第12話 どらごんの皮を剥ぐつもりなのです?
「そんなに暑いなら脱げばいいだろ。蒸れて汗まみれになったら大変だぞ」
親切心で言ったつもりだったが、忠告したカイルにナナは真っ赤な顔を向けた。
「どらごんの皮を剥ぐつもりなのです? 人でなしなのです。鬼なのです。酷いのです」
「いや、皮じゃなくて、着ぐるみだろ。どう見ても」
むんずと背中の部分辺りを掴んでみると、くすぐったそうにナナが「んひゃあ」と声を上げた。
通常ではあまり出さない種類の声だったので、町の出入口付近で警戒中の衛兵たちもこちらを見る。すぐに親子がじゃれあってるだけと判断し、視線を逸らしたが。
「えっちなのです。痴漢なのです。襲われるのです」
「カイル、貴方……!」
「ちょ、ちょっと待てって。どうしてそうなるんだよ」
サレッタにも睨まれ、慌ててカイルはナナの皮というか着ぐるみから手を離す。
「どうして火を吐けるのかは不思議だが、これは誰が見たって着ぐるみだろ!?」
「着ぐるみとは何なのです? ナナは知らないのです」
嘘か本当か、ナナが目をパチクリさせる。
本人の前で何度か着ぐるみという単語を口にした感じもするが、今、初めて聞きましたというような反応だった。
「いいじゃない。ナナちゃんはナナちゃんで」
「そう言われるとそうなんだが……風呂とかどうするんだ?」
着ぐるみを脱がないのか脱げないのかは不明だが、シャワーを浴びる際にそのままなのは少々マズいのではないか。
だがカイルの疑問にも、ナナは不安げな表情ひとつ見せずに大丈夫なのですと胸を張った。
「じーじから聞いて、人間の習慣は理解しているのです。完璧なのです。お風呂とは水浴びのことなのです。それなら心配無用です。ナナはひとりで、できるのです」
「わあ、凄い。ナナちゃん、偉いね」
「えへへ。褒められたのですー」
嬉しそうに、サレッタの胸に顔を埋めてごろごろするナナ。そういう問題じゃないだろと思っているのは、どうやらカイルだけみたいだった。
あまり風呂やシャワーがどうしたと言って、覗きたいのとか一緒に入りたいのとかいう展開になったらマズい。カイルも年頃の男なので異性への興味はあるが、さすがにナナは守備範囲外だ。
「わかったよ。で、ナナは本当にドラゴンなんだな」
「またドラゴンと言ったのです。どらごんなのです。いい加減に理解してほしいのです」
「……すまん。何度も言うが、俺には違いが理解できない」
軽くだが、素直にカイルは頭を下げる。どうしてサレッタが簡単に違いを理解できるのか、不思議で仕方がない。精神年齢が近いからなのだろうか。
そんなことを思っていると、不愉快ですとでも言いたげに、むーっとナナが頬を膨らませた。
「これだから、がさつな男は駄目なのです。繊細さがなければ、女性にはモテないのです」
「……ドラゴンなら男と女じゃなくて、牡と牝じゃないのか?」
「そうなのです。でも、じーじに男と女と言えって言われたのです。将来、役に立つらしいのです」
ナナの話を聞く限りでは、ますたーと呼ばれるドラゴンのじーじは、将来的にナナを人間世界で暮らさせようと考えていたみたいだった。だからこそ人間世界の知識を与え、口にする単語の選択についても指示を出していたのだろう。違和感なく、溶け込んでいけるように。
そう考えると、着ぐるみは苦肉の策だったように思える。実在するかどうかはともかく、ドラゴンの里で人間の少女が疎外感を覚えずに暮らしていける可能性は低い。
里のドラゴンに少しでも受け入れてもらえるよう、外見を似せるために着ぐるみを与えたのではないか。すべてはカイルの予測にしかすぎないが、結構いいところをついている気がする。
「そっか。じゃあ、じーじに感謝しないとね。今は人間の世界にいるんだし」
サレッタが言うと、ナナは少しだけ微妙そうな笑顔を見せた。
「でも、本当は里がよかったのです。ナナは人間じゃなくて、ドラゴンになりたかったのです」
ん? とカイルは思った。ナナの発したドラゴンという名称だ。これまでと若干、雰囲気が違う。もしかして、これがドラゴンとどらごんの差なのか。かすかには理解できたが、はっきりと区別できるほどではない。どうやら自分は違いのわからない男のようだと、カイルは内心で苦笑する。
「そうすれば、じーじともいられたのです。皆と仲良くもなれたのです。ドラゴンと名乗っても、怒られたりしなかったのです……」
ここでようやく理解する。ナナがどらごんと自らを呼称するようになったのは、他とはっきり区別をつけるためなのだと。
しかし、とカイルは心の中で顔をしかめる。人間としか思えないナナが、本当にドラゴンの里で暮らしていたのなら仕方ないかもしれないが、もはや差別と言っていいくらいだ。
傷ついたナナは、自らの誇りと尊厳を守るために「どらごん」と名乗るようになった。虐められないようにしつつも、自分はドラゴンだと言いたいがゆえに。
「悲しかったね。私も村を出る時は悲しかった。でも、おかげでナナちゃんと会えたから、今では感謝してるかな」
にっこり笑うサレッタを見て、不思議そうに目を丸くするナナ。数度瞬きをしたあとで、かすかな微笑みとともに嬉しそうに頷いた。
「ナナちゃんさえよければ、これからもおねーさんじゃなくて、おかーさんと呼んでもいいんだよ」
「おかーさん」
「そう。私は村に帰れない。ナナちゃんも里に戻れないのなら、家族になろう。私がおかーさんで、ナナちゃんは娘。ね?」
勝手に決めるなとカイルが言う前に、女性陣は話をまとめてしまった。
とはいえ、ナナ自身に行くあてがなかったのは明確になった。周辺の地理も知らなさそうなのに、ひとりで放り出すのはサレッタが納得しないだろう。
何の因果か、故郷に戻れない者同士が出会ったのだ。身を寄せ合って生きていくのも悪くはない。強者から見たら軟弱だと笑われるだろうが、カイルは自分自身の弱さを理解しているので何の問題もなかった。
「えへへ。おかーさん。ナナ、娘なのです。で、こっちは下僕なのです」
「ちょっと待て」
台詞の途中で、急に真顔になったお子様ドラゴンの頭にチョップを見舞う。もちろん手加減はしてある。
「あうう。下僕の分際で、創造主たるどらごんに手を上げるとは愚かなのです。消し炭にしてやるのです」
「いつから俺がお前の下僕になったんだよ。確かに命は助けられたがな。別におとーさんと呼ばなくてもいいが、下僕は駄目だ」
おとーさんと呼ばなくていいと言ったことに、何故かサレッタが露骨にがっかりする。そんなに家族の絆みたいなのに憧れていたのかと不思議に思うも、とりあえずカイルはナナの説得を続ける。
「むー。じゃあ、カイルと呼ぶのです」
「それでいいぜ。俺もナナって呼んでるんだしな」
「違うのです。ナナではなくて、創造主たるどらごん様と――ちょっぷは痛いのです」
なんだかお約束みたいになりつつあるが、とりあえずナナはサレッタをおかーさん、カイルを名前で呼ぶことに決めたみたいだった。
焚き火の前でおとなしく座り直し、三人で温まる。着ぐるみ姿のナナには必要なさそうな気もするが、おかーさんと慕いだしたサレッタの真似をして、火に向かって楽しそうに軽く両手を伸ばす。
きゃっきゃっとはしゃぐ姿は、年頃の女の子そのままだ。元気な様子は、昔のサレッタにも似ている。実家から辛く当たられ、こき使われようとも、カイルの前では決して笑顔を絶やさなかったサレッタに。
「まあ、冒険者として活動を続けるなら、そのうちメンバーを増やしたいとは思ってたからな。丁度よかったか」
本当は魔法使いや僧侶などの魔法を使える人間がよかったが、贅沢は言えない。そもそもレベルの低いカイルやサレッタと、一緒にチームを組んでくれる冒険者はほとんどいなかった。
村を出て一年と少し、リスクを承知しながら、二人で活動してきた理由もそこにある。妥協してカイルたちよりさらに低レベルな新人を入れたりすれば、足手まといどころか、依頼失敗はおろか全滅のきっかけにもなりかねない。
可能な限り二人でやっていこうと話してはいたが、大掛かりな依頼には人手が必要になる。その点を考えると、ナナの加入は正直ありがたかった。魔法こそ使えないものの、どらごんだと自称するナナは火が吐ける。
カイルとサレッタだけでは手も足も出なかった盗賊連中相手にも、ほぼひとりで勝利を収めた。本物のドラゴンの里からやってきたのかどうかはともかく、戦力的にはかなりの上積みができた。
「自己紹介はもう済ませたな。あとは寝る前に、少し話をしておくか。ナナは里以外のことは知らないのか?」
カイルが尋ねる。曖昧に頷いたナナはどう答えるか少し悩んだあと、ゆっくり口を開いた。
「えーと、じーじが教えてくれたことなら知ってるのです。ただ、ここがどこかも含めて、細かいことは知らないのです」
「なるほど。じゃあお勉強が必要だな」
お勉強というカイルの言葉に、ナナが露骨に嫌そうな顔をする。
「お勉強は嫌いなのです。じーじにもさせられたのです。ナナはどらごんなのに、人間の字の読み書きなどです」
話を聞いて、カイルはナナが元人間である確率が高まったと判断する。
じーじがナナに人間世界についての勉強をさせていたのは、いずれ里を出して人の世で生活させるためだ。だからこそ、他の仲間に追い出されそうになった時も、心を鬼にして止めなかった。別れの時が来ただけだと。間違っていれば恥ずかしいが、十中八九はカイルの想像どおりなはずだ。
「じゃあ勉強という堅苦しい言い方はやめるか。人間世界についてのおしゃべりだ。サレッタ――おかーさんの暮らす町のこととかを、ナナも知りたいだろ」
「むー、うまく乗せられてるような気がするのです。でも、聞いてみたいのです」
ナナちゃん、可愛い。サレッタが瞳を輝かせて、小動物を愛でるように隣のナナへちょっかいを出すかと思いきや、何故か焚き火の前で頬を両手で挟むように押さえながら、上半身をくねくねさせている。カイルには意味不明だったが、もしかしたらその仕草もナナの可愛らしさに悶えてるせいなのかもしれない。
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