


「どう? 緊張ほぐれた?」


 彼の震えが止まったようなので、わたしはもう一度こっそり訊いてみた。


「はい。おかげで、恥をかかずに済みました。ありがとうございます」


 ――こうして、無事にわたしの指にプラチナリングが収まった。

 今度はわたしが、彼に指輪をはめる番。男性の指にリングをはめることなんてもちろん初めてのことだったので、さっきの彼の緊張も決して他人事ひとごとではなかった。


 わたしは彼の左手を取ると、ふぅっと大きく深呼吸をして台座から指輪を取り上げた。


「……絢乃さん、大丈夫ですか?」


 わたしの緊張を読み取ったらしい彼が、優しくわたしを小声で気遣ってくれる。わたしは「大丈夫」とだけ答え、ちょっとつっかえながらもどうにか彼に指輪をはめることに成功した。


「――これで両人は、真実の夫婦となりました。では最後に、誓いの口付けを」


 神父さんからそう促され、わたしたちは誓いのキスを交わす。彼からのキスはいつも優しいから、わたしは大好きだ。結婚式という特別な舞台ではあるけれど、今日もそれは普段と変わらない。

 キスを終えたわたしたちは、どちらも幸せいっぱいの笑顔になった。

 

「絢乃、おめでと~! お幸せに!」


「絢乃タン、おめでと!」


「いよっ、ご両人! おめでとう!」


 チャペルの参列席からは親友の中川なかがわ里歩りほ阿佐間あさまゆいちゃん・そして貢のお兄さまの桐島きりしまひさしさんのお祝いの言葉が聞こえてくる。ちなみに「ご両人」とはやし立てたのがお義兄にいさまで、貢はそれを聞いた途端に仏頂面になった。


「兄貴のヤツ……! 恥ずかしいからやめろっての。――絢乃さん、すみません」


 こんなところでもご兄弟の仲のよさを垣間かいま見ることができて、わたしは思わず笑ってしまった。


「えっ、なんで笑うんですか!? 絢乃さん!?」


「ゴメン……、フフフっ」


 目をいて抗議する彼に、わたしは謝りながらもまだ笑っていた。



   * * * *



 ――引き続き晴天のチャペルの外、わたしたちはライスシャワーの中、参列者のみんなからの祝福を受けた。


「会長、桐島くん、おめでとうございます!」


「絢乃、お幸せに!」


 会社の社員や役員たち、高校時代の友達、貢のご家族。そしてなんと、アメリカに住むわたしの父方の伯父おじやいとこたちまで来てくれた。


「みんな、ありがとう!」


「ありがとうございます!」


 わたしたち夫婦は、感謝の気持ちを込めてみんなに深々とお辞儀をした。


 ――さて、ここからはこの結婚式のメインイベントだ。わたしは貢と軽く頷き合うと、くるりとみんなに背中を向けた。


「じゃあ、ブーケ行きま~すっ!」


 そう高らかに宣言して、わたしは白いバラや大きなカサブランカのプリザーブドフラワーで作ってもらったブーケを勢いよく両手で後ろに放り投げた。……このブーケをキャッチする幸運の持ち主は一体誰だろう?


 待ち構えている女性陣は高校時代までバレー部員だった里歩に、まだ結婚なんて考えてもみないような唯ちゃん、同期入社の前田まえだ雄斗ゆうとさんと順調にお付き合いが続いているらしい社長秘書の小川おがわ夏希なつきさん、そして今年の新入社員の入江いりえ史也ふみやさんとお付き合いしている、同じく新入社員の矢神やがみ麻衣まいさんなどだ。


 パサッ、とキャッチする音が聞こえたので振り返ってみると――。


「…………えっ?」


「「「ええええ~~~~っ!?」」」


 なんと、ブーケを手にして困惑しているのはわたしの母。どうやらはずみでキャッチしてしまったらしく、本人が一番驚いている様子だ。でも、投げたわたしはもちろん、キャッチできなかった女子たちも騒然となった。


「……あら、キャッチしちゃった。コレどうしようかしら」


 母は未亡人なので、もちろんブーケをキャッチしたところで何の問題もないのだけれど。本人にはまだ再婚する気なんて起こらないのだろう。父のことを本当に愛していたから……。


「いいんじゃない、ママ。わたしはもう大丈夫だから、ママも自分の幸せのこと考えたら? パパだってきっと許してくれるよ」


 父が亡くなってから、片親となった母は自分のことなんて後回しでわたしや貢の心配ばかりしてくれていた。そのわたしたちが無事に夫婦となった今、もう自分のことを考えてもいい頃だと思う。


「え……? でも、私は……」


 わたしが背中を押しても、母はまだためらっていた。大事なひとを亡くして、新しい恋に踏み出すのが怖いという母の気持ちは分からなくもないけれど……。


「パパもきっと、ママの幸せを願ってくれてるはずだから。わたしには貢がいるからもう大丈夫! だからママ、もう自分の幸せを見つけて。ね?」


「絢乃……」


 わたしは母の側へ歩み寄り、母を抱きしめた。


「……そうね。今すぐにはムリかもしれないけど……、もしこの先いい男性ひとが現れたら、考えてみようかしら。――貢くん」


「……はい」


「絢乃のこと、どうかよろしくお願いします。これからも、この子をしっかり支えてあげてね」


「はい! 任せて下さい!」


 貢が力強く頷いた。一年ほど前には、この人がわたしと住む世界が違うことを言い訳にして弱気になっていたと思うと、何だか不思議な気持ちだ。


「――あ~あ、ブーケ取りたかったなぁ。でも、おばさまがキャッチしたならしょうがないかー」


 ブーケを取り損ねた里歩は、少しだけ口を尖らせている。


「よく言うよ。『あたしにはまだ結婚なんて早すぎるし~』とか言ってたのはどこの誰だったっけ?」


「……あれ? そんなこと言ってたっけ」


 わたしがツッコむと、彼女は思いっきりすっとぼけてくれた。彼女は本当に憎めない子だ。横では唯ちゃんがクックッと笑うのを必死にこらえている。


「――私もブーケ、欲しかったですけど……。前田くんとの交際はともかく、当分は仕事が私の恋人ですから!」


「おいおい、小川」


 小川さんの当の〝恋人〟である前田さんが、彼女の発言を受けて呆れたように言った。


「小川さん、仕事とプライベートは分けなきゃダメだよ。じゃないと、前田さんに愛想尽かされちゃうから」


「俺は愛想なんか尽かしません!」


 彼女は以前、相手の名前は伏せるけれど「永遠に叶わない恋」をしていた。それは、わたしも決して部外者ではなく――おっと、これ以上は彼女の名誉のためにも言わないでおこう。そんな傷心の彼女のことを一途に想い続けていたのが、彼女と同期入社だった前田さんだったのだ。

 二人の恋のお膳立てをしたのが、他でもないわたしと貢だった。去年の夏のことである。


「前田さん、めげないで!」


「はいっ!」


 この二人もきっと大丈夫。小川さんには、つらい恋をしていた分、うんと幸せになってほしい。


「――では、この後みなさまにはガーデンレストランに移動して頂き、結婚披露パーティーに移らせて頂きます。新郎新婦はお色直しのため、一旦控室へお戻り頂きますので、少々お時間を頂戴いたします」


 司会を担当する男性社員のよく通る声が、チャペル前の広場に響き渡る。わたしたちは衣装を着替え、これから賑やかな祝宴が始まる。

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