第22話 クーデター
「話はわかりました。しかし、皇帝を排除したいのであれば、時間はかかりますがクーデターよりも確実な方法があるのでは?」
俺はどこぞの司令官よろしく机にひじをつき、重ねた手の甲に顎を乗せる。
昔から一度は実際に人前でやってみたいと密かに願っていた。嘲笑されない環境で実行できるとは感無量である。
「ありません」
断言するナスターシア。顔が紅潮し、ただでさえ吊り目なのが余計に怖いことになっている。
「娘に皇帝の子を産ませるのは反対ですか?」
「もちろんです。そもそも無理でもあるのですが」
「無理? 子を宿せない体質ということでしょうか」
重ねて質問すると、またしてもどことなく微妙な肯定が返ってくる。
「私の理解力が乏しいのか、どうにも現状を正しく把握できていないようです」
「仕方ありません。私の一存で、ベアトリーチェ様にも秘密にしておりましたので」
「忠実な侍女だったあなたが、私に隠し事ですか?」
ベアトリーチェは、少なくともこのナスターシアを全面的に信頼していた。
婿養子に身を許すくらいなら、奴を亡き者すると物騒な決意をした際には、それならばとナスタージア自身が身代わりに立候補したほどの硬い絆がある。
俺はてっきり人質なりを取って、ナスターシアを脅したものとばかり思っていたので、外道元王妃らしからぬ友情に少し驚いた。
「ベアトリーチェ様というより、間違ってもあの男――モウストンに知られるわけにはいかなかったのです」
「モウストン? どちら様でしょうか。リュードンの重鎮の方ですか?」
ナスターシアがん? と顔を上げて俺を見る。
俺は小首を傾げて見返す。
言葉はない。
言葉はないが、どうにも変な空気が流れている。
やがてナスターシアは、俺がとぼけているわけでも、からかっているわけでもないと理解し、どこか呆れつつも教えてくれた。
「モウストンは、現リュードン王のお名前でございます」
「そうなのですか? 初めて知りました……」
だってベアトリーチェの記憶になかったし。
まあ、普通に知らない方がおかしいので、恐らくベアトリーチェはあえて俺に知らせなかったのだろう。
もしくはすでに記憶から抹消済みだったか。
きょとんとする俺に、室内にいる誰もが失笑する。
「私のことはいいのです。もう王妃でもありませんし。それよりクーデターの方です。娘……レイナリアはなにか体に異常を抱えているのですか?」
「いいえ。というより正常だからこそ子を宿せないのです。何故ならレイナリアは仮名。本当の名前はレイナードと言い、性別は男になるのですから」
「……はい?」
せっかく覚えた婿養子の名前が、脳から吹っ飛んでいきそうな暴露をしやがったぞ。
レイナリアは男でレイナード? なんだ、それ。
「モウストン……いいえ、あの愚かな婿養子は、権力に並々ならぬ執着を抱いていました。そのため、子が王子であると知れたら、将来の玉座強奪のための障害になるとして排除しかねないと考えたのです」
いささか突拍子がなさすぎるような気もするが、正統な血筋の王妃を浪費したからといって追放、さらには殺害を目論むクソ野郎だ。ないとは言いきれない。
「あの時は申し訳ありませんでした。ベアトリーチェ様は私の子でもあるのだからと可愛がろうとしてくださったのに、私以外に触れさせたくないなどと……」
「そのような事情があったのであれば仕方ありません」
別にベアトリーチェも恨んでなさそうだし、俺にはどうでもいいし。
「ですけど、乳母や産婆はどうしたのですか?」
「両方とも万が一に備え、一族の息のかかったものを使いました」
抜かりはありませんというやつだな。ナスターシアの一族、恐ろしいわ。
「その一族も、ベアトリーチェ様追放の前に、偽りの不祥事の責任を取らされて没落しましたので、もしかすれば両王家に情報が渡った可能性もあります」
王子を王女と偽って育て、挙句に隣国の皇帝に嫁がせたなどスキャンダルもいいところだ。
「ガーディッシュ側で事実を公表しないのは、然るべき時に交渉の材料にしようとしてのことでしょうね」
このくらいは謀に疎い俺でもわかる。
しかしながら、ナスターシアは「いいえ」と否定した。
「娘……いいえ、息子はしばらく同衾を拒否して、近いうちに私たちの手引きで王城を脱出し、誘拐後に殺害されたとして別の死体を用意した上で、以降は男に戻って海を越えた地にでも行こうと私と決めておりました」
リュードンでは婿養子が勝手にレイナリア……じゃない、レイナードの結婚を決めたんだよな。
ベアトリーチェの相談なしで決めたのは、王妃の意向を常に気にする弱い王ではないと示したかったからだとか。
ここらはベアトリーチェの記憶と、ナスターシアの説明が一致するので合っていると思われる。
「それがどうして今も城に?」
「皇帝はあろうことか、力ずくで息子を押さえつけ、体を奪おうとしたのです」
「その時に女ではないのを気付かれて、人質みたいになったと」
「違います。あの男はそれもまたよしと言ってそのまま……」
よよよと泣き崩れるナスターシア。
おいおい、マジかよ。頭の中で腐れ汚物皇帝とか呼んでたが、本当に腐ってたとかどんなオチだ。
「息子は尊厳を奪われ、今も王妃として生活させられています。そして夜も……少し前に地獄だ、死にたいと泣いておりました」
性癖が異なれば順応するのは難しい。ラブラブ大好きな俺が凌辱エロゲの主人公になったところで喜べないのと一緒だ。いや、ちょっと違うか。
ともかく、レイナードが哀れすぎるし、腐れ皇帝は変態がすぎる。
「他ならぬナスターシアの頼みでもありますし、私たちが現状を打破するには協力者が必須です。ここはクーデターに協力するとしましょう」
※
「汚物は消毒……なんて生温い! 骨まで残さずに焼却だあああ!」
守りの硬い帝城を攻めるには無限グレネードランチャーに頼るしかないと決め、ナスターシアの案内で城内への侵入に成功した直後、渋るアニータに理性を放棄しないように努力すると誓っての五分後が今である。
どこかで見た光景と同じように逃げ惑う兵士や使用人。
近衛騎士は大半が出払っており、残りはすでに内応済み。どんだけ人望なかったんだよ、現皇帝。
リュードンみたいにナスターシアがかん口令をしけたわけではないので、位の高い貴族はレイナリアの正体を知っており、それでも寵愛を続ける皇帝にいよいよ危機感を強くしていたらしい。
同じ男として憐れむ者も多かったようで、クーデターが勃発するなり、ナスターシアの手の者が救出し、皇帝と隔離をしたらしい。
なんでも日中からだったそうで、レイナードの安否よりも、踏み込まずに済んだことに安堵したのは秘密だ。
「アアッハハハアアア! 的が足りませんよおおお! ほら! ほうらあああ! 私が欲しいのでしょう!? 力ずくで奪ってみたらどうですかあ!? ねえ、出てきてくださいよおおお! 皇帝陛下あああ!」
楽しくて楽しくて、とっくの昔に理性は置き去りました。
巻き添えを食わないためにも、俺の傍を離れないアニータ嬢がわんわん泣いているが、きっと嬉し涙だろう。
「この部屋ですかあああ!? それともこちらですかあああ!? 子供の時みたいに、愛を語ろうとはなさってくださらないのですかあああ!?」
扉を見つけたら蹴り破ってグレネードランチャーを発射。
味方には事前に、ナスターシアが俺を見かけたら逃げろと言ってあるので、今近くにいるのは事情を知らない連中……つまりは美味しい美味しい獲物ちゃん。
「今なら特別に、ダーリンって呼んであげてもいいですよおおお! アアッハハハアアア!」
特に煌びやかな扉を見つければ、我先にと突っ込む。
反撃されて死んだら死んだでその時だ。そんなことを気にするより先にやるべきことがある。
もちろん撃つことだ。
「ああ、とんでもない快感をありがとうございます! すべてあなたが愚かな愚かな汚物皇帝だったおかげです! お礼にこんがり焼いてあげますので、姿を見せてくださいよおおお!」
誰かが隠れた気のする彫刻を狙い撃ち。
ドサッと倒れたのは、フルプレートアーマーの兵士。それこそこんがり焼けたようで、香ばしいにおいが充満中。
「ほおおらあああ、美味しくできましたよおおお! ねえええ、皇帝陛下あああ、早く食材になりましょうよおおお! 魔物の餌にしてあげますからあああ!」
アニータたちと一緒にクーデターへ参加中の、元人間の魔物一同がなにやらビクッとしていたが、きっと興奮のあまりの武者震いだろう。
「アハハハハハ! アハハハハハ! アアッハハハアアア!」
笑い声を響かせて城内を歩き回り、王族のみが知っていそうな地下を使った逃走経路の奥で、ドブネズミみたいに震えている先代と現皇帝を発見。
アニータの持つランタンで照らされる洞窟内で、俺はとびきりの笑顔を作る。
「ようやく会えましたねえええ!? 嬉しすぎて絶頂しそうですよおおお! アアッハハハアアア! 嬉しいですよねえええ!? 私の興奮しきった顔を見れて、幸せですよねえええ!?」
「ひいいッ! 許してくれ! 王位でもなんでも渡す! だから命だけはお助けをおお!」
涙と鼻水と涎どころか、小便まで垂れ流しで命乞いをする王族。
これほど燃やしがいのある相手がいるだろうか。いや、いない。
早速焼却しようとしたが、その前にナスターシアたちが追いつき、皇帝を生かして利用するために、俺はアニータたちも協力のもとグレネードランチャーを没収された。
そしてこの日以降、ガーディシュ帝国の皇帝は傀儡となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます