第10話 必要以上に愛でるのはやめてほしいのです

 自分の名前が出たことで、注目されていると理解したのか、ナナがここぞとばかりに胸を張る。


「ナナはどらごんなのです。えっへん」


 ナナの頭の上にあるデフォルメされたドラゴンの顔も、どことなく自慢げに見える。


 住民たちはナナに驚いてはいるが、ドラゴンというのはやはり信じない。倒した盗賊同様に、ナナが魔法を使ったと考えているみたいだった。


 ドラゴンだと賞賛されないことに不満でも覚えたのか、むーっと拗ねるようにナナが唇を尖らせる。


 さすがに無害な一般市民に炎を吐いたりはしないだろうと、眺めているカイルの側に、心配そうなサレッタがやってくる。


「ナナちゃんに助けられちゃったね」


 手には回復用のポーションを持っている。


 無事な右手で受け取ったカイルは、すぐに小瓶に入っていた青色の中身を飲み干す。


 空になったポーションの瓶をサレッタに渡したあと、ふうと息を大きく吐いた。


「盗賊のリーダーもろとも吹き飛ばされたが、助けられたのは事実だな。本当に不思議な女の子だよ」


「どらごんらしいからね。あ、ドラゴンじゃないわよ。間違えたら、またナナちゃん怒るからね」


「俺にはその微妙な差がわからないけどな。ま、とりあえずは全員生きててよかったよ」


 もう一度安堵の息をついたところで、ナナがとことことサレッタのところへ歩いてくる。


「無事だったのです? 遊んでると思ったので、混ざろうかどうか考えていたのです。助けるのが遅れてごめんなさいなのです」


 ぺこりと頭を下げたナナに案の定、可愛いを連呼するサレッタが抱きつく。頬擦り攻撃のおまけつきだ。


「ほおお……! こ、これだけは慣れないのです。必要以上に愛でるのはやめてほしいのです」


 盗賊の脅しにも怯まなかったナナが、狂気の光を瞳に宿したサレッタには手も足も出せずに恐怖から硬直する。微笑ましいような、なんとも不思議な光景だった。


「やあ。君たちのおかげで助かったよ」


 激戦を終えたからか、やたらとフレンドリーな感じで、共に戦った衛兵がカイルに声をかけてきた。


 倒れた三人の盗賊の捕縛をすでに終えており、簡単には逃げられないように近くの木に繋いでいる。仲間の衛兵が戻ってきたら、町にある詰所にでも連行するつもりなのだろう。


「助かったのはこちらの方ですよ。俺たちだけなら、時間稼ぎも出来ずに殺されてたでしょうしね」


「だとしても、私ひとりではこの場を守れなかったよ。ありがとう」


 飲んだポーションのおかげで回復したカイルは立ち上がると、お礼を言ってくれた衛兵と握手をする。


 互いに無事でよかったと言い合ったところで、他の衛兵が現場にやってきた。元からいたひとりだけでなく、他にも屈強そうな者を連れている。


「無事だったか?」


「ああ。ここにいる冒険者カイルのパーティのおかげでね」


「そうか。こっちも冒険者に協力してもらって賊はすべて捕らえたが、陽動だったと判明して来たんだ。間に合わなかったみたいだがね」


 町の出入口を守っていたもうひとりの衛兵も、カイルに感謝の握手を求めてくる。拒否する理由はないので素直に応じる。


「盗賊の親玉を捕らえられたのは、君の功績みたいだね。朝になったら、冒険者ギルドに向かってくれ。国から賞金が出る」


「ということは、盗賊の親玉に賞金がかかってたんですか?」


 カイルの問いかけに答える前に、衛兵はちらりと木に縛り付けられている三人の盗賊を見た。リーダーは気絶したままだが、他の二人は意識を保っている。


 そこに衛兵の仲間が向かい、三人の目元を露わにして素顔を確認し、カイルの前に立つ衛兵を見て頷く。


「どうやら親玉だけじゃなく、あそこにいる三人ともに賞金がかかっていたようだ。最近ここらで悪さをしていた奴らみたいでね。恐らく賞金をかけられたのをきっかけに、新たな盗賊団を結成したんだろう」


「結成された盗賊団が予想よりも強大になったから、調子に乗って今回の計画を実行したってところですかね。俺には理解できませんが」


「ははは。盗賊の思考を理解できたら、こちらの仕事が増えてしまう。推測でしかないが、冒険者カイルの指摘どおりだろうね。連中の誤算は、町の出入口で君たちがテントを張っていたことだな。手薄になった町の出入口から堂々と突破するつもりが、この場にいたのは衛兵だけではなかったのだからね」


 付け加えはしなかったが、さらにいうとナナという自らをどらごんと呼称する不思議少女がいたこともだろう。実際にカイルとサレッタは何の役にも立てなかった。ナナがいたからこそ、賞賛される側に回れた。


「礼なら、あそこにいるドラゴンに言ってやってください。彼女のおかげでもあるんで」


「君の娘さんか。小さいのに旅に同行させてるのかと最初は疑問に思ったが、盗賊のリーダーを倒した場面を遠目でも目撃できたおかげで納得したよ。幼いながらも魔法を使えるんだな」


 どうやって火を吐いているのかはカイルにも不明なので、曖昧に笑って誤魔化しておく。ナナに聞いても、きっとどらごんだからなのですで終わるだろう。


 そのナナはといえば、なすすべもなくサレッタに頬擦りをされたままだ。仕草や姿は可愛らしい少女なので、町の住民からも微笑ましげに見守られている。


 本人はあくまでもどらごんだと言い張るが、恐ろしさよりも可愛らしさを連想させるドラゴンの顔部分も相まって、やはりペンギンのようにしか見えない。丁度、ナナの頭の上に兜みたいにドラゴンの顔が乗っているような感じなので、余計にそういった印象が強くなる。


 ある程度の事情説明を終えたところで、衛兵の何人かが捕縛された盗賊の三人を詰所へと連行していく。町の出入口には、仲間が残っていた場合に備え、従来の二人から倍の四人に衛兵が増えた。


 賞金を貰えるらしいが、冒険者ギルドを通さなければいけないので、カイルたちの文無しは変わらない。やはり今夜はテント生活になりそうだ。


 衛兵に事情を説明して宿代を借りることはできそうだったが、カイルの提案はサレッタに却下された。理由は、ナナが誰よりテントで眠るのを楽しみにしているからだ。


 子供ができたら、サレッタは間違いなく親バカになるな。苦笑こそしたものの、カイルもテントで休むのを承諾した。今夜のヒーロー、いやヒロインは間違いなくナナだ。ならば彼女の希望どおりにしてあげようと思った。


 夏の夜とはいえ、少し肌寒い。野次馬の住民がいなくなり、再びシンとした空気が戻ってきた町の出入口ならなおさらだ。


 大きな町で、遠方からやってくる人間も多いだけに、城壁みたいな立派なものは設置されていない。そのため、その気になればどこからでも入ってこられるが、他の町よりも衛兵を多く配置している。


 カイルたちがテントを張っている場所の他にも、衛兵が二名ずつ見晴らしのいい場所に立っている。例の盗賊も衛兵を倒すのにこだわっていなければ、簡単に町を脱出できていたはずだ。


 適当に集めた木々をテントの前で燃やす。いわゆる焚き火だ。火種はナナがいるので用意する必要はない。サレッタがお願いし、口を開いたナナが火を吐いた。


「ナナちゃんは、吐く火の量や強さを自由に調整できるの?」


 火を吐けるのに、感動の面持ちで焚き火を眺めていたナナが「もちろんなのです」と自慢げに答えた。


「どのくらい火を残すかもできるのです。ナナは恐怖のどらごんなので、人間を消し炭にもできるのです」


 そう言ったナナが、悪戯っぽい目でカイルを見た。盗賊と一緒に燃やさなかったのを、ありがたく思えとでも言いたいのかもしれない。


 視線を受け取ったカイルは、なんとなしに質問を投げかけてみる。


「そのわりには盗賊をひとりも殺さなかったな。恐怖のドラゴンなら、どうして命を助けたんだ?」


「そ、それは……あ! またドラゴンっていったのです。ナナはどらごんなのです。いい加減にしないと消し炭にしてしまうのです!」


「そうか。お前に助けられた命だからな。好きにしろよ。ただし、苦しまないように一瞬で燃え尽きるようにしてくれ。頼む」


「え……? い、いや、あの……ほ、本気でするのです。ナナは恐怖のどらごんなのです!」


「もちろんだ。覚悟はできてる。ただ、さっきの頼みは聞いてくれ」


 どうぞと言い張るカイルを前に、ナナが面白いくらいに落ち着きをなくしていく。変わった力を所持しているみたいだが、やはり根はいい子なのだろう。少しだけ安心する。


「カイル。ナナちゃんを虐めちゃ駄目でしょ」


「ははは。サレッタにはバレてたか」


 カイルとサレッタの会話に、ナナは「え?」という感じで首を傾げた。


「ナナちゃんは優しいどらごんだから、人間を簡単に殺さないということをカイルは知ってたのよ。だから、あんな風に言ったの」


 サレッタの説明は半分以上正しい。本当に人間を恐怖させるドラゴンであれば、偶然に知り合ったとはいえ、カイルたちの窮地を救おうと考えるはずがない。同時に、自分に歯向かった敵を許すとも思えなかった。


 あれだけの能力があるのなら、簡単に盗賊たちの命を奪えたのに、ナナはしなかった。単純に考えれば、最初から殺すつもりがなかったことになる。


 頬を膨らませたナナに軽い火の玉攻撃はされるかもしれない。からかった代償はしっかり受け止めようと心の準備をしたカイルだったが、いつまでも覚悟した衝撃には襲われなかった。


 どうしたのだろうとナナを見ると、彼女は焚き火の前で悲しげに俯いていた。


「虐めは……駄目なのです。仲間外れは……悲しいのです」


 うっかりこぼれたといった感じの呟きで、これまでナナがどのような人生を送ってきたのかを少しだけ知ったような気がした。


 どうやって慰めたり、励ましたりすればいいのかわからず、戸惑い気味のサレッタに見つめられる中、カイルはおもいきり頭を下げた。

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