MORE THAN BLOOD

藤倉崇晃

プロローグ

第1話 吸血鬼

1940年代。東欧の吸血鬼達が太平洋戦争直後の日本にやって来た。彼らは当時東欧の裏社会で名を馳せたマフィアの構成員達だった。東欧とは、第二次世界大戦中にヒトラーが蹂躙し、その後はスターリンが踏み荒らした。ねぐらにしていた裏社会を追われ、戦後の混乱期に秘かに日本へやって来た。








吸血鬼に吸血されると吸血鬼になる。








敗戦直後の混乱期の日本で婦女子を狙った彼らの悪業。ネズミ算式に増えた吸血鬼。日本は吸血鬼による猟奇殺人事件が後を絶たなかった。これを当時GHQが極秘に駆除した。








ただGHQの反応はこうだった。








吸血鬼は異能者であり、身体能力も高く、また幾ばくか銃弾を浴びたくらいでは死なない。このような生体兵器が東欧の裏社会には潜んでいたのか。たとえ戦車、戦闘機やミサイルといった兵器には敵わなくても使い道のある戦力だ。アメリカには存在しない戦力だ。アメリカは遅れをとってはいけない。共産圏相手に争う事を想定すれば、吸血鬼を完全には駆除せず一定数を飼いならす方が上策だ。




GHQは世界の西側陣営諸国で吸血鬼コミュニティを創設し、裏社会で秘かに一定数の吸血鬼達を匿って、対共産圏の戦力として育てた。時代が下り冷戦構造が崩壊すると、必ずしもアメリカの統制下に置かれなくなった吸血鬼コミュニティは、各国の治安秩序の元で裏社会の住人になった。




各国の吸血鬼には独自の掟があった。日本の吸血鬼コミュニティにも遵守事項があった。特に重大だったのは行政から届く「食事」以外を捕食してはいけないという事だった。この「食事」に関する掟を破るとコミュニティが駆除される。コミュニティが駆除されると別の従順なコミュニティで個体数を増やす事が許され、再度国内の吸血鬼の総数が一定に保たれるのだった。




吸血鬼達の「食事」とは、富裕層のための地下クラブで定期的に血祭りに上げられる反政府系の活動家、学者、宗教家の血液だった。血液は、コンビニで売っている朝食代わりのゼリーのようなパッケージで、コミュニティに毎夜配られる。




ただし吸血鬼は血を吸わなくても別段餓死する事はなく、もっぱらストレス解消で毎晩パッケージの血液を啜っていた。




ただし個体数は吸血ではなく「製造」によってのみ増やす事が許されていた。「製造」とは、アイアンメイデンという中世の処刑具に封印された「1000年の魔女」に大量の血液を飲ませる事で「1000年の魔女」の子宮から新しい吸血鬼が製造される。1人の吸血鬼を「製造」するのに50kgの血液が必要で、やろうと思えば誰でもできる。しかしやる者は滅多にいなかった。勝手に仲間を増やしても支給される血ゼリーの量は増えないし良い事は無かったが。「1000年の魔女」は東京コミュニティに1台安置されているが管理は杜撰だった。通常必要に応じて政府から大量の血液がタンクで支給され、製造される。




東京コミュニティの吸血鬼イカナクチャは、背の低い少年のような吸血鬼だった。人間だとすれば13歳くらいの風貌。緑色の髪が肩まである。




「僕たちは政府に飼われて人間の営みをただ見ているだけなんだね」




それが口癖だった。四季折々の東京で人間に扮して街を歩いては、人の営みをただ眺めて暮らしていた。




東京コミュニティには少年のような風貌の吸血鬼達が他に4人いた。




ストラクチャ




シグネチャ




ギブネマチャ




ギゲルフ




皆、イカナクチャより背が幾らか高く、人間だとすれば17歳くらいの風貌だった。




ある日。少年のような吸血鬼5人は、日本政府の策定した掟を破る、あるゲームを思いついた。それは医療用注射器で女の子の血を採血して集めるという遊びだった。




吸血鬼ストラクチャは、




「吸血しなければ、吸血鬼にならないから政府にバレる事もない。暇つぶしに女の子の血を抜いて遊ぶぞ」




と言う。




シグネチャは、




「女の子が好きな女の子にしよう!女の子同士で愛し合っている所を狙うぞ!」




と言う。




「製造」は明らかに支給された血液に依存して生み出される吸血鬼の特性が変化していた。反逆者の血液であれば戦闘力が高く、宗教家の血液であれば魔力が高かった。ただし支給された血液は、50kg程度、数十名の人間の血液が混ざり合って支給され、血液が全員女性のものでないと女の吸血鬼は「製造」されなかった。その為、日本の吸血鬼は男子しかいなかった。女の子が好きな女の子の血液で製造すれば、可愛い女の子の吸血鬼が生まれるに違いないと思われた。




ギゲルフは、




「いいな!妹のように可愛がってやろう!」




と言った。




コミュニティは複数の物理的なコミューンから成り、要は東京都に複数の吸血鬼達のねぐらがある。コミューンは地下施設だ。地上の入り口から入ることができる。人間が誤って立ち入る事は滅多になかった。各コミューンには毎月「犯罪クレジット」が設定されている。これは日本国の刑法に違反する犯罪が、コミューンの圏内で起きていい上限の数値だ。圏内とは半径5km以内である。圏外の犯罪が吸血鬼の仕業だと断定されたり、犯罪クレジットを超過したコミューンが1つでも存在すればコミュニティが駆除された。




採血で人間を死に至らしめると犯罪クレジットに殺人が計上されてしまう。採血は殺人に至らないように少量ずつやる必要があるようだった。


つづく


ネオページ|また君に会うための春が来て


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