第10話「ハッキリ言わせてもらうが」




「おはよう、ステラ」

「お、おはようございます……」


 学校が休みの朝。最早日常となりつつある王子の朝の訪問に、ステラは引きつった笑顔を浮かべた。


「き、きょ、今日は、私服なのですね」

「ああ、今日は俺も休みだからね」


 追い返すことも出来ず、ステラは彼を中庭に通してメイドにお茶を用意させた。

 いつもは正装の彼が、珍しく私服で現れたことでステラは少し冷静さを欠いていた。

 ゲーム内でも見れる回数が少ない私服姿。基本的にゲーム本編ではストーリーの大半が旅の話なので立ち絵はほぼ戦闘用の騎士服だ。だから貴重な私服姿にオタクが興奮するのは至極当然のこと。


「こんな毎日来て、大丈夫なのですか? その、ミゼット様のこともまだ解決されていないのに」

「話し合おうにも向こうが俺を拒絶していてね。このまま嫌われてしまった方が楽かもしれないな」


 何も分かっていない。ステラは心の中で思った。

 会おうとしないのは、嫌いだからではない。好きだからこそだ。会ってしまったら、婚約破棄の話をされる。好きな相手から、今まで婚約者として尽くしてきた相手にそんな話をされたくないから、ミゼットはノックスを避けている。

 しかし、この男はそれに気付いていない。自分と負けず劣らず、罪な男だ。ステラは口にはしないが、本気でそう思った。


「……話し合いが終わらないのに、俺に会いに来たら良くないと思いますよ。だからミゼット様もよく思われていないのでは?」

「そう、か。確かにそうだな。確かにきちんと問題を整理できていないのに、自分の我儘を通してここに来ている。これはミゼットに対して不誠実な行為だろう。しかし、俺だって君に会いたい。これだけは譲れないんだ」

「そ、そう言っていただけるのは嬉しいんですけど……ミゼット様の気持ちを考えたら、ちょっと……」

「ステラにとっても、迷惑か?」


 ノックスはステラの表情を伺うように、下から顔を覗き込んだ。

 素でその仕草をやってのけるノックスに、ステラはグッと息を飲む。


「イケメンの上目遣いとか……ズッッル……」

「どうした?」

「なんでもないっす……」


 コロッと結婚しますと言ってしまいそうな破壊力だったが、ステラは拳をきつく握って耐えた。

 いま頷いてしまったら、自分の方がよっぽど悪役になりかねない。それだけは避けたい。ステラは深く息を吐いて、真っ直ぐノックスの目を見つめた。


「殿下。俺は今から、貴方に対して無礼な発言をさせていただきます、よろしいですか?」

「……聞こう」

「ハッキリ言って、今の貴方は誠実さに欠けます。何も解決していないのに自分の気持ちだけを一方的に押し付けて俺だけでなく父や国王、様々な人に迷惑をかけているだけ。自分でそれを理解していながら、我儘を通そうとする。あまりにも不誠実です。分かっていると言いながら、それを行うのは本当に理解していないものの行動です。まず自分の気持ちを通す前に、ミゼット様へ誠意を見せるべきでしょう? きちんと話し合いも出来ていないのに俺のところに会いに来るなんて、ミゼット様だって納得できません。自分が同じことをされたらどう思うのか、ちゃんと考えてから行動するべきです。貴方が一番向き合わないといけない相手は俺でも、父でも、国王でもありません。この状況で一番傷付いているミゼット様です。悲しんでいる相手がいると分かっていながら、俺は貴方を受け入れることも出来ないし、こうして会いに来られても迷惑でしかないんです。今この時間、泣いている彼女の姿を思うと、とても貴方の来訪を喜ぶことはできません。中途半端な形で幾度と愛の言葉を吐こうと、俺は嬉しくない。そんな風にみっともない姿の貴方を見たくなかった。それが今の俺の素直な気持ちです」


 ステラの言葉を一度も遮ることなく、ノックスは一言一句聞き逃さないように耳を傾けた。

 ずっと気を遣って曖昧にしてきた思いを吐き出してくれたステラに、ノックスを静かに目を閉じて頷いた。


「……ありがとう、ステラ。確かに俺は、初めての気持ちに浮かれていたのかもしれない。盲目的になっていたのは事実だ。目を覚まさしてくれてありがとう」

「いえ……失礼なことを言ってすみません」

「良いんだ。君にも迷惑をかけてすまない。何度も言うが、こんな気持ちは初めてなんだ。だから、つい気が焦ってしまった。君を誰かに奪われないうちに、手に入れないと思ってしまったんだ」

「誰にも取られませんよ」

「そんなことはない。君はとても魅力的なんだから。しかし、そんな君に今の俺では不釣り合いだったな。本当に、すまなかった」


 深々と頭を下げるノックスに少し焦ったが、彼の素直な気持ちを受け入れる。今やっと本当のノックスと向き合えたような気がした。


「ステラ。俺は君を諦めたくはない。だから、本当に全てが解決したとき、俺の想いを受け入れてくれるか?」

「……そう、ですね。真剣に考えておきます」

「そうか。ありがとう」


 ノックスは安心したように笑みを浮かべ、屋敷を去っていった。

 彼の背中を見送ったステラは、大きなため息を吐いて残っていた紅茶を一気に飲み干した。これでミゼットの方が解決すればいいが、問題はまだまだ山積みだ。

 ノックスがミゼットと話し合いをしている間に、聖女を見つけたい。その肝心の聖女の第一発見者はノックスだ。早いところ問題を解決して、聖女と出逢ってくれないと困る。

 他力本願な発言だが、こればかりはステラ一人でどうにかなるものでもない。二人が出会う森に足を運んでみたことはあったが、それらしい少女と出会うことはなかった。

 もしかしたらすでにこの世界に来ていて、誰かに保護されている可能性だってある。

 この世界はもうステラが知っているゲームのシナリオとはもう異なる展開で進んでいる。そうなると聖女との出会いも変わってくる。

 しかし邪龍が目覚めたことは確かで、すでに遠くの国では魔物に襲われて多くの人が犠牲になっている。いつこの国が襲われてもおかしくない。

 それを回避するためにも、早くゲームのシナリオ本編に軌道修正しないといけない。

 世界平和のため、そして何より前世よりも早く死ぬのは嫌だ。ステラは切実にそう思った。



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